新・クラシック音楽と本さえあれば

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カテゴリ:クラシック音楽( 157 )


2017年 06月 20日

ゲオルグのマタイは

その冒頭からオーケストラは力溢れ
合唱は涙流しながら
声を限りに叫ぶ

マタイの最初の曲を聴いただけで
3時間以上のこの曲を最後まで
聴き終えたような深々とした想いに
満たされる

しかしゲオルグが74歳にして始めて
この曲を録音した時
多くの人は戸惑いをもって
少し遠巻きにして
あまりその演奏を聴かなかった

ヴァーグナーやマーラーではなく
マタイ?
あの彼が?
何故?


ゲオルグ・ショルティの
マタイはしかし
他の誰のものとも違う
耀きと敬虔な気持ちに充たされている

バラバ!の叫びが
こんなにも悲痛に
自ら放った矢が我が身に帰りくる
痛みを
感じさせる演奏を
私は知らない
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by maru33340 | 2017-06-20 05:10 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(3)
2017年 06月 07日

生かされていることへの感謝の歌

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早朝、鳥のさえずりに目が覚めベランダから空を見上げる。
様々な色彩の雲が織り成す模様を眺めながらふいに(しばらく聴いていなかった)ベートーヴェンの弦楽四重奏曲を聴きたくなる。
曲は第15番の第三楽章、冒頭にベートーヴェン自身によって「病から回復した者の神に対する聖なる感謝の歌」と記された楽章。
当事ベートーヴェンは体調を崩し、寝込んでしまい、作曲活動も日常生活も出来なくなるような状態がしばらく続いており、この曲も一時中断していたけれど、転地療養などの結果、気力・体力を回復しこの曲も完成した。
この楽章は、そうした彼自身の病からの回復への感謝と共に、生きること・この世に生かされている人間という存在への感謝の思いを感じる程に、まるで天上から降り注ぐ光のように美しい。
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by maru33340 | 2017-06-07 05:32 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(6)
2017年 02月 23日

春なのに「冬の旅」

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各地からぼちぼち春の便りが聞こえてくるこの季節、シューベルトの音楽にはまった僕はこのCDと本で『冬の旅』に出掛けることにした。

ポストリッジの声は軽く美しいテノールなのであまり沈鬱になりすぎることなく、アンスネスのピアノも感情過多にならずバランスがとても良い。

しばし(想像の中で)ドイツの冬の荒野をさ迷い歩いてきます。
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by maru33340 | 2017-02-23 22:48 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)
2016年 09月 02日

明日ハ晴レカナ、曇リカナ

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長く黒澤明の映画の記録係を勤めた野上照代さんによるエッセイ『完本 天気街ち』を読んでいる。

黒澤明と三船敏郎を中心に日本映画の黄金時代を生き生きと描き興味が尽きない好著だけど、その本に作曲家武満徹のエピソードが出てくる。

黒澤映画『乱』で音楽を担当した武満徹は、途中黒澤と意見が会わずスタジオから飛び出し、途中降板してしまう。

周囲の説得の甲斐あり最終的には武満が戻り映画は完成し、その打ち上げの席で酔った武満は即興の歌を披露する。

その歌詞。

「昨日の悲しみ、今日の涙
明日は晴れかな、曇りかな
昨日の苦しみ、今日の悩み
明日は晴れかな、曇りかな」

歌い終わった武満は「これはね、黒澤さんに捧げる歌なんだ」と語ったという。

野上さんは「その時の武満さんは、はしゃいでいるように見えた。でも、悲しかったのかも知れない」と書いている。

確かにこの歌詞には、映画が完成した安堵感と共に一抹の後悔と微かな哀しみが漂うようだ。
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by maru33340 | 2016-09-02 20:54 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)
2016年 07月 13日

夏の朝のフルート&ハープ

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連日大変な湿気で、今朝も温湿度計を見ると気温29℃、湿度84%の標示。

やむなくエアコンを「除湿」でかけてモーツァルトのフルート&ハープの協奏曲をかける。

演奏は、オトマール・スウィトナー指揮シュターツカペレ・ドレスデン(ドレスデン・ルカ教会で録音)、フルートはヨハネス・ワルター、ハープはユッタ・ツォフ。

独奏・オケ共にけれんみ無く、少しいぶし銀の色合いの演奏は、落ち着いていて繰り返し聴いても全く飽きがこない。

2楽章のアンダンティーノは夢のように儚く美しく至福の時間を与えてくれる。

1961年録音だけれど、音もとても良い。

うっとおしい季節を一時忘れさせてくれる、まさにこれこそモーツァルト、という演奏は生涯の宝になりそうです。
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by maru33340 | 2016-07-13 05:56 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(3)
2016年 07月 11日

モーツァルト、旋律の悦び

ピアニストの青柳いづみこさんのブログを読んでいて、彼女がアンリエット・ピュイグ=ロジェ先生のインタビュー記事(『ムジカノーヴァ』1986年6月号)について書いた文章の中に印章深い言葉を見つけた。

ロジェ先生は、パリ音楽院でピアノ、作曲、伴奏、オルガンと即興など各部門を一等賞で卒業し、1933年には栄えあるローマ賞を受賞。
惜しくも1992年に亡くなられたが、日本の音楽・教育界に与えた影響ははかりしれない人とのこと。

先生は「日本の小さい子供たちが弾くモーツァルトを、どんな風にお感じになりますか?」という青柳さんの質問に、次のように答えている。

「日本にオペラ座がないのが、とても残念です。モーツァルトのピアノ曲は、まず何よりも彼のオペラのイメージなのです。子供には、ソナタや協奏曲のレコードより、オペラを沢山聴かせたいですね。ソプラノのヴォカリーズ、女声と男声の重唱、オーケストラ、そしてダンス・・・。モーツァルトは、勿論立派なフーガだって書けたのですが、彼はそれよりも、旋律を豊かに装飾する方がずっと好きでした。モーツァルトを弾く上で一番むずかしいのは、音の粒をそろえることではなく、フレージングの曲線をうまく表現することなのですよ」

なるほど。

ここ数日(あまりに残念な政治的現実から逃避するように)モーツァルトの音楽ばかり聴いていて、彼の音楽のもたらす喜悦の感覚や浮遊感に改めて心奪われていたから、先生の発言がストンと胸に落ちた。

モーツァルトの音楽にある旋律の優美な曲線が、理屈抜きに僕の心を晴れ渡った空に遊ばせてくれ、そのことが一抹の哀しみと共に微かな生きる悦びを与えてくれていたのかも知れない。

まだしばらくはモーツァルトを聴く日々が続きそうだ。
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by maru33340 | 2016-07-11 07:15 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)
2016年 07月 07日

夏の朝の清潔な音楽

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数あるグレン・グールドのアルバムの中で、バッハ以外の作曲家のアルバムで好きなものは、一つはブラームスの間奏曲などによるアルバム。

瞑想的で、心の中の深い淵を一人降りていくようなその音楽は、まさに夜の音楽で、昔から心沈む夜などに折に触れて聴いてきた。

もう一つは、イギリスルネサンス時代の作曲家のバードとギボンズの作品によるアルバム。

グールド自身このアルバムを気に入っていたようで自身の「一番素晴らしいアルバム」にこれを挙げている。

古紙に印刷されたようなジャケットも鄙びていて味わいがある。

典雅で気品に溢れメランコリックでやはり瞑想的な趣を持つこのアルバムは、一方で華やかな側面を持っていて、夏の朝、ようやく陽が昇り始めて、空がうっすらと明るみ初める時間に聴くのにふさわしいようだ。

浮き世は、憂き世。

暴力と喧騒に満ちた昼間の時間は煩わしく、人気のない夜中から明け方にかけての無垢な時間にバードとギボンズの清潔な音楽を聴くことは微かな心の慰めとなる。
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by maru33340 | 2016-07-07 05:00 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)
2016年 06月 30日

デュプレのチェロに無常を聴く

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昨夜からの雨は上がったけれど、東の朝の空にはまだ厚い雲が残る。

いささか心屈することがあり、昨夜はリンダ・ロンシュタットの歌うセンチメンタルなジャズアルバムを繰り返し聴いた。

真夜中何度目かにそのアルバムを聴いているうちに微睡んだようで、気がつけば空は明るくなっている。

気持ちはまだ晴れぬまま、ふとジャックリーヌ・デュプレの弾くエルガーのチェロ協奏曲が聴きたくなりヘッドフォンで聴き始め、最初の一音から魂を奪われた。

まるで全身全霊をチェロにぶつけるようなデュプレは、この演奏を録音した1965年当時まだ二十歳だったことに改めて驚きを感じ、彼女が後年四十二歳という若さで多発性硬化症で亡くなることを知ってしまっているから普通の気持ちで聴くことはできない。

敬愛してやまないバルビローリの指揮もチェロに寄り添い涙を流す。

そんな彼もこの録音の五年後、初来日を目前に急死してしまう。

年年歳歳、花相い似たり
年年歳歳、人同じからず

月日の過ぎ去ることの無常を今年ほど感じたことはなかった。
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by maru33340 | 2016-06-30 06:05 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)
2016年 06月 25日

ハープ&セリオーソ

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲ではやはり後期の5曲が抜きんでているのは言うまでもない。
その大胆な革新性、精神的な充実度の高さ、どの曲を取っても「人類の遺産」と呼びたい程だし僕が一番良く聴くのもそれら後期の曲になる。
次はやはり中期のラズモスフキーセットの3曲。
困難をエネルギッシュに乗り越え前に進む力に勇気をもらいたい時にふさわしい。
しかし、少し心身ともに疲れぎみでこれら立派な曲を聴くのにはちょっとしんどい夜もある。
今は遠方への出張が続き、オフィス仕事もその影響で溜まりぎみ、おまけにこの梅雨の季節は体調も不安定になる。
そんな時には、弦楽四重奏曲でも10番「ハープ」と11番「セリオーソ」が聴きたくなる。
いずれも伝統的な四楽章形式でコンパクトにまとまり旋律も美しく聴きやすいし、それでいて音楽的な充実度は満点だ。
いくつかの演奏を聴き、特にこの二曲は「バリリ四重奏団」に極まると思う。
どんなに速いパッセージも彼らの演奏ではうるさくならず優美に奏でられる。
現代的なシャープな切れ味ではないけれど、少なくともこの二曲を聴くときは、むしろ慰めを求めているので、バリリの柔らかい響きが心に染み入るのだ。
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by maru33340 | 2016-06-25 09:18 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)
2016年 02月 22日

マーラーからの呼び声


マーラーを集中的に聴いていたのは20歳前後の頃。

レコードでも聴き、コンサートにも随分通った。
今は亡き山田一雄や若杉弘の演奏会に涙し、来日したバーンスタインのマーラー交響曲9番を聴くために、新入社員の身ながら会社を早退してNHKホールに通ったのも懐かしい想い出。

あれから30数年がたち、最近はバッハ三昧の毎日で、もうマーラーを聴くこともないかもなあ、なんて思っていたけれど、ある人のブログでマーラー交響曲7番を紹介しているのを読み、何気なく聴いてみたくなった。

演奏は、バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルの交響曲全集で。

そこから、一気に時間が後戻りしたようにマーラーが身体に染み入るように聴こえてきた。

7番、6番、9番、10番…どれを聴いても面白く、まるで音楽が自分の身体の内側から沸き上がるような気がする。

明日から四国への出張。

その旅はマーラーの交響曲と同行二人、遍路のように歩くことになるだろう。

Bernstein: Mahler Symphonies

Leonard Bernstein / Sony Import


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by maru33340 | 2016-02-22 22:01 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)