新・クラシック音楽と本さえあれば

maru33340.exblog.jp
ブログトップ

<   2007年 09月 ( 14 )   > この月の画像一覧


2007年 09月 30日

『スワンソング』(大崎善生)

今日の金沢は一日中雨。
午前中は会社に出て仕事。

連日の疲れで、午後は家に帰って本を読んで過ごそうと、午後から本屋に行き大崎善生の小説『スワンソング』を買い、家に帰って読み始めた。

ラストの35ページを読みながら涙が止まらなかった。
小説を読んで泣いたのはいつ以来だろう。
というよりも泣くということが本当に久しくなかった。

305ページまでは本当に息苦しくなるほど辛い小説。
もし今日の午後一気に読むことがなければ、途中で辛くて投げ出してしまっていたかも知れない。
最後に思いもかけない大きなカタルシスが待っている。
そこまでは、そのための辛く長い序章。

読み終えて、小説は「魂を救うためのもの」という古典的な定義を思い出した。
確かにこの『スワンソング』は、生きていく中で毎日を生き延びるために自分自身で封印してしまったものを白日の下に晒し(それはとても辛いことだけれど)最後にそこからの救済をもたらしてくれる。

小説を読むことは、森有正さん言う「体験」を超えて「経験」になりうるのだということを、そして言葉には人を救いとる力があるのだということを、思い起こさせてくれる稀有な本だった。

とても重たいけれど、大きなターニングポイントになる、午後となった。

スワンソング
大崎 善生 / / 角川書店
ISBN : 4048737899
スコア選択:
[PR]

by maru33340 | 2007-09-30 17:35 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)
2007年 09月 27日

月はどっちに出ている

今月に入って会社の体制変更で忙しく、月を見上げる余裕もないまま九月も終わろうとしている。
急に冷え込んできたせいか風邪もひいてしまい本もあまり読めていないので、「乾いている」感じがしています。

再び熱も上がってきていますが、明日・あさってはどうしも休めない。
とほほ・・・

十月に入れば少し落ち着きたいもの。
[PR]

by maru33340 | 2007-09-27 21:45 | 日常 | Trackback | Comments(3)
2007年 09月 24日

「整理術」

昨日本屋で佐藤可士和さんの「整理術」の本をパラパラと立ち読みする。
以前TVの「プロフェッショナルの流儀」で、オフィスが整然としているのに感心した覚えがあったけれど、「発想の原点に整理あり」というのはちょっと面白い考え方。

レベルは大層違うものの、僕も時々仕事が煮詰まると休日出勤して、机の周りの整理をして少しすっきりするという経験はある。
デスクトップに溜まってしまったファイルを整理しても同じような快感があることも。

そんなわけで昨日は午後から「おやじバンド」のベースの練習に行った後、自宅の机の上に雑然と積み上げたあった本や手紙のたぐいを片付ける。
ついでに枕元に積んであった未読・既読の本も。

おかげでなんだか少し気持ちがすっきりし、この所はまっている漫画『神の雫』を読みながら眠りにつく。
[PR]

by maru33340 | 2007-09-24 08:38 | 日常 | Trackback | Comments(4)
2007年 09月 23日

ファビオ・ルイージのチャイコフスキー「悲愴」

f0061531_2213878.jpgN饗アワーでファビオ・ルイージのチャイコフスキー「悲愴」1楽章を聴く。
この指揮者は僕と同い年で、どことなく自分と風貌が似ているような気がしてずっと気になっている指揮者です。

今日放送のチャイコフスキー「悲愴」もテンポを細かく変えながら、しかもそこに必然性があり、底流にはイタリアオペラの歌があるすばらしいものでした。
これから注目していきたい指揮者です。
[PR]

by maru33340 | 2007-09-23 22:10 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(3)
2007年 09月 22日

純喫茶「ローレンス」


f0061531_22453971.jpg休日出勤の後、香林坊まで足を運び、以前から行きたかった、純喫茶「ローレンス」に向かう。
ここは五木寛之さんが行きつけの店だったことで有名な喫茶店。

古い古いビルの3階まで足を運ぶと、そこには1960年代そのままで時間が止まってしまったような空間がありました。

年季の入った椅子。
年月によって所々崩れかけた柱。
染みの浮き出た天井。

しかし、妙に体にしっくりとくる椅子にしばらく座っていると、体中の凝りがほぐされていくような心地よさに包まれて、とても落ち着いてくる。

買ったばかりの四方田犬彦さんの『人間を守る読書』を読み始めた所、内容がすっと頭に入ってくる。
おそらくこの「ローレンス」を愛した多くの本好きの魂がこの空間には浮遊していて、読書を助けてくれているのでは・・・などと感じてしまいました。

帰り際に店主に、
「今あなたが座っていらした、お隣の席にいつも五木寛之さんが座って原稿を書いていらしたのよ。」
と教えてもらう。

何度か通って、いつかはその席で読書したいと思いながら、不思議な空間を後にしました。
[PR]

by maru33340 | 2007-09-22 22:29 | 日常 | Trackback | Comments(0)
2007年 09月 17日

漫画『神の雫』にはまる

時々、忽然と漫画が読みたくなる。
しかも長編のものを。

過去はまったのは『ガラスの仮面』、『ベルサイユの薔薇』、『スラムダンク』、『夏子の酒』、『家裁の人』、『金魚屋古書店』、『ギャラリー・フェイク』・・・

今は韓国中にワインブームを引き起こしているという『神の雫』という漫画。
偶然ネットでこの漫画の事を知り本屋で何冊か買ったら、すっかりはまってしまいました。

漫画には、ストーリーの持つ健全な力があり、ストレス解消にはとても良いものです。
特に長編漫画に没頭して時間を忘れているときは、至福の時間を感じますが、この『神の雫』はそうした幸福な時間をもたらしてくれる漫画です。

読んでいるとワインが飲みたくなってきて(ダイエット中の僕には)困りますが・・・

神の雫 (1) (モーニングKC (1422))
亜樹 直 / / 講談社
ISBN : 4063724220
スコア選択:
[PR]

by maru33340 | 2007-09-17 21:39 | お勧めの本 | Trackback | Comments(0)
2007年 09月 16日

映画『輝ける女たち』を観る


f0061531_1854433.jpg
シネモンドで午前中『輝ける女たち』を観る。
これはとても贅沢な映画。
フランス映画らしいフランス映画でした。

風変わりで、自分勝手で、それにもかかわらずどこか愛おしい人々の繰り広げるドラマにしばし現実を忘れました。

カトリーヌ・ドヌーブ(歴史上の人物にして、現役の女優。一体今何歳なんだろう。しかし変わらぬ美しさに脱帽。)、エマニュエル・ベナール(薄幸なイメージが魅力。この映画でのアフレコなしの気だるく甘く官能的な歌声は素晴らしい。)・・・
役者の魅力に満ちた、映画のたくらみに満ちた人を文句なく酔わせる名画でした。

午後からは会社に寄って仕事。
いやはや・・・
[PR]

by maru33340 | 2007-09-16 18:46 | 映画 | Trackback | Comments(5)
2007年 09月 15日

「ほんとうに生きる」ということ

朝起きて、1時間位の時間をバッハを聴きながら森有正を読む時間にしている。

日常の喧騒を離れた浄化された朝の時間は、森有正を読むのにとてもふさわしい時間のような気がする。

昨日は、『生きることと考えること』のこんな一節に赤鉛筆でアンダーラインをひいた。

「ことばをほんとうに自分のことばとして使うということが、実はその人がほんとうに生きるということと一つになる。ほんとうに生きることは、ほんとうに考えることだということの意味は、ほんとうに生きることによって、個別なものと普遍的なものとが、自分の名前を与えるという決定的な行為において、自分の中の経験に結びつけられて普遍的なものになるということです。」
美しい言葉だと思うけれど、よく考えると難しい内容だ。
この言葉を更に深く理解するためには、やはり森有正のエッセーをきちんと読まなければいけないと思い、『森有正エッセー集成1』をこれから毎朝少しずつ読むことにする。

森有正エッセー集成〈1〉 (ちくま学芸文庫)
森 有正 / / 筑摩書房
ISBN : 4480085114
スコア選択:
[PR]

by maru33340 | 2007-09-15 07:30 | お勧めの本 | Trackback | Comments(0)
2007年 09月 12日

『生きることと考えること』(森有正)

昨日から、森有正の『生きることと考えること』を読み始める。
この時代に森有正を読むことがどういうことなのかわからない。
どれくらい彼の本が読まれているかも知らない。

今バッハに心ひかれていて、おそらくその繋がりで、この本を読もうと思い立ったのだろう。

例えば、ちょうど昨日読んだ次のような一節が心に染みる。

「現在、日本ではあらゆる意味で考えること、生きることともひじょうに困った状態、マヒ状態に陥っているのではないかという気が、私にはします。それはいろいろな点からいえますけれども、私の考えでは、ことばというものが考えることと生きることを結びつけることをやめて、すなわち正しい表現能力を失って、もう何かを表現するのは問題ではなく、ことば自体が一つの糸のきれたたこのようになり、一人歩きを始めて、そのことばのやりとりだけでもってすべての人が問題をすませてしまう。つまり、ほんとうの現実とことばがとが、かみあっていない。生きていない。考えていない。それでいてしかも、生きているかのような、考えているかのような状態が出てくる。この状態はおそらく日本だけの問題ではないでしょうが、いまいちばん大きな日本の欠陥ではないかと思います。」

この『生きることと考えること』が出版されたのが、1970年11月16日。
今から37年前、ちょうど三島由紀夫が割腹自殺をする直前です。
三島もまたあのバルコニーの上で、森有正が指摘したのと同じ日本の現状に苛立ちを隠せなくなり自ら檄文を投じて命を絶ったのではないか。

そして、今日、全く意味不明の記者会見を開いて安倍総理が辞任しました。
以前から安倍さんの言葉には全く「意味」というものが感じられず、熱弁すればするほど空転していくことに空恐ろしさを感じていたのですが、今日の会見も僕には全く理解することが出来ませんでした。

「しっかり」「確実に」「反省すべきは反省し」・・・などなど、どの言葉からも「人が生きている」という感じを受けなかった。
おそらく彼自身がその事を痛いほど感じており、そのことに(自分が生きていないという事実に)耐え切れなくなってしまい、今回の突然の辞任になったのではないか、などと感じています。

生きることと考えること (講談社現代新書 240)
森 有正 / / 講談社
ISBN : 4061156403
スコア選択:
[PR]

by maru33340 | 2007-09-12 23:38 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2007年 09月 09日

『時をかける少女』(大林宣彦監督)を観る

金沢21世紀美術館で「80年代アイドル映画の極意」というプログラムの一つとして、大林宣彦監督の『時をかける少女』の上映と監督自身のトークショーがあり、自転車で21世紀美術館へ。

朝、トークショーの入場整理券をもらってから、映画上映まで時間があったので、片町の近くの「木倉町通り」を散策。
細い路地に飲食店が左右にぎっしりと並ぶ風情のある小道で、とても気に入りました。
お昼は金沢でも有名なとんかつ屋の「ぶんぷく」でカツ丼を食べる。
ここのカツ丼は卵が半熟で、カツもとても良い油で丁寧に揚げてあり全くもたれない。
大変美味でした。

午後1時から『時をかける少女』の上映。
この映画は僕のオールタイムベスト3に入る愛着のある映画。
1983年の封切り以来、ビデオやTVでも何回も観ているので、「既視感」が心地よい。
それでも現在と以前観た時との時間差が微妙なズレをもたらして、軽いめまいを感じる。

冒頭の白黒画面のスキーのシーンから、列車で次第に画面が色づいてくる所で、もうぐっと来ます。
なんども観ているはずなのに、記憶が欠落しているシーンもあって、これもまた新鮮な喜び。
深町君の棒読みの台詞もこの作品にはぴったり。
松任谷正隆の音楽も何度聴いても素晴らしい。

そして何より大きな画面で見る原田知世の表情がなんと魅力的であることか・・・

僕が大好きな、クライマックスの時を遡るシーンでは不覚にも涙が止まりませんでした。

今回の発見はこの映画の大きな魅力の一つであるエンディングで原田知世が主題歌を歌うシーンの始まりが、土曜日の実験室で倒れていた彼女が(頬に煤の汚れをつけたまま)いきなり立ち上がって歌い始める所。
これはとてもポップでした。

映画の後は、大林宣彦監督のトークショー。
僕は、この人の話し方が大好きなのですが、1時間半大林節を堪能しました。
このトークショーによって、原田知世がこの映画を撮影していた当時、いかに監督はじめ多くのスタッフに愛されていたかを痛感。
「時かけ」の輝きは、この映画を製作したスタッフの原田知世への愛情がもたらした奇跡のような出会いから生まれたものだったのですね。
納得。




時をかける少女
/ PI,ASM/角川書店
ISBN : B00005HRBL
スコア選択:
[PR]

by maru33340 | 2007-09-09 19:41 | 映画 | Trackback | Comments(0)