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2010年 07月 31日

『Julie Is Her Name Vol.1』

暑いといっては水分をとり、クーラーをつけて眠る。
それじゃ身体にいいわけなくて、数日前から身体が怠く頭痛も治まらぬ。

今日はもう全く何にもする気がおきないので、寝転んでジュリー・ロンドンの『彼女の名はジュリー』というJazzVocalのアルバムを聴いている。

少しくぐもったハスキィボイスは今の気分にはふさわしい。

ジャケットも妖艶で美しい。
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by maru33340 | 2010-07-31 17:43 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2010年 07月 28日

水の音楽

サンソン・フランソワの演奏するラヴェルの「水の反映」を聴きながら、水について考えていた時、偶然(なのか、何かの導きなのか)読んでいた川村二郎『白山の水』にこんな記述を見つけた。

「それなしでは人間は生きることができないが、また、その中でも生きることができない、生かしかつ殺す水」

確かに水にはそんな危うい、誘いかつ拒むニ面性があり、フランソワの演奏には、どこかそんな水に似た、危険でアンニュイな香があり、それがえもいわれぬ魅力なのだ。
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by maru33340 | 2010-07-28 07:53 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2010年 07月 27日

幸福を音楽にするならば

ドビュッシーの小組曲、神聖な舞曲と世俗的な舞曲、6つの古代碑銘、三つのソナタを集めたアルバムを聴いていると、もし幸福というものが自ら歌を奏でだしたら、こんな音楽になるのではないかという気持ちになる。

演奏はパイヤール指揮、独奏はランパル、バスキエ、ラスキーヌ、ジャン・ユボー、トルトゥリエといった名手たち。

軽妙で明るく、それでいてさっと刷毛で触れたような透明な哀しみが漂う。

ここはまさに神々の戯れる、神秘的で官能的な桃源郷である。
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by maru33340 | 2010-07-27 12:18 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)
2010年 07月 26日

約32、3年ぶりに聴く、ワルターの『巨人』

先日、知人と音楽談義をしていて、初めて聴いたマーラーな演奏は何か?という話になった。

僕がマーラーという作曲家にハマったきっかけは、やはり映画『ベニスに死す』の、あのアダージェットということになる。
あの痛みを帯びた甘美な世界は、多感なる10代後半の僕には全く衝撃的な音楽だった。

知人が最初のマーラー体験と語っていたのが、ワルター指揮による『巨人』。
この演奏は僕も何度も聴いた。
特に三楽章の中間部の、夢見るような美しさは、他のどんな演奏にもないものだった…

今回久しぶりに聴き直して、30年前と全く印象が変わらないのに驚いた。
ワルターの指揮のみずみずしい魅力はおそらくあせることはあるまい。
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by maru33340 | 2010-07-26 23:09 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2010年 07月 25日

猛暑にオアシスあり

あまりに暑いけれど、じっと家に閉じこもっていてはいかんと、ブリジストン美術館まで印象派の絵画を見に行ってきた。

日曜日朝一番、この暑さもあり、ちょうど良い人の入り。

モネ、セザンヌ、ルオーらの作品や日本人の印象派に影響を受けた絵画を近くでゆっくり眺められ、至福の時間を過ごした。
ブリジストン美術館は照明の明るさが僕にはちょうど良く、所々にある彫刻がプラムナードの役割を果たしていて、とても気持ち良い美術館だ。

八重洲ブックセンターで、『新・日本文壇史(三巻」』、『発見されたダウ゛ィンチの真作』、『怖い絵(3)』等を購入。

昼は南インド料理の名店「ダバインディア」で極上のカレーを楽しむ。
(実は今日の外出の大きな目的は、ここのカレーを食べることにありました。)

「ダバインディア」はまさに猛暑のオアシスであります。
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by maru33340 | 2010-07-25 17:08 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2010年 07月 25日

圧倒的名演、クレンペラーのR.シュトラウス

長い間捜していたクレンペラーがR.シュトラウスの「ドン・ファン」や「死と変容」・「サロメ」・「メタモルフォーゼン」を指揮した演奏を収めたCDを手に入れた。
(神保町のササキレコードのママが取り置いてくれていたのだ。)

こ、これは期待を遥かに上回る名演であり、数多いクレンペラーの録音の中でも、僕の中ではBest3に入るものだ。

「ドン・ファン」は、冒頭から気迫全開で、ラストまで全く緩むことがない、筋肉質で厳しい音楽だ。
録画も大変いい。

「死と変容」も導入部分の切々たる響きからして、いまこの場で作曲されているかのように生々しい。

「サロメ」からは、7つのヴェールの踊りの音楽が間奏曲のように配置されているが、なんとも恐ろしいサロメであり、聴きながら背筋が凍るような思いがする。

最後の「メタモルフォーゼン」は、最初から最後まで緊張の糸が途切れる事がない、気迫に満ちた演奏で、僕が今までに聴いたこの曲の中で最も感銘を受けた。

ユダヤ人であるクレンペラーにとって、ナチスに協力的であったR.シュトラウスの音楽を演奏する事には、複雑な想いがあったはずだが、ここにはそうした個人的な想いを越えて、あくまで優れた音楽として毅然と演奏する老音楽家の姿がある。

けだし、稀有の名演である。
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by maru33340 | 2010-07-25 03:56 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2010年 07月 24日

天才ちあきなおみによる「港が見える丘」

you tube を検索していて、ちあきなおみの唄う「港が見える丘」の映像を発見した。

これはもう完全に楽曲を自分自身のものにした天才の歌唱。

港にちらりほらりと落ちる花びらが見えるような幻覚を感じました。


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by maru33340 | 2010-07-24 12:51 | TV | Trackback | Comments(2)
2010年 07月 24日

明晰な精神で彩られた、ジャン・マルティノンのドビュッシー

ドビュッシーの管弦楽曲はどうもなんだかもやもやしていて、その割には曲によっては妙に騒がしくて、なんともその全体像を捕えがたい感じがしていた。

しかしジャン・マルティノン指揮フランス国立放送局管弦楽団によるドビュッシーを聴いて、その明晰で透明、どんなに音が重なっても濁ることのない響きに魅了され、ドビュッシー感が変わった。

これはライナーノーツで丸山桂介氏が書いているように、「パリのノートルダム寺院のステンドグラスのように、空気の中に、純粋な響きだけが響いている、ドビュッシーの精神の核のようなもの」を感じさせる名演だ。
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by maru33340 | 2010-07-24 11:14 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2010年 07月 23日

『水晶万年筆』(吉田篤弘)

「水が笑う、とあの本にあった。
水が笑うことなどあるだろうか。毎朝決まって律義に水盤を眺めていたが、依然として水は微動だにしなかった。窓の外では間断なく雨が降って、それはやはり笑うというよりも、延々と続く昔語りのようだった。」

吉田篤弘の『水晶萬年筆』には、例えばこんな書き出しで始まる六つの静かで不思議な物語がおさめられていて、水のようにさらさらと心に染み込んでくるのだ。

気持ちのよい短編集だ。
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by maru33340 | 2010-07-23 04:00 | お勧めの本 | Trackback | Comments(1)
2010年 07月 23日

眠れぬ夜の音楽

熱帯夜である。

まるでぬるま湯の中にいるように蒸し暑い。
夜中に何度も目覚めてしまう。

こんな夜はやはり古楽を聴きながら、草原を渡る風を想いたい。

『ひとときの音楽―バロックの美しい歌』での、波多野睦美の美しく慈しむような声は、優しく聴くものの心を包みこみ、心地よい木陰に誘う。

眼を閉じて、その木陰にまどろもう。
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by maru33340 | 2010-07-23 03:38 | お勧めの本 | Trackback | Comments(0)