新・クラシック音楽と本さえあれば

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2007年 12月 24日 ( 2 )


2007年 12月 24日

『ウェブ時代をゆく-いかに働き、いかに学ぶか-』(梅田望夫)

僕のブログは、落語や映画やクラシック音楽を巡るよもやま話で、最近はお茶の話しなど、およそ浮世離れした話題に終始している。

およそ時代性というものとは無縁のもので、まあ一種の隠居志願のようなもの。

これは自分が好きな事、書きたい事を書いているうちに自然にそうなったわけで、誰に言われてそうしたのでもなく、自分の性に合うことだけを書いているわけだ。

好きなことを書いて、少数だけれど読んでくれる方々がいらして、時々励ましの言葉を貰ったりして、これに優る喜びはない、と思っている。

最近はほとんどテレビでニュースも見ないし、(もっとも最近の事件は全く理解不可能な事が多くて、見ているだけで嫌になってしまうことが多いので意識的に見なくなってしまったのだけれど)それで困ったことは、少なくともあまりない。(と思っていた)

そんな人ですから、「ウェブの現在」というような話題は特に興味引かれる話題ではかったので、この本の著者である梅田望夫さんの『ウェブ進化論』がベストセラーになった時も、「ああそうなのかなあ」となんとなく本屋で見かけて手に取ったものの、これまで読まずに来ました。

ところが・・・
この『ウェブ時代をゆく』を新聞広告で見て、もしかすると世の中は僕が安穏と暮らしている間に、大変な事になっているのかも知れない、と思い、本屋に走り、一気に読了しました。

著者は、1975年から2025年の半世紀は、「時間」と「距離」と「無限」についての新しい感覚を身につけた新しい世代が登場し、福沢諭吉が幕末から明治にかけての変化を「恰も一身にして、二生を経るが如く、一身にして両身あるが如し」と述べたような変化が生まれると書いているのですが、確かにこの本を読んでいると、これからの十数年で、全く新しい時代がくるような気がしてきます。

それを危機ととらえるかチャンスととらえるかは大きな違いになってくるわけですが、この本の著者である梅田氏は「オプティミズム」でとらえており、その視線は明るく、少し坂本竜馬を思わせます。

著者は1960年生まれですから、僕と同世代。
うーん、ちょっと考えるものがありますが、詳しくは後日。

(この項続く)



ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書 687)
梅田 望夫 / / 筑摩書房
ISBN : 4480063870
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by maru33340 | 2007-12-24 23:01 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)
2007年 12月 24日

クレメラータ・バルティカのマーラー交響曲10番アダージョ

12月20日の朝日新聞に吉田秀和さんの「音楽展望」が掲載されました。

朝日新聞で吉田さんの音楽展望を読むのはとても久しぶり。
今回は、年末恒例だったCD・DVDから印象に残ったものを紹介してくれている。

毎年年末になるとこの「今年のCD・DVD」が楽しみで、そこで紹介されているCDを随分聴いたものですが、今年は、そこで紹介されているギドン・クレーメルが率いるクレメラータ・バルティカのマーラー交響曲10番アダージョが聴きたくなり、クリスマス・イブの今夜、早速聴いてみました。

これは、本当に美しく感動的なマーラー演奏でした。

この交響曲10番アダージョは僕はマーラーの交響曲の中でも最も好きな楽章で、特に後半の世界の終末を予言するような黙示録的な不協和音は、いつ聴いても背中に戦慄が走ります。

しかし、吉田秀和さんも「音楽展望」で書いているように、もともとがフル・オーケストラでの膨大な編成の曲を弦楽合奏だけで弾くのは「ルーベンスかルノワールをモノクロで複製するようなもの」なので、迫力という点でどうなのだろうと一抹の危惧を感じていたのですが、とんでもない、かえって精神性が高まり、非常に純度が高く緊張感に満ちており、素晴らしいクライマックスが訪れました。

クリスマス・イブに聴くのがふさわしい曲かどうかは別にしても、旧約聖書の黙示録を読むような深い感動を得ました。

こんなイブもときには良いかも知れません。

アダージョ
クレメラータ・バルティカ クレーメル(ギドン) / / ユニバーサル ミュージック クラシック
ISBN : B000TLYE20
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by maru33340 | 2007-12-24 20:44 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(0)