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2011年 06月 30日

『青少年のための読書クラブ』(桜庭一樹著、新潮文庫)

桜庭一樹は不思議な作家である。

この『青少年のための…』も随所に仕掛けが散りばめられた入れ子細工のような作品。

この人の感性と波長が合えば楽しめる作品です。
(ちなみに僕は好きです)
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by maru33340 | 2011-06-30 22:36 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2011年 06月 26日

世界報道写真展2011

写真美術館で開催中の「世界報道写真展2011」を見に行く。

毎年ながら事実の持っ力に圧倒され、言葉を失う。

ハイチでの大震災、タイ・バンコクでの武力衝突、未だに世界を覆う貧困…

スポーツや自然の素晴らしい写真もあるけれど、やはり人間が自ら作り出したもの(戦争、国家そして科学技術など)により、悲惨な状況においやられているという矛盾を深く考えこまざるを得ない。

苦しいけれど、ここから目を背けてはなるまい。
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by maru33340 | 2011-06-26 14:33 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2011年 06月 25日

「遅効性の引き出し」に就いて

今読んでいる『幅書店の88冊』(幅允孝著、マガジンハウス刊)は出色のブックレビューだ。
そのまえがきでこんな言葉に出会った。

「本を読んでも亡くなった人が生き返ったり、借金がゼロになったりすることは(残念ながら)ない。だから、厳密に言えば、本は誰も救ってはくれないのかも知れない。だけれども、「救われよう」とか「なにかを得よう」と思って本を手に取る人が多い中、僕が覚えていて欲しいのは、本の遅効性だ。僕たちが本を読むことによって備わる、自分の中の抽き出しのようなもの。これは、思いもよらないタイミングで開く抽き出しだ。ちょうど、僕たちの前に現れる不条理や事故や圧倒的な哀しみなんかが、突然やってくるのと同じように。もちろん、抽き出しが開いても、大変なことに変わりはない。だけれども、目を背けたくなるようなタフな現実からなんとか自分が持ち堪えるための耐性を、その抽き出しの中にある経験は授けてくれる気がする。だから僕は、本を読むと「救われはしないけれど、耐えられるかもしれない」とは言える。」

この文章の中の「本」を「音楽」や「映画」などに置き換えれば、あの震災後に、本を読んだり、音楽を聴いたりする意味が少しわかるような気がする。
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by maru33340 | 2011-06-25 10:33 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2011年 06月 24日

ちょっと愚痴ですが…

(以下私的な愚痴ですから全くためになりませんので…)

今日は、朝から少し良い気分で会社に向かったけれど、なんとも不毛なゴタゴタに捲き込まれて、ほとんど一日棒に振ってしまい、ホトホト参ってしまった。

何にも産まない気苦労程、心蝕まれるものはないなあ。

何とか耐えるしかないのだろうなあ…
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by maru33340 | 2011-06-24 19:52 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2011年 06月 24日

起きるに値する朝に

詩人シンボルスカの教えにならい、「起きるに値する朝」のために、日々の小さな冒険に旅立とうと思った。

それには何より小さな悦びを積み重ねることが秘訣のようだ。

昨夜は風呂で、少し良いトリートメントを使い、ゆっくりとヘッドスパをして、靴を丁寧に磨き、好きな音楽を聴きながら本を読んだ。

今朝は、明るめのシャツを着て、ゆっくり腹八分目の朝食を取り、アンネ・ゾフィー・フォン・オッターのバッハを聴きながら通勤。

駅までの道では、日々変わり行く樹々の緑が風にそよぐのを眺めながら歩いた。

それだけの事で、今朝は心が少し晴れ、例え、この後一日いいことが無くても、何とか耐えていけるような気がするから不思議だ。
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by maru33340 | 2011-06-24 07:29 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2011年 06月 23日

シンボルスカという詩人に就いて

寡聞にしてノーベル文学賞を授賞したポーランドの女性詩人シンボルスカという名前を聞いたことはなかった。

今日から読みはじめた幅允孝(ブック・ディレクター)の『幅書店の88冊』という本で初めてその名前と作品を知った。

シンボルスカは「私は知らない」という言葉を自分に問いかける重要性を説く。

自分にとっての「私は知らない」をたくさん発見すること、それは何も宇宙や秘境を旅することではなく、街を歩いていて見かける些細な石ころなどをやたら注視したくなったとか、目の前にある沈丁花のつぼみが膨らんだとか、多分そんな視点が世の中を具体的にかえる最初の歩みになるとシンボルスカは言う。

それは随分小さな一歩のように思えるけれど、大股に見える幻影の一歩よりも、確実に力強い歩みだ。

そして、そんな「起きるに値する朝」を毎日繰り返して生きることが、世の中を実際に変える最小単位となるに違いない。
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by maru33340 | 2011-06-23 22:56 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2011年 06月 19日

パウル・クレーに就いて

学生時代、パウル・クレーの絵に惹かれて、一枚の複製画を部屋に飾っていた。

薄い緑色をしたロボットのようなものを描いたその絵は今は僕の手元にはなく、そのイメージは映画『天空の城ラピュタ』の最後のシーンに出てくる花を摘むロボットの姿と重なっている。

それ以来ずっとクレーの絵が好きだと思っていた。


しかし、今年、大規模なクレー展が開かれるのを機に発売された雑誌ユリイカ(およそ30年ぶりに購入した)に納められたクレーの絵画を見て愕然としてしまった。

いくつかの画集も集めて、飽かずに眺めていたはずのクレーの絵が、全く違った様相を持って僕の眼に映るのだ。

学生時代、詩的で音楽的な絵画だと思っていたその絵は、今の僕には、何処か悪魔的で暴力の予兆に満ちた20世紀という時代を暗示する絵に見えるのだ。

これは一体どういうことだろうか?

今まで僕は何を見ていたのだろうか?
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by maru33340 | 2011-06-19 23:20 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2011年 06月 18日

『パイプのけむり選集[旅]』(團 伊玖磨著、小学舘文庫)

『パイプのけむり』シリーズ二巻目[旅]を読んでいる。

一篇一篇がまるで短編小説のようで、面白い話、心暖まる話、冒険に似た探索など飽きる事がない。

そしてやはり文章の素晴らしさに魅せられる。


「或る晩、横須賀線の終電車で逢った親しい英国人のルイス・ブッシュがシェトランド島に行って来た。何も無い北大西洋の孤島なんだ、木さえない島なんだ、でもなんだか素晴らしい島だった。君も行ってみないか、と言ったのがこの島と僕の関係の始まりだった。」

そんな言葉で始める「再訪」という作品はじめ、ここには旅情に溢れた豊穣な旅の記憶がおさめられ、楽しみは尽きない。
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by maru33340 | 2011-06-18 14:28 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2011年 06月 16日

『パイプのけむり選集[話]』(團 伊玖磨著、小学舘文庫)

小学生の頃、父の愛読していた『パイプのけむり』シリーズを、わからないながらもそれなりに楽しんで読んでいた。

今、その『パイプのけむり』が、新しく編集され文庫になっているので、読み返している。

團さんの文章は、そこはかとないユーモアがあり、風通しが良く読んでいて、気持ちが良くなってくる。

例えばこんな文章。

「朝から机にしがみついて、音の配列ばかりを考えていた疲れた頭に、風の木陰は新鮮な涼しさを呉れた。そして、海から微かに吹き上げて来る風が快かった。僕は、枇杷のみずみずしい甘さを啜りながら、疲れというものが、魔法のように消え去って行く、自然の中での今の時間を、宝石のように大切に感じていた。」

読んでいると、こちらの心の奥も少し澄んでくるような気がする。
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by maru33340 | 2011-06-16 09:32 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2011年 06月 13日

こんな曇り空の月曜日には

雨はやんだが、外は低い雲が立ち込めている。

こんな重たい月曜日の朝には、あまり軽やかな曲は似合わない。

かといって、あまり深刻な曲もしんどい。

で、聞き始めたのはブラームスの『ドイツ・レクイエム』。

ジュリーニ指揮によるこの曲は、遅いテンポで始まり、やがて雲の切れ間から光が射し込むような美しさに満ちていて、心安らかな気持ちになる。
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by maru33340 | 2011-06-13 07:30 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)