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2011年 03月 30日

『羊をめぐる冒険』読了

ここ数日村上春樹の『羊をめぐる冒険』を読み続けた。

会社への往復、眠る前、夜中に目覚めた時…

その間、自分が生きているのは、この物語の中であり、現実世界は悪い夢なのではないかと錯覚するほどに、この世界にのめりこんだ。

自分が本の外側にいるのではなく、本の内側にいて、主人公とともに旅をしているような感覚は、久しく忘れていた感覚だった。

恐らく自分自身が今の現実を受け入れられず、心の避難場所を求めていたのかも知れない。

村上春樹の小説はそのほとんどが、「喪失」と「回復」の物語である。

この物語でも主人公は実に多くのものを喪う。

かつての恋人、妻、仕事、新しい(素晴らしい耳を持った)恋人、そして友人。
この物語には(他の彼の物語と同じく)わかりやすい結末はない。
救いも訪れない。

それでも読了して、ある種のカタルシスがあるのは何故だろうか。

それは恐らく主人公が、喪ったものをひとつひとつ丁寧に弔う事によって、喪われたものたちの魂が、その本来の居場所を見つける事が出来るような気がするからかもしれない。

僕が今どうしてもこの小説を再読しなければならないと思ったのは、そのせいだったのだろうか。
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by maru33340 | 2011-03-30 07:44 | お勧めの本 | Trackback | Comments(1)
2011年 03月 28日

東京では桜の開花宣言が…


靖国神社の桜が咲くと東京では開花宣言が発表される。

ちょうど今日開花宣言がされたけれど、桜が咲くことがこんなに辛く思える春はない・・・
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by maru33340 | 2011-03-28 12:43 | お勧めの本 | Trackback | Comments(1)
2011年 03月 27日

『羊をめぐる冒険』を再読する

村上春樹の『羊をめぐる冒険』が単行本として出版されたのは1982年。
僕が大学を卒業して就職した年の秋のことだ。

その少し前、風邪で会社を休んだ時に、当時独身寮にいた同期に『風の歌を聴け』を借りて読んで、随分感心したので、この『羊をめぐる…』も発売されてすぐに購入して一気に読了した記憶がある。

あれからもう30年近く経ってしまったのかと思うと、なんだか嘘のようだ。

その間にバブルの時代があり、瞬く間にそれは弾けた。

1995年には阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件があり、あの年以上に衝撃的な事件を経験することはあるまいと思っていたが、今回の東北関東大震災と原発事故という未曾有の出来事に遭遇した。

震災から二週間、あまり本も読めず音楽も聴けない状態だったけれど、昨日ふいに『羊をめぐる…』を読み返そうと突然思い立った。
この本の中の何かが今の僕には必要な気がするのだ。
それが何かはまだわからないけれども…
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by maru33340 | 2011-03-27 17:16 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2011年 03月 26日

震災の記憶を風化させてはいけない

震災から二週間。

昨夜、NHKの特集番組を見て、胸が塞がるような思いになった。

多くの命が奪われ、未だにたくさんの方々の行方がわからない。

残された遺族は今もまだ家族の行方を捜し瓦礫の中を歩き続けている…

原発事故による計画停電。
野菜や水の汚染による不安、そして風評による買い占め…

次第に報道はそれらにシフトしているけれど、震災そのものによる多くの犠牲者がいることと残された人々の哀しみを忘れてはならない、風化させてはならないと改めて思う。
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by maru33340 | 2011-03-26 06:38 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2011年 03月 22日

マーラーの幻視した風景

今日は19時に停電が始まった。

例によって22時まで、電気、ガス、水道が使えない。
前回の停電時は、ちょうどぎっくり腰の最中だったので早々に眠ってしまったけれど、 今日はさすがにまだ眠くならないので、サロネン指揮によるマーラー交響曲9番を聴いている。

大震災以来のマーラーの音楽は、まるで黙示録のような終末感に満ちた預言の音楽に聴こえる。

今年はマーラー没後100年。
若き頃から、死の恐怖に囚われていたマーラーの幻視した風景は、今、現実のものとして我々の眼前に(信じたくないが)広がっているのだ。
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by maru33340 | 2011-03-22 20:31 | お勧めの本 | Trackback(1) | Comments(2)
2011年 03月 22日

Back to Bach

今日3月21日がバッハの誕生日であるとnumabeさんのブログによって偶数知った。

3.11以来クラシック音楽が聴けなくなっていたけれど、昨夜からバッハを聴き返し、やはりバッハに帰っていくのだなあとつくづく思っていたので、そのシンクロニシティに少し驚く。

平均律の第2巻、無伴奏バイオリンソナタ、アンネ・ゾフィー・フォン・オッターによるマタイ受難曲…
どれを聴いても、乾いた砂に水が染み込むように心に深く響く。

今はロ短調ミサ曲を聴いているけれど、こんなにも真摯な祈りと深い慰めに満ちた音楽であったのかと、今改めて思う。

音楽には渇きひび割れかけた心を癒す力があるということを、今、身を持って心の底から思う。
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by maru33340 | 2011-03-22 00:04 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2011年 03月 20日

『ぼくが真実を口にすると 吉本隆明88語』(勢古浩爾著、ちくま文庫)

吉本隆明の本は時折読んではきたけれど、今まであまり本当に腹の底から「わかった」と思える事はなかったように思う。

しかし、3.11以降の自分にとっては、吉本の言葉が、ずしりと突き刺さる。

例えばこのような言葉。

「誰がどうなるか判らないそんな人生の中では、私達はそれこそ本当に、力一ぱいに苦しい目にあったら苦しみ、楽しい目にあったら楽しみ、自分の及ぶ限り、力かぎり生きて行くより外にどんな道があるのでしょうか」(『初期ノート』より)

当時、吉本隆明は21歳。
恐るべきかな。
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by maru33340 | 2011-03-20 22:35 | お勧めの本 | Trackback | Comments(1)
2011年 03月 20日

ラジオから聴こえる音楽

停電対策として遅ればせながらラジオを買いに行った。

勿論携帯用のラジオの在庫は全くない。

やむなく一番安価なCDラジカセ(カセット機能がなくてもラジカセとはこれいかに?)を買って帰ったのはいいが、肝心の電池(単2電池が8本必要)の在庫がない。

何件かの家電量販店やドラッグストアを回ったが、何処も品切れ。

ふと思い立ち近所の商店街の荒物屋に立ち寄るとちょうど単2電池の在庫が8本だけ残っていた。
若社長らしい男性は「もうこれだけしかないので全部はちょっと…」と渋るが「ラジオを買ったけどどこにも電池がなくて」と困っている現状を訴えると、やり取りを聞いていたお母さんらしき女性が「いいよいいよ売ってあげなよ、困ってるんだから」と取りなしてくれ、無事に電池を手に入れた。

ようやく安心して聞くラジオからは、カーペンターズの曲が流れてきて、なんだか泣きそうな気持ちになってしまった。
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by maru33340 | 2011-03-20 17:47 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2011年 03月 19日

飛行機の窓から

出雲から羽田に戻る飛行機で窓側の席に座り、窓からずっと外を眺め続けた。

房総半島の上空から、無数のゴルフ場が眼下に広がるも、そこには(当然ながら)人はいない。

東京湾に浮かぶ船舶も随分数が少なく、寂しげに映る。

株価は下がり、大連立構想は虚しく消え、外国の人々は母国へ帰っていく。

今回の震災は、日本及び日本人にとって第二次世界大戦での敗戦以来の大きな損失をもたらした。

多くの生命とともに、僕らの心のとても深い所で、とてつもなく大きなものが喪われてしまった。

その傷は、今の震災や原発の問題が少しおさまってから、じわじわとボディブロウのように効いてくるだろう。

しかし、今が「本当に生きるとはどういう事なのか」という問いに真剣に向き合うための、最後の機会なのだと思う。

誤魔化さずに自分自身の心と向き合う事、そして行動する事、いまそのためのスタートラインに立ったのだと思いたい。
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by maru33340 | 2011-03-19 22:56 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2011年 03月 18日

空はこんなに蒼く、風はもう春の香りなのに

出雲への出張が入っていた。

こんな社会情勢だから中止になるかと思っていたが、予定通り開催されることになり羽田に向かうモノレールに乗っている。

普段なら少し異次元に向かう高揚感がある所だけれど、湾岸の水を眺めては、これだけの水を一気に原子炉に注入する方法はないか、などと思ってしまう。

空はこんなに蒼く、風はもう春の香りなのに、なおさら心ふさぐばかりだ。
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by maru33340 | 2011-03-18 16:27 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)