新・クラシック音楽と本さえあれば

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2010年 09月 30日

北の呼ぶ声

友人はみちのくへの旅の途上の人である。
我は今、信州長野の保科温泉にあり。
来週初めには秋田に行かんとす。
北から、『遠野物語』の方から、何事か呼ぶ声のあらん。
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by maru33340 | 2010-09-30 06:49 | お勧めの本 | Trackback | Comments(1)
2010年 09月 28日

ブラームスな曇天

昨日から冷たい雨は降り続き、列車から見える空には黒い雲が重く立ち込め、実に独逸なので、こんな朝はやはりブラームスの室内楽に限り、朝から弦楽六重奏曲を聴きながらしばしもの思いに耽り、昨夜寝る前に読んでいた川上未映子の『乳と卵』の文章を思いだしながらblogを書いていると読点を打つ機会を失った。
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by maru33340 | 2010-09-28 08:21 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2010年 09月 25日

含羞といふこと~二つの態度から~

10年連続で200本安打を達成した瞬間、イチローは1塁ベース上でしばらく戸惑うような表情をしていた。
球場からの声援とベンチのチームメートの拍手を受け、初めて帽子を取り声援に応えたが、笑顔はなかった。
チーム成績が不振の中、自身の記録のためにプレーしていると批判された2008年のシーズンの事がトラウマになり、素直に喜びを表現出来なかったのだろうか。
彼は「チームメートが祝福してくれているのを見て、喜んでもいいのかなと思った。」と語った。
想像を絶する努力とプレッシャーの中で記録を達成しても、人はそれほど自己を律せねばならぬのかと気が遠くなるよう思いがする。

一方…

尖閣諸島沖の衝突事故で逮捕された船長は、釈放され中国政府のチャーター機に乗り込む際、高々とVサインをしながら乗り込んだ。
中国政府はこの事件で、謝罪と賠償要求の声明を出した。

この釈放には中国、アメリカとの外交関係に伴う政治的判断があったであろうが、今はその事は語るまい。


ただ、同じ時期に起きた二つの態度にある、「含羞」の有無に、片や「美しさと哀しみ」を感じ、他方に「傲慢と怒り」を感じるということだけは、せめて書き留めておきたい。
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by maru33340 | 2010-09-25 17:10 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)
2010年 09月 23日

歌はどこまで届くのか

激しい雨の降る午後、ブラームスのチェロソナタを聴きながら『男うた女うた―男性歌人篇―』(佐佐木幸綱著)を拾い読みしていて、こんな歌に出会った。


「たちまちに君の姿を霧とざしある楽章をわれは思いき」
(近藤芳美『早春賦』)


次第に強くなる雨音を聞きながら窓の外を眺めると、黒い雲が立ち込め、視界はとざされていた。

この間までの暑さが嘘のように、季節は早くも晩秋の気配である。
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by maru33340 | 2010-09-23 23:22 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2010年 09月 23日

『失われた時を求めて1 第一篇「スワン家のほうへⅠ」』(高遠弘美訳、光文社古典新訳文庫)

『失われた時を求めて』の新訳の刊行が始まった。

その経緯は、巻末に収められた訳者による「読書ガイド」に詳しい。

その「読書ガイド」には、吉田秀和によるプルースト評が引用されている。

「私は『失われし時を求めて』の中で、自分の生きてきた時間を遡り、遡る間にはじめて時間の流れを自覚的に捉える。私は自分に再会し、自分を意識する。この本に出てくる事件は空間的拡がりももっており、それはまた私を拡げもするのだけれど、私がここで本当に知るのは、この《時間》の中であり、そこで私は《自分になる》のである。こういう《時》がなければ―時が流れ、私が私でないものに流れこみ、私でないものが私の中に流れこんでくるのでなければ、私は永久に私に再会することはなく、自分になることはないだろう。」

訳者も書いているとおり、プルーストについて書かれたこれほど美しい文章はめったにあるまい。
ようやく(何度も挫折した)『失われた時を求めて』を通読する機が熟したのかも知れない。
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by maru33340 | 2010-09-23 12:48 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2010年 09月 23日

「想望」といふ音楽

『龍馬伝』の成功の大きな要因に「音楽の素晴らしさ」がある。

特に印象が強いのは、武市半平太が切腹する前夜、妻の想いが蛍になり武市の牢獄を照らすシーン。
溢れる情は抑えた演技で表現しながら、音楽によって武市と妻の想いが現され、涙を抑えることが出来なかった。

その時に流れた音楽は「想望」というタイトルで、『龍馬伝』のサウンドトラック②で聴くことが出来る。

これは、改めてその音楽だけを聴いても、ドラマのシーンが蘇り、感銘を新たにすることが出来る素晴らしいアルバムだ。
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by maru33340 | 2010-09-23 10:39 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2010年 09月 22日

ブラームスと白秋

まだまだこの季節としては暑いけれど、朝晩のひんやりとした感触は、僕にはブラームスの季節の到来を思わせ、アルバン・ベルクQによる弦楽四重奏全集を聴きながら、秋を思うのは至上の喜びだ。

憂いと秘めた激情、哀しみと果てしない憧れ、抑制と官能がこれほど渾然一体となった音楽は、なかなかないだろう。

この音楽を聴きながら、読んだばかりの北原白秋の歌を思いだした。

「君かへす朝の敷石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ」
(『桐の花』より)

華やかで官能的で哀しい、それでいてふくよかな味わいは、まさにブラームスの室内楽の味わいのようだ。
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by maru33340 | 2010-09-22 07:24 | お勧めの本 | Trackback | Comments(1)
2010年 09月 20日

マラマッドの小説『レンブラントの帽子』のこと

長く忘れてた作家であったバーナード・マラマッドの小説『レンブラントの帽子』を読んだ。

この本の解説を書いている荒川洋治氏は「文学を考えるうえでマラマッドはたいせつな世界をもっていた。小説を読むことは『レンブラントの帽子』を読むこと、読みつづけることだ。」と絶賛。

確かに丁寧で正解な文章で描かれた静かな良い小説であると思う。

思うけれども、よく考えると、登場人物二人の感情の動きにどうもよくわからない部分がある。

二度読み返したけれど、なんだかもどかしさが残る。

うーん、これはなんなんだろう。
この感じはフィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』を読んだ時のもどかしさと似ているのだが…
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by maru33340 | 2010-09-20 01:16 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2010年 09月 18日

『秋の花』(北村薫著)

北村薫の〈円紫さんと私〉シリーズ三作目の『秋の花』は、このシリーズ初の長編である。

そして最も哀切な作品である。

この作品までのこのシリーズは、推理小説というジャンルでありながら「死」は描かれなかったが、この作品では文化祭準備中に起こる女子高生の墜落死を廻る謎が初めて登場する。

細部まで丁寧に伏線が引かれ、謎はラスト近くに一気に真相が明らかにやる…

それは単なる謎解きではなく、「人間とはそんなに脆いものなのか?」「生きるとはどういう事なのか?」という主人公の問いへの答えにもなる。

今回が再読。

これからも、更に何度か読み返す事になるであろう素晴らしい作品だ。
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by maru33340 | 2010-09-18 23:04 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2010年 09月 18日

『証言フルトウ゛ェングラーかカラヤンか』(川口マーン恵美子著)

ベルリン・フィル全然時代の楽団員たちが、フルトウ゛ェングラーとカラヤンについて、著者のインタビューに答えて語る。
フルトウ゛ェングラー信望者で、カラヤンを激しく非難する演奏者もいる一方、カラヤンを高く評価する演奏者もいる。
今となっては真相は薮の中でだし、彼と接した人の数だけ、その姿はあるのかも知れない。


ただ一つ共通するのは、カラヤン晩年の孤独の深さだ。
その孤独は、むろん彼自身が招いたものであることも確かだが…

インタビューされる楽団員は皆話し好きで愉快な人物であり、数々のエピソードも興味深く、一日で読了した。
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by maru33340 | 2010-09-18 22:11 | お勧めの本 | Trackback | Comments(1)