新・クラシック音楽と本さえあれば

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2014年 01月 16日

シャガールそして忘れられた詩人のことなど

今日はシフトのお休み。

少し暖かくなってきたので、静岡市美術館まで「シャガール展」を見に行く。

パリ・オペラ座の天井画やステンドグラスのための作品など、日本未公開作品163点を含む236点の作品は見ごたえがあり、ひとときシャガールの夢の世界に遊んだ。

往復の東海道線の中では、saheiziさんご紹介の『古本の時間』(内堀弘著、晶文社)に読み耽った。

これは、平日の少し暖かい冬の午後、菊川、島田、藤枝、焼津・・・といった東海道五十三次の宿場の名前の駅に一つ一つ停まる各駅停車の中でゆるゆると読むのにとてもふさわしい本だった。

自身も石神井にある詩歌専門の古書店「石神井書林」を営む著者によるこのエッセイは、古本の世界に生きる希少な人物の可笑しくそして時に切ない記録である。

まずは(ほぼ確実に)儲かることは難しいであろう古本屋という職業の生態が、たくまざるユーモアを交えた筆致で描かれていて興味がつきない。
(これはしかし興味のない人には全く面白くない世界かも知れないけれど・・・)

札幌の古本屋「薫風書林」のことを描いて、

「溢れた本はとうとう店を出て、これから雪を迎えるというのにこうして外で積み上がっている。私も人のことは言えない。本が足りていないわけではない。その反対だ。売るほどあって溢れている。なのにこうして札幌まで本を買いに来てしまう。古本屋は職業ではなく生き方かとも思ったが、この(店外に溢れた本の)コンテナを見ていると、生き方というより病理なのかと思ってしまう。」

と書く、自分を少し遠くから見つめているスタンスが良い。

僕がこの本で最も心惹かれたのは、昭和9年に21歳の若さで浜松で逝去した無名の詩人の塩寺はるよのことだった。

彼女は昭和8年の夏、浜松の小さな同人誌に初めて詩を載せた。
左川ちかや北園克衛らの詩人がすぐ彼女の詩才に気づき、その年の冬にはレスプリ・ヌウボオの尖端に名を連ねる。
しかし、翌年の春には21歳の生涯を閉じる。
彼女を見出した左川ちかもその2年後に24歳で逝く。

塩寺はるよが昭和9年2月に発表した「水色のランプ」は次のような詩である。

この誇を傷めまい
あなたの耳朶に揺られて石像はやさしく葡萄畑におり立とう
にはかに歸る人聲が聞こえると
影の人の
夜の会話は吐切れました

僕にはこの詩が良い詩なのかどうかは本当にはわからない。
しかし、どこか惹かれる所がある。

彼女の死を、詩人の北園克衛は「優れた火災の終了」と書いた。
夜の火災が一輪の薔薇のように見えるとすれば、詩人も一つの火災なのだと。

内堀はこのエッセイを次のような言葉で締めくくる。

「彼女の詩集をもう一度手に入れたいと思ってから二十年ほどが過ぎた。あっという間のように思う。でも、その時間が「彼女」の生涯と同じなのかと思うと、なんだか途方もない気持ちになる。」

古本の時間

内堀弘/晶文社

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by maru33340 | 2014-01-16 17:22 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
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Commented by k_hankichi at 2014-01-16 23:25
晶文社といえばブレヒトで、その出版社の拠点を知っている僕は、素晴らしきものが生まれ出ずる場所は必ず下町なのだと確信するのです。

オペラ座のその天井画、むかしむかし、訪れたことがあります。それは大伽藍のような感慨でした。
Commented by maru33340 at 2014-01-17 07:28
これはいかにも昌文社な本なり。名作です。
Commented by およう at 2014-01-17 10:47 x
シャガールは何故か私も好きなんです^^
Commented by maru33340 at 2014-01-17 19:41
やっぱり良いですね、シャガール(^^;


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