2009年 12月 10日
さらば赤星!(極私的阪神タイガース小史)
何を隠そう物心ついて以来、阪神タイガースのファンである。
ついでに語ると京都生まれで、中学二年の夏まで神戸、大阪に育った。
両親共に京都の生まれの京都育ちのトラキチ。
実は私、由緒正しき関西人である。
従って環境から必然的に阪神タイガースのファンになることは運命づけられていた。
江夏豊は僕の少年時代の神であり、草野球のユニフォームには背番号28のアップリケを貼っていた。(最もこの28番は万年ベンチを暖める事に使われたけれど)
時はジャイアンツの黄金時代。
優勝なんて大それた夢は持たない。
ただ阪神VS巨人戦で阪神が勝てば親父とサイダーで乾杯をあげ、見られる限りのスポーツニュースを見た。
日頃厳しかった親父もこの日ばかりは上機嫌で、いろんな話しが出来るのも嬉しく、タイガースの勝利を祈った。
時は流れて忘れもしない1985年。
26歳の僕は、伝説のバース、掛布、岡田の連続ホームランを営業車のAMラジオで明治通りを走りながら聞き、驚喜した。
そこからタイガースは長い長いトンネルに入る。ファンは負ける事に慣れ汚いヤジを飛ばしながらも甲子園に通った。
更に時は流れる。
野村監督がファンに散々に罵倒されながらタイガースをさり、2003年、僕が44歳の時に再び奇跡は起きた。
闘将星野監督の元タイガースは、18年振りの優勝を果たしたのだ。
その立役者が、昨日電撃的引退を表明した赤星だった。
打って良し、守って良し、走って良し。いわゆる「攻守走」兼ね備えた理想の1番バッターだった。
野村監督が大切に育て、星野監督の元で花開いた。
来年は寅年。
城島の加入でひそかに優勝を期待していた矢先の赤星の引退はひどく悔やまれる。
さらば赤星!
これからは良き指導者となりタイガースを優勝に導いて欲しい。