新・クラシック音楽と本さえあれば

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2010年 06月 30日

1933年独逸幻想

こんな夢を見た。

1933年独逸。

ナチスの台頭によりベルリン国立歌劇場の指揮者の地位を奪われたオットー・クレンペラーは、ライブツィッヒ・ゲバントハウス管弦楽団とのリハーサル中に指揮台から転落し、頭部を強打、人事不省となった。

奇跡的に一命を取り留めた彼はナチスの迫害を逃れ渡米。
ここから彼の演奏スタイルは、従来の即物的な演奏から一変し、後年の彼に特徴的な、極めて遅いテンポで低温がごうごうと唸るような重厚な響きを貫く独特のスタイルとなった。
その後彼は劇しい躁鬱病に悩まされることになり、裸のまま部屋で指揮の練習をするなどの奇行も目立った。

従来謎とされていた彼の奇行の原因は、実にこの1933年の転落事故にあった。

同年極東日本において37歳の若さで亡くなった(と思われていた)宮沢賢治という当時無名の作家は、音楽を深く愛していた。

彼は亡くなる間際に、独逸のオーケストラの重厚な響きが聞こえるような気がしていた。
やがて意識を失い、気がつくと激しい頭痛がする。
頭を押さえながらふと見上げると指揮台の向こうに心配そうに彼を見下ろす楽団員の姿があった…

宮沢賢治は遠い独逸に於いてオットーと呼ばれる指揮者として生まれ変わったのである。

その後は渡米、晩年はイギリスに渡りフィルハーモニア管弦楽団と数多くの名演を録音し1973年に没した。



夢から覚めた時、耳元のウォークマンからは、クレンペラーの指揮するモーツァルトの交響曲40番の冒頭の有名な旋律が流れていた。

その低音部分、弦楽器が低く弾く「どどどど・どどどど」という旋律が、次第次第に、「どっどど・どどうど・どどうど・どどう」という『風の又三郎』の主題歌のように聞こえたのは、まだ夢の中であったのだろうか…
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by maru33340 | 2010-06-30 12:49 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2010年 06月 29日

梅雨を掃うシベリウス

シベリウス後期の交響曲ではやはり七番の断章のような冬枯れの風景を好む。
今日のような肌に纏い付くような湿気に辟易する朝は、この冷気が「聴くクーラー」になる。
演奏はバルビローリの一音一音を大切にした名演で。
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by maru33340 | 2010-06-29 08:19 | クラシック音楽 | Trackback(1) | Comments(0)
2010年 06月 28日

その陰りのもとに、ショパンは

ルービンシュタインのショパンのことは気になっていた。

一見素っ気なく、サロン音楽のように、さらさらと名器をつまびいているような印象を持っていた。
「だって彼は十九世紀のピアニストだもの…」とも…

しかし、今日偶然にも友人はんきち君がblogにルービンシュタインのショパン・ワルツの演奏に触れ、その意外なまでの哀しみと劇しさを読み取っていた。

確かにこのワルツ集は次第に陰りを深め、最後の曲である「ホ短調」において、とうとう秘めたる哀しみと慟哭がほとばしる。

ルービンシュタインはただ虚飾を廃し、ショパンが楽譜に書いた通りの音楽を奏でるにも関わらず、そこからは確実に、ショパンの哀しみや慟哭が聞こえてくる。

やはりルービンシュタインは天性のショパン弾きなのだ。
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by maru33340 | 2010-06-28 05:50 | お勧めの本 | Trackback(1) | Comments(2)
2010年 06月 26日

にわかサッカーファン、オシムの『考えよ!』を読む

多くの人と同じように、ついこの間までサッカーには全く関心がなかった。

しかしW杯が始まる少し前に、たまたまTVで中田英寿と本田圭祐の対談を見て、中田という人の知性と中田に対して対等に物を言う本田の日本人離れした野性的な眼を見ながら、もしこの本田という選手が攻撃の柱になれば面白いのではないか、と感じ、カメルーン戦を見た。

結果は大方の予想を裏切り予選突破の快挙となった。
いやはや、一体何故こんなことになったのやら。

そこで大変遅ればせながらオシム前監督の『考えよ!』を読み始めた。

その本の中でオシムは「日本は決勝トーナメントに進める」と語っている。それは希望的観測ではなく、対戦相手の3チームの強みと弱みを冷静に分析しながら、日本の可能性を語っている。

予選前に「絶対行くぞ!」という感情論ではなく、これだけの情報を元に冷静に日本決勝進出の可能性を語ったメディアは少なくとも僕の知る限りなかった。

またオシムは中村俊輔を評価しながらも、
「もし本田を使うならば日本代表にとっては一歩前進かもしれない。それは中村俊輔からスターの地位を強奪することを意味するからだ。」
と語っているのは、(最終的にオシムは中村俊輔を選ぶべきと語ってはいるものの)一つの炯眼であった。

オシムは「リスクを負うことが、日本人にとっては深層的なトラウマになっているのではないか。」と語り「何かに勝つためには、リスクや犠牲を負わなければならない。」と力説する。

今回のW杯一次リーグでは岡田監督は、大方の予想を裏切り、中村俊輔を外し本田をワントップにした。

これはもし惨敗すれば岡田監督にとっても本田にとっても大きなリスクだったはずだ。

しかし結果は大きな成果をもたらした。

オシムはこの結果と決断をどう評価するだろうか。
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by maru33340 | 2010-06-26 16:28 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2010年 06月 24日

エルガー作曲の「SOSPIRI」

エルガーの交響曲二番を聴きたくてバルビローリ指揮によるCDを購入した所、その冒頭に「SOSPIRI」という短い曲が入っていた。
そのタイトルの意味はイタリア語で「ため息」。
その意味通り、切なく、はかなく、美しい曲。

バルビローリは楽団員に「その音譜を愛して下さい。」と語るのが常だったそうだけれど、この曲からもバルビローリと楽団員がこの曲を心から愛し慈しんでいることが、切々と伝わってくる。

数あるバルビローリの名演の中でも、僕にとってBest3に入る演奏だ。
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by maru33340 | 2010-06-24 07:50 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2010年 06月 22日

荒涼たる風と寂寥と

この季節の、肌にまといつくような湿気にはまいる。
湿気はいつの間にか心の奥に忍び込み、それを酷く疲れさせる。

シベリウス晩年の交響曲はそんな疲れを一瞬忘れさせてくれる。

北欧の荒涼たる大地に風が吹きすぎる。
そこには人の姿はなく、ただ風が吹き荒れる音だけがする…

シベリウスの交響曲7番を聴いていると、そんな寂寥感に胸が塞がるような思いになり、自分が今梅雨のさなかの日本にいることをしばし忘れている。
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by maru33340 | 2010-06-22 04:58 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2010年 06月 21日

『フェルメールの楽器』(梅津時比古著、毎日新聞社)

例えば夜半に降った雨が、通勤途中の芝生をしっとり濡らしているのを見て少し心が和らぐような、この本に収められた音楽と演奏を巡るエッセィには、そんな趣があるようだ。

こんな文章がある。

「森のなかの常緑樹の葉の上に、まだ雪が残っているとき…。その白い連なりを見ているとシベリウスの音が聴こえてくる。冷たい空気を、静寂によって切り裂いてゆくような音。
あるいは、温かくなってからの風のなかに混じる花びらや土ぼこりからも、または夏の名残の海辺の残光からも、いろいろな音が、さまざまな変化を伴いながら、届いてくる。」

こんな文章で書かれた音楽評が何篇か。
ゆっくり大切に読みたい一冊だ。


フェルメールの楽器 音楽の新しい聴き方

梅津 時比古 / 毎日新聞社


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by maru33340 | 2010-06-21 19:21 | お勧めの本 | Trackback | Comments(1)
2010年 06月 16日

スカルラッティ、静謐な家具のような音楽

ユジャ・ワンのアルバムに間奏曲のように配置されたスカルラッティのソナタ。

それは、激しく美しいストラビィンスキーとブラームスの目眩く変奏曲の間にあって、まるで部屋の片隅にひっそり置かれた静謐な家具のように控えめでありながら、落ち着いた存在感を持つ。

その音楽は、何度か聴いた事はあったけれど、今回生まれて始めて聴いたような新鮮な驚きがあった。

改めてCDラックからホロウ゛ィッツの弾いたスカルラッティのソナタを取り出し聴き直した所、確かにここには、不意に贈られた小さな花束を見るような新鮮な音の輝きがあるのだ。

バッハともモーツァルトとも違う、まるで真夜中に人知れず起きだした一人の音の妖精が、人に見られていると気付かずにダンスを踊っているような少し淋しいような夜の音楽。

今更ながらその魅力の虜になってしまった。
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by maru33340 | 2010-06-16 23:13 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)
2010年 06月 16日

椰月美智子の傑作『しずかな日々』のこと

そのタイトルに惹かれてこの『しずかな日々』という小説を読み、今日読了した。

椰月(ゆづき)美智子という作家の事は全く知らなかったけれど、この作品は、しずかで美しく素晴らしかった。
いわゆる児童文学だけれど、文章が澄んでいて、読んでいると梅雨のうっとうしさがさっと晴れるよう。

この作家の今後を注目したいと思います。
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by maru33340 | 2010-06-16 12:00 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)
2010年 06月 15日

『原節子 あるがままに生きて』(貴田 庄著、朝日文庫)

あるとき原節子は、語った。
「好きなもの、まず読書、次が泣くこと、次がビール、それから怠けること」

この本は、原節子という不世出の女優のユーモアと気品、そして少しイメージを覆す意外な一面に触れて嬉しくなってしまう楽しいエッセィだ。

そして、小津安二郎を知るためにも読むべき一冊。

なかなかこんなに気持ちのいい一冊に出会えるもんじゃあない。
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by maru33340 | 2010-06-15 23:49 | お勧めの本 | Trackback | Comments(1)