<   2010年 02月 ( 22 )   > この月の画像一覧


2010年 02月 28日

映画『ゴールデンスランバー』はお奨めです

せっかく暖かくなったと思ったら、寒の戻りとやらで寒いの寒くないの。

銀座まで映画を見に行こうと思ったけれど、あんまり寒いので、近所のMOVIXで映画『ゴールデンスランバー』を見る。

最近伊坂幸太郎の小説にはまり始めているので、出来れば本を読んでから見ようかなと思っていたけれど、
なかなか課題図書が多く、まずは映画を見ちゃえと思って見てしまった。

これが面白いとは聞いていたけれど、期待をはるかに上回る面白さだった。

まず原作の設定を生かしながら、(おそらく)映画としての流れを重視して、ストーリーをすっきりと直線的に切り取り、突然首相暗殺犯にしたてあげられ逃亡を余儀なくされる堺正人演じる主人公の気持ちに感情移入しやすく出来ている。

主人公をめぐる周りの登場人物の描き方や出し入れも巧みで、小さな伏線(ちょっとした台詞も含めて)がしっかり生きている。
配役も良い。

随所に配された笑いも僕好みで、計算がしっかり成り立っている。

映像も無駄がなく、音楽も良い。

突然暗殺犯に仕立て上げられるという不条理を描きながら、暗さもなく、一級のエンタテイメントに仕上がっている。

これは早くも本年度日本映画ベスト3に入る作品が現れました。
お奨めします。
[PR]

by maru33340 | 2010-02-28 17:21 | 映画 | Trackback | Comments(0)
2010年 02月 28日

安藤美姫に神の降臨を見た

フィギュアスケートのエキシビションを見ている。
フィギュアの大会ではRelaxした雰囲気のエキシビションも楽しみの一つだ。

安藤美姫はモーツァルトのRequiemを新しいアレンジと衣装で演じたけれど、得意のジャンプを最小限に押さえたその演技は、Requiemの持つ祈りと救いの世界と深い魂の存在をも感じさせる程素晴らしく、見終わってしばらく言葉を失った。

演じ終えた安藤美姫に降り注ぐ光に、神の降臨を見た。
[PR]

by maru33340 | 2010-02-28 10:23 | お勧めの本 | Trackback | Comments(0)
2010年 02月 27日

風はアジアから吹く

昨日は、女子フィギュアスケートの頂上対決。

会社の会議室で(そっと)応援。

キム・ヨナは、ガーシュインの音楽を完全に自分の中に取り込み完璧な演技。
完璧すぎてこの先一体どうなるのかと心配になるほど。

浅田真央はトリプルアクセルを完璧に跳ぶことにエネルギーの大半を費やし、さすがに後半疲れがでてしまったのか、スピードが落ちてしまい、苦い銀メダルとなった。

しかし、まだまだ伸びしろはあるし、本人も既に気持ちは次のソチ大会に向かっている。

今回のフィギュアスケートは、アジア勢が随分上位を占めた。

Wind blowing from Asia.

風はアジアから吹く。

「今はゆっくり休み英気を養い、次の大会でも爽やかな風を吹き起こしてほしい。
真央ちゃん、お疲れ様。」
(だから松岡修三か)
[PR]

by maru33340 | 2010-02-27 09:04 | 日常 | Trackback | Comments(1)
2010年 02月 26日

決戦の2.26

いよいよ、女子フィギュアスケート決戦の日が来た。
練習風景の浅田真央の鬼気迫る表情に期待はいやが上にも高まる。
このままでは精神的に午後までもちそうもないので、モーツァルトのRequiemを聴きながら気持ちを落ち着けさせている。
「真央、跳べ、自分を信じて!」
(って、松岡修三か)
[PR]

by maru33340 | 2010-02-26 08:40 | お勧めの本 | Trackback | Comments(1)
2010年 02月 25日

浅田真央あるいは喪失と回復の物語

構造主義風に言えば、全ての物語の原型には「喪失と回復」という「構造」がある。

始めに主人公が何かを失う、あるいはあらかじめ失われている。
物語は、主人公がその失われた何かを捜す旅の過程で、様々な経験(たいてい危機の形をとる)を経て、最後に失われたものを発見し秩序が回復する。
ほとんどの神話や昔話はこの構造で説明出来る。(例えば、桃太郎の物語を上の公式に当て嵌めてみて下さい。)
また、現代のドラマにもこの構造は当て嵌まる。
例えば「冬ソナ」でも「スター・ウオーズ」でも。(詳しくは内田樹さんの著者を見られたし)

で、本題。
昨日、代休をとりフィギュア女子ショートを見ながら、浅田真央の完璧な演技を見て恥ずかしいながら涙が止まらなかった。
何故こんなに感動してしまうのだろうと考えていて、先の「物語の原型」を思いだした。

浅田真央は今シーズンかつてないほどのスランプに苦しんだ。
特にショートでは一度も満足出来る結果が出ていなかった。
かつてあんなに簡単に跳べていたジャンプが決まらない。
おそらく原因は、より表現力を磨くため、あまりに難しいプログラムを選んだ故の心理的影響かと思う。
(ここまでが先の物語の「喪失」の部分にあたる。)

しかしここから浅田の挑戦が始まる。
明らかに今回、コーチのタラソワが彼女に与えたプログラムは難しすぎた。
前回のオリンピックで荒川静香が選んだように、コーチをタラソワからモロゾフに変えるという選択をあったはずだ。(しかもそれで荒川は金メダルを取ったのだから)
しかし、浅田はあえて狭き門から入る事を選んだのだ。
(物語の展開部分。ここでは必ず「危機と選択」という過程がある。)

そして昨日、彼女はショートで完璧な滑りを見せた。
(物語の「回復」の部分。途中の危機が大きければ大きいほど、最後に大きなカタルトロフ(解放)がある。)

浅田真央は彼女自身の力で完璧な「物語」を作りあげたのだ。
僕等はその物語にただ素直に身を委ねよう。

明日はフリー。
浅田真央の物語の本当の結末が明らかになる。
[PR]

by maru33340 | 2010-02-25 07:52 | お勧めの本 | Trackback | Comments(1)
2010年 02月 24日

今日は代休だあ

先週末に大きな会議が終わり、その前は何日か休日出勤したり遅くなったり。
ちょっと身体もボロボロだったので、今日は代休。
オリンピックのフィギュア女子をゆるゆると見ながら。
(内緒だけどビールを片手に。選手には申し訳ない。当方おじさん故お許しあれ)
これから浅田、キム・ヨナ、鈴木、安藤の登場を固唾を飲んで待ちます。
(見ているこちらが固くなってどうする!)
[PR]

by maru33340 | 2010-02-24 12:08 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2010年 02月 23日

シュリメ再び

この19日に「さいたま芸術劇場」で聴いたピアニスト、フランチェスコ・トリスターノ・シュリメによるオール・バッハプログラムが今日23日に東京文化会館で開催されると知り、駄目モトで当日券を求め、会社を定時に出て文化会館に向かった。
幸いなんとかチケットを入手、彼のシャープで明晰なバッハを堪能出来た。
アンコールはスッカリ耳に馴染んだ曲「Melody」。
先日売切れだった「ゴルドベルク変奏曲」のCDも入手し、二回目のSignまでもらってしまった。
当方皇太子と同じ50歳。いい歳をしてちょっとミーハーではありますが…いやはや…
[PR]

by maru33340 | 2010-02-23 21:18 | お勧めの本 | Trackback | Comments(1)
2010年 02月 22日

権太楼とさん喬

今一番好きな落語家は?と聞かれると、まず小三治は別格として、やはり権太楼とさん喬ということになる。
上野鈴本での恒例の「二人会」はここんところ欠かさず見に行っていて、満足して帰ってくる。
その二人が、昨日珍しく昼間のテレビ(NHK)に登場したのには驚いた。
この二人、年中一緒に高座に出ているのに、「楽屋でもほとんど話さないし、飲みに行った事もなければ打ち上げもやったことはない。仲が悪いんです。」 と口を揃えて語るのが、いつもながら可笑しい。
演目は、権太楼が「町内の若い衆」、さん喬が「替わり目」を語る。
共に二人の持ち味が出る爆笑噺で、思いがけないプレゼントをもらったようで嬉しい。

二人がそれぞれの藝風を語り、さん喬が権太楼を評して「東京の爆笑王」、権太楼はさん喬を「東京落語の王道を行く人」と持ち上げる。

僕もずっとそう思っていたけれど、ふと「もしかすると二人の本質は逆なのかも知れないなあ。」と感じた。

確かに一見、権太楼は男っぽく即興的で天才肌。
対して、さん喬は女性的で緻密に噺を構築する努力型タイプ、のように見えるし、本人達もそのイメージに添って高座を勤めている。

しかし何回か二人の高座に接していると、権太楼の枕は何種類かの決まった話しを組合せていて(豪華客船での話し等)、それが何度聞いても可笑しいのに対して、さん喬は、その時その時の場所や客層に合わせ、時事ネタを取り入れ、言葉の面白さで笑わせる。

ネタについても、権太楼は、僕の聞いた限りでは、時事ネタや今までやっていないくすぐりを加える事はなく、表情と間合いできっちり笑わせるのち対し(表情や声の大きさ、トーンまでが、無作為のようでいて実は文楽の噺のように、きちんと組み立てられている)。一方、さん喬は時に時事ネタを入れたり即興のくすぐりを楽々と楽しげに取り入れたりしている。
これはあくまで想像だけれど弟子に対しても、第一印象とは違い権太楼の方が厳しく細かい指導をしているんじゃないか、と感じる。

もしかすると「東京落語の王道」を行くのは努力型の権太楼の方であり、さん喬はむしろ天性の落語家なのかも知れないなあ。
[PR]

by maru33340 | 2010-02-22 09:00 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2010年 02月 21日

バッハ/グールド/トリスターノ

グレン・グールドが最後に「ゴールドベルク変奏曲」を残し逝去したのは1982年の事だった。

その20年後の2002年、ルクセンブルグ生まれのビアニストであるフランチェスコ・トリスターノ・シュリメはジユリアード音楽院在学中(20歳の時に!)に、ゴルドベルク変奏曲を録音する。
その後彼は2004年にオルレアン20世紀音楽国際ピアノコンクールで優勝し、今年(おそらく)初来日を果たした。

このシュリメというピアニストの事は全く知らなかった。
偶然コンサート会場で見たチラシに載っていたポートレイトが、「ルクセンブルグの福山雅治」と呼びたいほどあまりに美しく、演奏会場も以前から気になっていた「彩の国さいたま芸術劇場」であったので、家人と出かける事にした。

曲目は、ドビュッシーの前奏曲第一巻、バッハのパルティータ第二番、カール・クレイグ(シュリメ編曲)テクノロジー、ハイドンのピアノソナタという明らかに才気を感じさせるなかなか異色のもの。

605席の会場はほぼ満席。
登場したシュリメは長身細身で貴公子のように美しい。

しかし本当に驚くべきはその音楽。
最初のドビュッシーの音色の冴えた美しさに、この音楽はこんな曲だったのかと、我が耳を疑う。
まるで名画が一流の絵画修復師の手によって生まれ変わったかのように、細部の筆づかいまでくっきりと見えるような演奏とでもいおうか。
(むろん、このホールの残響の素晴らしさの影響もあるだろう)

曖昧さのカケラもない、明晰で知的なアプローチでありながら、冷たさはなく、まるで今彼が目の前で即興で作曲しているのではないかと思える程、自由な喜びに溢れた演奏によって、僕は恥ずかしながらドビュッシーの天才を改めて知った。

休憩後のバッハもまた、即興的でありながら、構築性と品位を失わない知的でModernな素晴らしいもの。
ペライアのグランドピアノの味わいを生かした濃厚な演奏とも、ピリスやアルゲリッチとも違う。
即興性という点で一番精神が近いのは、グルダかと思えるけれど、やはりこの人は、グールドの遺伝子を現代に蘇らせるために遣わされた使者であると思い至った。

しかし、次に演奏されるカール・クレイグ、って誰?

クレイグは1969年生まれの、現代デトロイトテクノミュージックを代表するひとりで、シュリメはそのクレイグの音楽を「この曲独自の要素を抽出して、ビアノ用に再構築」したと語る。

と、言われても全くわからないけれど、これは百聞は一聴にしかず。
同じRhythmで同一の旋律が繰り返されながら、それが少しずつズレていきトランスするような快感は、例えるなら「声明」のそれに近いか。

(アンコールでもクレイグの曲(⇒YOU TUBEに映像ありhttp://www.youtube.com/watch?v=P0M7NCI7JNw&NR=1)が演奏され、あまりに素晴らしかったので会場で販売されていたクレイグの曲の入ったCDを購入し、演奏後のSign会で思わずシュリメ本人に、Craig is exiciting!と語った所、喜こばれて握手してもらいました。)

フランチェスコ・トリスターノ・シュリメ。

グレン・グールドの精神を21世紀につなぐ、僕にとって今後最も注目すべきピアニストの1人になりました。
[PR]

by maru33340 | 2010-02-21 06:24 | お勧めの本 | Trackback | Comments(1)
2010年 02月 18日

疲れた寒い夜はJazzVocalがいいなあ

明日は半期に一度の大きな会議。
会社の消灯時間10時ぎりぎりまで資料の見直しをして、今帰りの電車の中。
Walkmanで最近お気に入りのステイシー・ケントの優しいJazzVocalを聴きながら気持ちを鎮めている。
クラシックでも専らこの所、Requiemなどの声楽三昧なのは、やはり心神共に疲労がピークに達しているからか。

後一日何とか乗り切ろう。
[PR]

by maru33340 | 2010-02-18 22:21 | お勧めの本 | Trackback | Comments(1)