2017年 08月 09日
読むことの幸福の方へ
昨夜、辻邦生と水村美笛による往復書簡『手紙、栞を添えて』を読了する。
かつて1996年から97年にかけて「朝日新聞」の紙上に掲載され1998年に本になったもの。
その頃新聞で何度かその記事を読んだ記憶がある。
辻邦生はこの本が刊行された翌年の1999年の夏急逝した事を僕らは知っているから、その最後の手紙からまるで辻邦生は自分の残りわずかな命を知っていたのではないかとふと思ってしまう。
この本には読書を巡るさまざまな話題が平易な言葉で語られ興味が尽きない。
読みながら、トーマス・マンの小説を再読したくなったり幸田文の随筆を読みたくなったりいろんな刺激を受けた。
この本は一言で言うなら「読むことの幸福」について語られた本で、それは辻邦生の次のような言葉に言い尽くされている。
「日本の風土に欠けていたのは何なのでしょうか?一言で言えば「幸福」の概念―無償の喜びの感覚でしょう。あるいは「生きる」という単純なことに向き合う無垢な姿勢といっていいかも知れません。幸福とは過ぎ去るものであり、幸福であるためには、たえず幸福であるように生きなければなりません。所有物がなくなるという意味で幸福は過ぎ去るのではなく、幸福とはもともと生きることによって私たちが作ってゆくものなのです。生きることを喜ぶ気持ちがなければ幸福も何もありません」
この言葉は辻邦生が生涯書き続けた小説に流れ続ける通奏低音のような大切なテーマで、読んでいると生きていくことに少し光のようなものを感じられるのだ。
本への愛情が甦るよう。