2011年 12月 31日
2011年度の本・映画・音楽
しかし、今年は特別な年。
3月の大震災の影響は大きく、しばらくは本や音楽に集中できない時期が続きました。
そんな2011年も今日で最後。
来年は良い年になるようにとの祈りをこめて、今年の本・映画・音楽(それぞれ5作品)を振り返ります。
まずは、本から。
【本】
◎『彼女の演じた役~原節子の戦後主演作を見て考える~』(片岡義男著、中公文庫)
片岡義男はこの本で、その明晰な文章を駆使して、戦後の原節子の主演作を全て見た上で、『晩春』『麦秋』『東京物語』のいわゆる紀子三部作が、何故彼女の代表作であるのかを精緻に語る。
思わずDVDの「小津安二郎全集」を購入し、3部作を見直しましたが、やはり何度見てもこの3部作は随所に発見があり、興味が尽きません。
◎『東京の昔』(吉田健一著、ちくま学芸文庫)
吉田健一が好きで、文庫本が出ると思わず「おっ」と声を上げてためらいなく購入する。
全て読むわけではないけれど机の上に吉田健一の本があるだけで良い気持ちになる。
例えば、次のような文章に、僕は陶然としてしまう。
「勿論それだからおでん屋の店の中も寒かった。それを温めるという観念もなくておでん屋の主人が立っている前には鍋が煮えていて温かくて帳場にいるおかみさんの脇には火鉢が置いてあったが客は酒とおでんで温まることになっていて事実それで飲んでいるうちに温かくなったのだから冬の気分が薄暗い電燈の明かりとともにゆっくり味わえた。それは鍋から昇る湯気と匂いにも漂っていてその頃は冬というものそれ自体に匂いも手触りもあると思っていたものだった。」
◎『全身翻訳家』(鴻巣友希子著、ちくま文庫)
この本で、翻訳家の鴻巣友希子は稀有なエッセイストであると知った。
エッセイ集というのは意外に難しいもので、一冊を丸ごと通読することはなかなかないけれど、この本は話題も豊富で文章も素晴らしい。
お奨めの一冊です。
◎『ビブリア古書堂の事件手帖①②』(三上延著、メディアワークス文庫)
古書を巡るささやかな謎を、北鎌倉の古書店の若い女性店主が解く静かなミステリー。
今年随分話題になり先頃「本屋大賞」も受賞した。
事件らしい事件はおこらない。
あくまで本と、それを集める人を巡るミステリーだけれど、一度はまるとその小さな世界にはまってしまう。
本への愛情が心地よい名シリーズの誕生を喜びたい。
◎『酒呑まれ』(大竹聡著、ちくま文庫)
第一に文章が良い。
一冊まるごと酒の話だけれど、とても品が良く、すらすらと頭に入ってくる。
第二に作者の人柄が良い。
シャイで気弱で、それでいて無茶をし、反省したりする。
第三に、この酒をテーマにした自伝的エッセイが、優れた小説家の誕生を予感させてくれる気配があり、少し嬉しくなる。
この、大人のためエッセイ集を多くの人に推薦します。
では、次に映画を。
【映画】
◎『英国王のスピーチ』
今年のアカデミー賞受賞作品。
いかにもイギリスらしい渋いユーモアと王の威厳、全体を貫くヒューマニズム、新作にして既に古典の風格さえ漂う。
主演のコリン・ファースは突然の自身の即位に戸惑う王を見事に演じ、王のスピーチの指南役のジェフリー・ラッシュは堂々たる風格で映画を引き締める。
まさに映画の王道を行く文句なしの傑作です。
◎『蜂蜜』
これは、神話的な静けさに満ちた素晴らしい作品だった。
全編に渡り、全く音楽は使われず、森の木々のざわめきや風の音、遠く聴こえる鳥の囀ずりや微かな虫の羽音が身体に染み入るよう。
その詩的な映像と神秘的な自然の音に身をゆだねる、まるで観る森林浴のような映画。
◎『探偵はバーにいる』
ハードボイルドの決め台詞も主演の大泉洋が語ると、何とも言えない可笑しみが漂う。
札幌のススキノが舞台という設定も生きている。
ヒロインの小雪の美しさと哀切さも最後にキラリと光る。
これは今年の日本映画ではマイベストでした。
◎『ゴーストライター』
これは映像、音楽、配役と三拍子そろった文句なしの傑作である。
最後まで息が抜けないストーリー展開で、一度観ただけでは、全容を理解するのは難しいけれど、サスペンスの傑作であるという事は間違いない。
◎『サラの鍵』
1942年、ナチス占領下のパリで行われたユダヤ人迫害。
それから60年後、ジャーナリストのジュリアは、アウシュビッツに送られた家族について取材するうちに、収容所から逃亡した少女サラについての秘密を知る…
60年前の事件の取材を通じて、この映画を観る僕らは「真実を知ること」の怖さと深さを知ることになる。
映像・音楽も素晴らしい名作が誕生しました。
最後に音楽を。
【音楽】
◎庄司紗矢香のレーガー、バッハ無伴奏曲
バッハに大きな影響を受けたレーガーの無伴奏バイオリン曲は、神なき時代のバッハとでも言うべき、峻厳たる磐のように激しい集中力を必要とするもので、思わず襟を正す事になる。
庄司紗矢香は、まるで人間の集中力の限界に挑むような激しさで、この曲に立ち向かう。
演奏は本当に素晴らしい。教会での録音もまた美しくまるで録音された現場に自分自身がいるような錯覚に陥る。
◎ピリスによるシューベルト「即興曲」
このアルバムは本当に美しいアルバムで、シューベルトの音楽の持つ、彼岸的なまでにはかない美しさが胸に染みる。
聴いていると僕という人間が消えて、ただ音楽という水に漂っているような気持ちになる。
ここには哀しみも寂しさもない。
ただ美しい音楽だけがある。
◎グールドによるバード/ギボンズ作品集
これはまさにシェークスピア時代を彷彿とさせる清潔な音楽であり、浮き世の属塵を払うような趣きの慰めに満ちた音楽である。
数あるグールドのアルバムの中でも、ブラームスの後期の作品と並ぶ代表作ではないか。
◎グールド/ストコフスキーによるベートーベンビアノ協奏曲五番「皇帝」
冒頭から異常に遅いテンポで始まる。
しかし、奇をてらうような感じはなく、ベートーベンの音楽の美質がいかんなく発揮され、なおかつ随所に思いがけない発見がある。
グールドのピアノの音は、豊穣にして艶やかでロマンチックであり、この人の根底にあるロマンチストの資質が存分に発揮されている名演と聴きました。
◎アンジェラ・ヒューイットによるバッハアルバム
これは誠に素晴らしいアルバムで、録音も良く、演奏はどこまでも澄んだ蒼空のように明るく美しい。
深く内面に沈積する思索的なバッハも良いけれど、こんな明るく美しいバッハもまた捨てがたい魅力がある。
では、今年はこの辺りで。
皆さま良いお年をお迎え下さい。
来年もよろしくお願いします。
P.S.ブログポリシーからは逸脱するでしょうが、「酒ベスト」も"欄外"で入れましょ。