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2014年 03月 29日

懐かしい「ミュンヘンへの道」

今日は仕事で遅くなり10時過ぎに帰宅。

テレビをつけたら、偶然NHK でミュンヘンオリンピックで優勝したバレーボール男子の物語の番組を放送していた。

ミュンヘンオリンピックの開催された1972年、僕は中学一年生だった。

部活は剣道部に入ったけれど、当時アニメで放送していたミュンヘンオリンピックで金メダルをめざすバレーボール男子の物語「ミュンヘンへの道」を見て、すっかり魅せられてしまい、感動のあまり剣道部を辞めて、バレーボール部に入り直した。
(剣道部の先輩には竹刀を持って追いかけられたけれど)

バレー部では、体操服の胸に雑巾を縫い込み屋外でフライングレシーブをした。

ミュンヘンオリンピックで日本が準決勝でブルガリアに2セット取られた後、奇跡の逆転をしたときは涙が止まらず、手にはいる限りの新聞を買って来てスクラップブックに張り付けた。
(しばらくの間僕の宝物だった)

あれから42年も経ってしまったのかと思うと、感慨もひとしお。
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by maru33340 | 2014-03-29 23:14 | Trackback | Comments(3)
2013年 11月 02日

スマホを忘れてスクーリングに参加してしまう

今日は学芸員資格取得のための最後のスクーリングのため京都に来ている。

しかし、昨夜から風邪のため体調不良でふらふらのまま家を出たらスマホを忘れてしまった。

連絡手段はこのブログかフェースブックしかないので、生まれて初めてネットカフェに入りブログを書いている。

もし、このブログを読んでいて、僕に連絡したい方は、このブログにコメントするか、僕のgmailの方に連絡ください。

明日の夜再度ネットにアクセスしてみます。

よろしくです。
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by maru33340 | 2013-11-02 18:56 | Trackback | Comments(4)
2013年 09月 15日

台風の朝に

台風の朝。

車の点検のために昨夜、東名高速で静岡から埼玉に戻った。
(やはり首都高速を運転するのは怖い)

今は車を点検に出し、出来上がりを待ちながら青柳いづみこの演奏するドビュッシーのバラードを聴きながらぼんやりと、台風の朝の雨の舗道を眺めている。

頭の中を様々な思いが去来する。

映画「さよならドビュッシー」での、時間が止まりそうな「月の光」の演奏の美しさ。

1979年のセルジュ・ボド指揮によるフランス音楽の木洩れ日のようにキラキラとした音たちの遠い記憶。

あの頃のアイドル歌手たちの(少し嘘っぽい)笑顔の耀きもまた。

会社に入社して車で営業活動していて、AM ラジオから流れる松田聖子の「瞳はダイアモンド」を聴きながら、何故か涙が止まらなくなった。

1995年のオーム真理教による地下鉄サリン事件が起きた同じ時間の列車に乗って銀座に通勤していた事。

富山のオフィスのビルで休日出勤していたときに、能登地方の大地震に遭遇した。
その時、同じ職場で働く人がたまたま仕事で能登方面を車で走っていたら、地震で自分が走っている道路が後ろから次々と崩れていくのを見ながら必死でアクセルを踏んで助かった。

そして、2011年3月11日。
汐留のオフィスの20階にいて、東関東大震災に遭遇した。
窓から見える電通ビルが大きく左右に揺れ、浜離宮の向こう側の隅田川の水が逆流するのが見え、背中に戦慄が走った事。

雨は少し小降りになったけれど、これから本格的な暴風域に入るようだ...
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by maru33340 | 2013-09-15 12:25 | Trackback | Comments(5)
2013年 05月 08日

モダン万葉集

万葉集はおおらかで素朴、古今・新古今は技巧的。

なんとなくそんな先入観があった。

しかし、大岡信の本を読みながら、さすがに万葉集を代表する柿本人麿呂はそんなに単純な歌人ではなかったと思い知った。

例えばこんな歌。

天の海に 雲の波立ち 月の船
星の林に 漕ぎ隠る見ゆ

天空の広さ、豊かさを描き、幻想的で美しい光景が、まるで現代の版画作品を見るように目に浮かぶよう。

心をまっさらにして、先入観を捨て、もう一度万葉集を読み返したくなった。
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by maru33340 | 2013-05-08 21:04 | Trackback | Comments(6)
2013年 04月 14日

西行の見た桜のこと

あくがるる心はさてもやまざくら
散りなんのちや身にかへるべき

春風の花を散らすと見る夢は
さめても胸のさわぐなりけり

西行

今日から「日経」の「美の美」欄は西行を取り上げている。
桜も散り、いくばくかの寂寥を感じるこの季節にふさわしいテーマだ。

この歌について、文芸評論家の高橋英夫はこんなふうに書いている。

「いつまでも上空から舞い落ちてやまない桜花雪片の無限と流動が西行の『死』のイメージであった。『死』は動いているのであり、その意味では生きているのである。」

僕たちが桜を見て、散るからこそ美しくそれを惜しみ、落花に生死の境を感じるのは、西行の見た桜のイメージを僕たちの心が再現しているからなのだろうか。
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by maru33340 | 2013-04-14 07:08 | Trackback | Comments(3)
2012年 11月 15日

ピエール=ロマン・エマールの完璧な演奏会ライブに驚く

知人から、「これは凄い演奏です。」と、ピエール=ロマン・エマールの2001年カーネギー・ホールでのライブ演奏を収めたCDを貸してもらった。

これは掛け値なしに凄いとしか言いようのない素晴らしいアルバム。

第一にプログラムが良い。

第1部
■ベルク ピアノ・ソナタ
■ベートーヴェン ピアノ・ソナタ23番≪熱情≫
第2部
■リスト 2つの伝説第2番波の上を歩くパウラの聖フランソワ
■ドビュッシー 映像第1集から「水の反映」
■ドビュッシー 映像第2集から「金色の魚」
■リゲティー 練習曲集からの3曲
アンコールとして、
■メシアン 幼子イエスに注ぐ20のまなざし
■ドビュッシー 12の練習曲から第6曲

2つのソナタは、その色合いが異なるけれど、ベルクでの怜悧な響きとベートーヴェンの構築的で激しい情熱を見事に弾きわける手腕は只事ではない。
ベルクの中に、スクリャービンやドビュッシー、そしてワーグナーら遠い木霊を聴くことは、まるで近・現代音楽史の歩みを音で聴くような喜びがある。
そして、圧倒的な音の塊としての激しく情熱的なベートーヴェン!
カーネギー・ホールの聴衆も熱狂的な拍手でこの演奏を称える。

リストは僕には得意な作曲家ではないけれど、ベートーヴェンとドビュッシーをつなぐ役割として美しい。

そしてドビュッシーとリゲティーは、いずれも「水」をテーマとして選ばれている。
水面にたゆたうようなその響きを聴いていると、モネの晩年の睡蓮の絵を見ているような陶然とした気持ちに誘われる。

アンコールのメシアンは、エマールがずっと大切にしている作曲家。
今まであまりメシアンを意識的には聴いてこなかったけれど、これを契機に少しメシアンを聴いてみたいと感じている。
最後のドビュシーの技巧的でユーモラスな表現では、聴衆も思わず笑い声をあげている。

本当になんと贅沢な演奏会!

これはもう完璧な演奏会と言えますね。
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by maru33340 | 2012-11-15 05:23 | Trackback | Comments(4)
2011年 04月 25日

高血圧をなめてはいかんかった、いかん

どうもこの所、めまい、頭痛、肩凝りに悩まされてなんとも調子が出ないなあ、と思っていて、ふと思い出して血圧を計ってみたら、上も下も基準値を随分上回っている。
こりゃ調子も出ないわけだ。

少し前に医者からもらった高血圧の薬を、しばらくサボって飲まなかったのがいけなかったようだ。

慌てて服用すると確かにめまいは収まった。

やはり最終的に薬を飲まないで済むように生活改善をせにゃいかん、こりゃあいかん。
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by maru33340 | 2011-04-25 22:38 | Trackback | Comments(2)
2011年 02月 28日

映画『英国王のスピーチ』がアカデミー賞作品賞授賞!

近来まれな快挙がおきた。

この土曜に見た映画『英国王のスピーチ』が、本年度のアカデミー賞作品賞を授賞したのだ。

確かに有力候補だったし、映画としては、配役、ストーリー、音楽、映像、どれをとっても非の打ち所がない、堂々たる名画だった。

しかし、唯一と言っていい気がかりはあった。

新作にして既に古典的名作の風格のあるこの作品には「現在」は反映されていない。
一方、対抗と目されていた『ソーシャルネットワーク』はまさにバーチャルに浸食されつつある「現在」そのものを描いている、ということだ。

しかし結果は『英国王のスピーチ』の作品としての質の高さが評価された形となった。

本物が評価されるこの世の中、なかなか捨てたもんじゃないと思いながらも、一方で自分自身が生きているのは、第二次世界大戦前夜ではなく、皮相でバーチャルな「現在」なのだという現実を思うと、少し複雑な気持ちにもなったりするのだけれど…
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by maru33340 | 2011-02-28 22:41 | Trackback | Comments(2)
2011年 02月 07日

北欧熱

先週はハードスケジュール。
土曜日まで出勤したので今日はその代休。
歯の不具合を治して、夕飯のカレーの材料を買ったら、後は家に引きこもり、北欧音楽三昧で過ごします。
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by maru33340 | 2011-02-07 11:19 | Trackback | Comments(2)
2007年 06月 22日

『思いわずらうことなく愉しく生きよ』(江國香織)

基本的にこのブログでは、「気に入ったもの、好きなものについて書く」というテーマだけは守ってきたのですが、今回だけは「ちょっと僕には苦手なもの」について書くことにします。
どうか、そういうものを読みたくないという方は、以下読まずにおいて下さい。僕も基本的に悪口・悪態は全く生理的に受け付けられないのですが、今回はあまりに不快感があり、これを解消するために、自分自身の精神の回復のために書きます。

江國香織さんの小説『思いわずらうことなく愉しく生きよ』を、名古屋から金沢に出張から戻る列車の中で読了しましたが、これは僕には大変苦手な小説でした。

犬山家の三姉妹である麻子、治子、育子の物語なのですが、まず第1に、この三人の女性の生き方がひどく自分勝手で傲慢で嫌味に感じられる。
(自分たちはそれぞれ自分の生き方は正しいと思っているような節もあり、これもひどく嫌でした。)

第2に、長女夫婦のDVが延々描かれるのですが、これは夫も妻も全く何を考えているのか理解できず、読んでいてどんどん不愉快になる。

第3に登場する男が誰をとっても情けなく、エゴイストで、未熟であり、これもとても駄目。許せないといってもいいほど。

そして、三姉妹はそれぞれひどく傲慢な人間なのに自分の家族にだけはひどく甘い。これもとても閉塞的で不快そのもの。

ともあれ、名古屋からの3時間、ひどく後味の悪い時間を過ごしてしまいました。
デビュー以来の江國香織の文章のファンだったのですが、最近の作品には違和感を感じて少し遠ざかっていたのですが、この小説で決定的に駄目になりました。

今後、一生、江國香織さんの本は読めないだろうと思います。
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by maru33340 | 2007-06-22 21:56 | Trackback | Comments(0)