新・クラシック音楽と本さえあれば

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2010年 05月 30日

お龍という女 真木よう子という女優

『龍馬伝』についにお龍が登場した。
演じるのは真木よう子。
これが実に良かった。

低いどすのきいた声で語るお龍は、誠に肝っ玉が座っていて新鮮な描き方。
真木よう子も心の底からお龍に成り切っているよう。

このドラマからますます眼を離せなくなった。
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by maru33340 | 2010-05-30 20:56 | お勧めの本 | Trackback | Comments(0)
2010年 05月 26日

マーラー交響曲全集を手に入れるといふこと

CDのセット物が驚く程安くなった。

昨日購入したドイツグラムフォンから発売のマーラー交響曲全集は、18枚組で5300円!(HMV店頭価格)
学生時代、なけなしの仕送りを工面し、一日一本のフランスパンで飢えをしのぎながら、一枚一枚吟味し、少しずつマーラー交響曲のLPを集めた時代は遥か彼方となった。
いまや一晩の飲み代でマーラー交響曲全集を手に入れる事が出来る事は、やはり幸福と思わねばなるまい。

この全集は、メータの復活、バーンスタインの五番、アバドの悲劇的、シノーポリの七番、ショルティの八番、カラヤンの九番、ジュリーニの大地の歌、シャイーの十番と演奏も充実している上に、クレーメルによるピアノ四重奏曲など珍しい曲も収録されている。

季節もよし。
この全集をWalkManに入れて、ぶらりと旅になんぞ出たいものなり。
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by maru33340 | 2010-05-26 07:47 | お勧めの本 | Trackback(3) | Comments(3)
2010年 05月 25日

吉田健一の「大阪の夜」(『旅の時間』より)

吉田健一の「大阪の夜」について語る時に余計な言葉はいらず、ただ吉田健一自身の言葉を引用すれば足りる。それでは批評にはならないけれど、おそらく吉田健一の小説程、要約や批評が似合わないものはなく、ただ読んで楽しめば良い。
引用ならどこからでもいいので、例えば、
「もし意識が正常に働いているならば時間に断続がない訳であるが既に過ぎ去ったことを振り返って見る際には前の日、或は二、三時間前に起こったことでもその順序が交錯して自分ながら解らなくなることがあるのが珍しくなくて山田は山茶花が咲いていたのはどこだったのだろうかと思った。」
この文章のリズムが気持ちよいと思うことが、吉田健一を読むという事なので、「大阪の夜」という小説にはそのような気持ちよさが満ちている。
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by maru33340 | 2010-05-25 22:12 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2010年 05月 25日

Is it Haydn?

一体この音楽は本当にハイドンと呼ばれる作曲家の交響曲なのか?

クレンペラー指揮によるハイドンの交響曲の演奏を聴いているとそう思う。
荘重な序奏、大伽藍のような音響と深々とした旋律。
まるでシューマンのような浪漫もある。
ここには「パパハイドン」と言われる愛すべき好人物ではなく、巨人のように偉大な作曲家が屹立しているばかりだ。
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by maru33340 | 2010-05-25 09:35 | お勧めの本 | Trackback(2) | Comments(2)
2010年 05月 23日

「成仏湯」奇譚

こんなことがあるのだろうか?
夕方見た「成仏湯」につき帰宅し家人に嬉々として語るも、写真は「成弘湯」なるなんの変哲もない名に変わっている。
(先のblogの写真もそう…)

少なくとも二度は見た。
公演終了後、友人と再び見た。
(いづれも素面である…)

一体何がおきたのか?

背筋が寒くなった。
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by maru33340 | 2010-05-23 23:05 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)
2010年 05月 23日

さすが下町葛飾区

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今日は初めて「かつしかシンフォニーホール」という所まで足を運んだ。

京成線青戸駅で降りしばらく歩くと、「ホールまで後235m」という看板がある。(なんと中途半端な…)

しばらく進んでホール近くまで行くと「成仏湯」という銭湯が…なむあびだぶつ…

ホール前のモーツァルト像も気のせいかドンジョバンニの石像に見える…
さすが下町葛飾区。
なにやら奥深いぞ。
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by maru33340 | 2010-05-23 13:15 | お勧めの本 | Trackback | Comments(1)
2010年 05月 22日

珠玉の映画『トロッコ』に泣く

今日がこの映画『トロッコ』の初日。
最近とても気になっている女優、尾野真千子の舞台挨拶もあると知り、いそいそと出掛けた。

芥川の作品「トロッコ」に触発され、台湾を舞台に静かに展開される家族の物語は、自然の美しさ、子役の生き生きとした表情、台湾の俳優達の味わいなど、どれをとっても初監督作品(川口浩史監督)とは思えない素晴らしい出来栄え。
後半、子供達と尾野真千子演じる母親との心の交流に涙が止まらなかった。

しかし、なんといっても主演女優である尾野真千子のたたずまいが美しい。
亡くなった夫の故郷である台湾で義母に、「本当は子供のいない同世代の女性が羨ましかった。」と語りはじめるシーンは、小津安次郎の「東京物語」で、原節子が「私ずるいんです」と語るシーンを思わせ、本当に息を飲む程美しい…

上映後の舞台挨拶での尾野真千子には、ふんわりとした関西弁と親しみやすい雰囲気の中に、まごうかたない女優のオーラがあった。
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by maru33340 | 2010-05-22 15:47 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)
2010年 05月 22日

まるで五月晴れのように爽やかな、ラインスドルフ/バイエルン放送交響楽団によるマーラー

昨日は、神保町ササキレコードで最近知人に薦められたラインスドルフ指揮バイエルン放送交響楽団によるマーラー交響曲第六番「悲劇的」を購入。
早速聴いてみると、これがまるで五月晴れのように爽やかでクッキリ見通しの良いとても美しい演奏で嬉しくなった。

僕のマーラー演奏の好みは、基本的にクレンペラーやプレートルのようなバロック的で巨大なもので、例えばクーベリックのようにスッキリしたマーラーはいまひとつピンとこなかったけれど、このラインスドルフの爽やかさには驚いた。

聴いていて胃もたれせず、休日の朝から聴ける。(まあ人間として、それもどうかとは思うけれど…)

昨日は同じラインスドルフ指揮によるマーラー交響曲1番、3番も購入したのでこちらも楽しみだ。
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by maru33340 | 2010-05-22 09:16 | お勧めの本 | Trackback(1) | Comments(0)
2010年 05月 20日

ジュリーニの「未完成」

クラシック音楽を聴き始めて30年余り。
つい最近までどうしても(途中で眠ってしまい)聴き通せない交響曲が2曲あった。

1曲はベルリオーズの幻想交響曲。
CDでもライブでも必ず3楽章途中で眠ってしまう、なんだか苦手な曲だった。
しかしこれは最近クレンペラーの、おどろおどろしい演奏で開眼し、無事最後まで聴き通せた。

そしてシューベルトの「未完成交響曲」。
長くこの曲の凄さ、美しさが理解出来なかった。
しかし、こちらも最近買い直したジュリーニのマーラー交響曲9番にカップリングされている演奏で、めでたく最後まで眠らずに聴き通せた。

この「未完成交響曲」という曲、メロディはコラージュのようだし、盛り上がりにも欠け、実は大変難しい曲のようだ。

ジュリーニの演奏はきわめて美しく、深い森に引き込まれるような怖さもある名演と見ました。
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by maru33340 | 2010-05-20 23:16 | お勧めの本 | Trackback(2) | Comments(1)
2010年 05月 19日

『徒然草』と井上陽水の歌詞

『徒然草』を少しずつ読んでいると、所々に、厭世的でありながら、そこを突き抜けた言葉がある。

例えば、第七段より。

「化野の露、消ゆる時無く、鳥部山の煙、立ち去らでのみ、住み果つる慣らひならば、いかに、物の哀れも無からん。世は、定め無きこそ、いみじけれ。」

ここには、この世は無常であるとしながら、それ故にこそ、人は「ものの哀れ」を知り、そのことによって人は人となるのだ、という強靭な思考がある。

「弾き語りパッション」での井上陽水の歌詞(歌唱)にも、とてもパセティックで虚無的な歌詞(歌唱)の中に、そこを超え出ていこうとする人間という存在の尊厳に対する、暗く深い賛歌のようなものの存在を感じるのだ。
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by maru33340 | 2010-05-19 00:29 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)