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2017年 12月 09日

宇多田ヒカルのこと

昨夜、四国出張からの帰路。

長旅で疲れてしまい、新幹線の窓ガラスから冷たい雨に濡れる新神戸付近の景色をぼんやり眺めていた時、ウォークマンから宇多田ヒカルの『真夏の通り雨』が聴こえてきた。

夢の途中で目を覚まし
瞳閉じても戻れない
さっきまで鮮明だった世界 もう幻

聴きながら、ふいにこの歌詞は宇多田ヒカルが亡くなった母藤圭子のことを書いたものではないかという思いがよぎった。

この曲にはMVもあり、その美しい映像と暗示的な歌詞が彼女の切ない声と相まって、少し胸が締め付けられるような気持ちになります。

追伸

5年前の今日(2012年12月9日)のFBに「宇多田ヒカルが活動休止中にリリースした曲『桜流し』を聴き胸を打たれた」と書いていたことをこの記事を書いた後FBのお知らせで知りました。

宇多田ヒカルの母藤圭子はその翌年2013年の夏逝去する。


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by maru33340 | 2017-12-09 07:47 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
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Commented by Oyo- at 2017-12-09 20:26 x
出だしなどやはり藤圭子によく似ていますね(^.^)
Commented by maru33340 at 2017-12-09 20:45
はい、確かに。
少し粘りのある魂の深いところからの声ですね。
Commented by k_hankichi at 2017-12-10 14:48
切ない。挑戦的な音楽、旋律だとも感じた。
Commented by maru33340 at 2017-12-10 19:10
宇多田ヒカルという人の底知れぬ才能に心震えています。


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