<   2012年 02月 ( 15 )   > この月の画像一覧


2012年 02月 29日

初めて落語を聞いた頃

落語というものを、初めて意識して聞いたのは、中学生の頃だった。

あの頃はテレビで、何時頃だったろうか、割に遅めの時間に、落語の高座を定期的に放送する番組があった。

先代円楽の「芝浜」や「中村仲蔵」。圓生の「文七元結」や「唐茄子屋政談」。誰が演じたのか忘れてしまったけれど「船徳」などを聞いて、「世の中にはなんと面白い世界があるんだろう。」と毎週わくわくしながら見ていた。

大きくなったら若旦那になって、船宿の二階でぶらぶらしたり、もっと歳をとったら横丁のご隠居になりたいなんぞと、周囲の友達に語っていたから、ついたあだ名が「若年寄」。

いつの間にか、実年齢がイメージに近づいてきて、下手すれば追い越しそうな勢いの今日この頃だ。

もう一度あの頃のようなまっさらな気持ちで落語を楽しみたいなと、ふと思う。
[PR]

by maru33340 | 2012-02-29 23:25 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2012年 02月 28日

冬の匂い

平松洋子の新しいエッセイ『なつかしいひと』(新潮社)を読んでいたら、冒頭から、こんな文章に出会った。

「通りかかるたびに桜の木が痩せてゆく。このあいだまで豊かな木陰をつくっていたはずなのに、細く黒い骨のように枝だけ浮かび上がっている。無残に思って見上げていると、風にあおられて落ち葉がばらばらと舞いながら降ってきた。ああ、また痩せてしまった。

そのとき足もとを吹き抜けていった風があわててしまうほど冷たくて、冬じたくを急かされた気分になった。あのコート、あのセーターをはやく出さなくてはと思いはじめると、甦ってくるものがあった。
冬の匂いである。」

この後、文章は少し向田邦子の小説のような、微かな官能性を帯びてくるのだが、それは読んだ人だけのお楽しみ。

平松洋子、やはりなかなかの書き手であると改めて思いました。
[PR]

by maru33340 | 2012-02-28 23:28 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2012年 02月 27日

音楽を聴くのにも体力はいる

昨夜から腸が炎症を起こしてしまい、医者から二日間の絶食を命じられた。

痛みは少し治まってきたけれど、やはり食べないと力が出ず、ただ横たわっているばかり。

本を読むのも疲れたので、音楽を聴こうと思ったけれど、どうやら音楽を聴くのにも体力は必要らしく、途中でしんどくなってくる。
やはり人間食べるのが基本でありますな。

いやはや。
[PR]

by maru33340 | 2012-02-27 22:13 | お勧めの本 | Trackback | Comments(5)
2012年 02月 26日

Yuji Plays Bach

この所、ブルックナーの音楽ばかり聴き続けた。

まるでその音楽の宇宙の中に閉じ込められてしまったかのように、ほとんど他の音楽を聴こうという気持ちにならなかった。

唯一の例外がバッハ。

そう言えば、一年前、あの震災の後、しばらく音楽が聴けなくなってしまった後、初めて聴けたのがバッハの音楽だった。

バッハの音楽には何処か感情を超えた大きなものがあり、安心感がある。

今日は、高槁悠治の弾く、「シチリアーノ」や、「主よ、人の望みの喜びよ」、「シャコンヌ」らのピアノ編曲を集めたアルバムを聴き、改めて、バッハの音楽が、人間界を超えた、普遍的で、宇宙的な音楽であると実感した。
[PR]

by maru33340 | 2012-02-26 18:06 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2012年 02月 26日

柳家小さんを聞き直す

先頃刊行された『落語家昭和の名人くらべ』(京須偕充著、文藝春秋刊)は、著者が親しんできた、昭和の名人である志ん生、圓生、文楽、三木助、小さん、志ん朝のエピソードや素顔、得意とした演目を語った、詠みやすいエッセイ。

一気に読了した。

中でも僕には志ん朝の、社交性と人嫌いの二面性を語った章が面白かったけれど、それはまたの機会に書く事にして、今日は、(先代)小さんについて。

僕が学生時代に寄席に通い始めた頃(昭和50年代後半)、小さんは落語協会会長職にあり重鎮として君臨していたけれど、その高座は20代の若者だった僕には、あんまり渋すぎて面白くなかった。

声も小さいし、表情も乏しく、なんだかいかにも面倒くさいような感じで演じているのが、「なんだかなあ」という感じだった。

当時僕が好きだったのは、圓生。

いかにも名人然とした風情で、かたわらの白湯を飲む姿も格好よく、「えー、どうもこの」なんという語り口に痺れた。

それに比べると小さんは、いかにも野暮ったいように思えた。

しかし、この本の著者の小さん評を読んで、少し小さんを聞き直してみようという気になり、図書館で「うどんや・千早ふる」の入ったCDを借りてきて聞いてみた。

すると驚いた事に、確かに愛想はないけれど、何とも惚けた味わいがあり面白いのだ。

特に「千早ふる」は、その間合いや言葉使いが、そっくり小三治で、「ああ、なるほど小三治のおかしみは、見事に小さんを引き継いだものだったのだ。」と今更ながら気がついた。

30年経ってようやくその真価を知りました。

いやはや。
[PR]

by maru33340 | 2012-02-26 17:21 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2012年 02月 24日

驚くべきジョルジュ・プレートルのブルックナー交響曲八番

こんなに生命力に溢れたブルックナーを、少なくとも僕は聴いた事がなかった。

チェリビダッケ、ヴァント、ジュリーニ…どれもそれぞれ魅力的で素晴らしい演奏だけれど、プレートルはそのどれとも違う、全く異色の我が道を行く演奏である。

金管は咆哮し、打楽器は炸裂する。
弦楽器は慟哭し、管楽器は切ないため息をもらす。
そう、まるでバーンスタインのマーラーのライヴのように、オーケストラ自体が一つの巨大な生き物のように眼前に迫ってくる。

テンポは揺れるけれども、その一つひとつに意味があるので、煩わしさはなく、身体ごとさらわれるような快感がある。

三楽章の哀惜に泣き、終楽章の迫力に圧倒され、随所に天からの光のようなものが差し込み、ため息をつく。
CD を聴いて、こんなに圧倒される経験は滅多にないことだ。

稀有な名演と聴きました。
[PR]

by maru33340 | 2012-02-24 08:21 | お勧めの本 | Trackback(2) | Comments(2)
2012年 02月 19日

小津安二郎『小早川家の秋』の寂寥

先日、小津安二郎の『浮草』を見ながら、確かに昔見た記憶があるのに、どうも話が違うようだと思っていた。

中村鴈治郎が、昔の女性の元へいそいそと通う、小津晩年のカラー作品で、松竹以外で撮影した作品、という事で、すっかりその作品を『浮草』だと思い込んでいた。

それにしては、京マチ子と鴈治郎が雨の路地を挟んで罵りあう強烈なシーンや、若尾文子の匂い立つような艶を覚えていないのは、いくら30年前とはいえ、ちょっとあり得ないと思って調べてみたら、やはり間違ってました。


僕の見たのは『小早川家の秋』でした。

確かに小津晩年のカラー作品で、鴈治郎は昔の女性の元へいそいそ通っている点は間違っていなかったけれど、『小早川家』には、原節子や、東宝らしく、森繁久弥、新珠三千代、宝田明が出演している。(しかし、新珠三千代はいかにも小津好みで美しいけれど、森繁、宝田明は浮いている)

前半はコメディ色が強く、ラストは小津らしい無常感と寂寥が漂う。

しかし『浮草』の異色ぶりを見てしまうと、少しいかにも小津調をなぞっているような感は否めず、ラストシーンもどうも取って付けたような感じがする。
東宝のカメラの、青みがかったカラーと小津の作風が何処かしっくりこないような気もするし、黛敏郎の重厚な音楽も、どうも小津の作風とは違和感がある。

しかし「小津らしさ」とは何かを考える上では、なかなか興味深い所がある作品でした。
[PR]

by maru33340 | 2012-02-19 21:46 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2012年 02月 17日

朦朧たる意識の中で、踊るバッハを思い出す

今週はなかなかハードな1週間で、疲労困憊。

そんな中、昨夜は以前から予約していた、ピアニストのフランチェスコ・トリスターノと舞踏家の勅使川原三郎、佐藤利穂子とのコラボを見に行った。

バッハ、ジョン・ケージ、トリスターノ自身の音楽に合わせて二人の現代舞踏家が、照明を落とした舞台で踊る様子は何処か古代の儀式のように神秘的で美しかった。

少し意識も朦朧としていたから余計に、この世の出来事とは思えない稀有な経験をした。

しかし、やはり今朝起きると扁桃腺が腫れてしまいダウン。

今もまだ朦朧たる意識の中で、昨夜のダンスが頭の中に蘇ってくる。
[PR]

by maru33340 | 2012-02-17 14:22 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2012年 02月 11日

遠州灘に落ちる夕陽のようなブルックナー交響曲七番

浜松に赴任していた頃、オフィスは駅前のビルの20階にあり、眼前には遠州灘が拡がり、朝晩その雄大な景色を眺めながら、窓際においたラジカセでブルックナー交響曲七番を聴いていた。

何処までも拡がる水平線とブルックナーの悠々たる音楽がとてもふさわしく、今でもこの曲を聴いていると、あの壮麗な夕陽を思い出す。

チェリビダッケの七番は、ゆるやかなテンポで、まるで夕陽がこのまま沈む事をためらうような風情を感じる。
[PR]

by maru33340 | 2012-02-11 21:52 | お勧めの本 | Trackback(4) | Comments(3)
2012年 02月 11日

小津安二郎の『浮草』

友人が送ってくれたDVDで、小津安二郎の映画『浮草』を観る。

随分以前にこの映画を観たけれど、異色の映画という記憶はあったけれど、改めて観て、こんなに凄い映画だったのか、と感服した。

いわゆる「小津」調を裏切るような、大映映画らしい華やかさ、宮川一夫のカメラの鋭さが、異化作用とでもいうべき緊張した美をこの映画に与えている。

豪雨の中、中村鴈治郎と京マチ子の道をはさんでの激しい罵倒のやりとりのシーンは、本当に凄い。

そして特筆すべきは、女優の艶めかしさ。

京マチ子のあだっぽい視線の強さ、若尾文子のこぼれるような色香に降参してしまう。

何度も映される、杉村春子の家の庭の花の赤さも妖しいまでに美しく、小津がカラー映画をとても楽しみながら撮影しているのが伝わってくるようだ。

ラストシーンもしみじみと胸に迫る、今観ても全く古さを感じさせない名作でした。
[PR]

by maru33340 | 2012-02-11 16:11 | 映画 | Trackback | Comments(2)