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2012年 12月 30日

2012年の本・映画・音楽のマイベストから

毎年恒例の今年のマイベストの発表の時期がやってきました。

今年は5回目。

個人的には、今年は10月に人事部から企業文化部に異動になり、掛川で2度目の単身生活に入ったことが大きな変化でした。

では、そんな今年の本・映画・音楽からそれぞれのマイベスト3を。

それでは、まず本から。

(尚、紹介記事はブログ初回掲載時のものを基本にしています。)

【本】

◎『楽園のカンウ゛ァス』(原田マハ著、新潮社刊)

子供の頃、その物語があまりに面白く、早く先を読みたいものの、残りページが少なくなると、読み終えるのが惜しく、一つの章が終わると本を閉じて、それまでの物語を思い出しながら、またゆっくりと本を開く事があった。

大人になり、そんな経験はほとんど無くなっていたけれど、久しぶりに、読み終えるのが惜しくなるほど面白い物語に出会った。

『楽園のカンウ゛ァス』(原田マハ著、新潮社刊)がそれである。

フランスの画家アンリ・ルソーと現代の美術史論壇に取材したアートミステリー。

ルソーの最晩年の傑作「夢」とそっくりの作品「夢を見た」という作品の真贋を巡る物語を縦軸に、小説内にルソーの画家人生をたどる7つのテキストが横軸として織り込まれている。

この縦軸と横軸のバランスが絶妙で、絵画自体の謎と言葉の謎が交錯し、読み始めると止まらなくなる。

フィクションと史実の二重三重の仕掛けに、何度もため息をついた。

◎『マルセル』(高樹のぶ子著、毎日新聞社刊)

1968年、三億円事件が起きた年、展覧会のため日本に来ていたロートレックの名作「マルセル」が、何者かによって盗難された。
作品は後に新聞社に届けられたが、現在にいたるまで、事件は未解決である…

この実在の事件を素材にして、作者は壮大な物語を構想した。

京都、東京の団子坂、パリを舞台に、43年前と現在が呼応しながら、謎は螺旋状に解き明かされて行く。
恋愛、ミステリー、絵画取引の闇の部分など、複数の要素が渾然一体となり、その展開から眼を離す事は出来ない。

この作品は、毎日新聞に、昨年の1月1日から12月31日に掲載された。

連載当初は想定されていなかった3月11日の大震災が物語に影響を与えて行く過程も、この物語に非常に深みを与えている。

久しぶりに、物語の構えが大きい、読み応え十分な大河ドラマを堪能しました。

◎『火山のふもとで』(松家仁之著、新潮社刊)

偶然書店で見つけて読み始めたこの『火山のふもとで』という小説を驚きと深い満足感をもって読了した。

著者は、かつて新潮社の雑誌『考える人』の編集者であり、50歳を超えて、この作品でデビューした。

驚くべき完成度であり、10年に一度の傑作である。

物語は・・・

1982年、フランク・ロイド・ライトの弟子であった老建築家村井にあこがれて、東京・青山の設計事務所に入ったぼくは、「国立現代図書館」の設計コンペを控えて、浅間山にある村井の「夏の家」で共同生活を始める。
建築設計コンペに向けた闘いに、ひそやかな恋を絡めて、物語は静かに深く展開されていく・・・


読書することの喜びをこれほど感じさせて入れる作品には、ここ数年出会ったことがなかった。

なによりその透徹した完成度の高い文体に陶然たる思いになる

続いて映画に。

【映画】

◎小津安二郎の『浮草』(これはDVDですが、あまりに凄い映画だったので)

友人が送ってくれたDVDで、小津安二郎の映画『浮草』を観る。

随分以前にこの映画を観たけれど、異色の映画という記憶はあったけれど、改めて観て、こんなに凄い映画だったのか、と感服した。

いわゆる「小津」調を裏切るような、大映映画らしい華やかさ、宮川一夫のカメラの鋭さが、異化作用とでもいうべき緊張した美をこの映画に与えている。

豪雨の中、中村鴈治郎と京マチ子の道をはさんでの激しい罵倒のやりとりのシーンは、本当に凄い。

そして特筆すべきは、女優の艶めかしさ。

京マチ子のあだっぽい視線の強さ、若尾文子のこぼれるような色香に降参してしまう。

何度も映される、杉村春子の家の庭の花の赤さも妖しいまでに美しく、小津がカラー映画をとても楽しみながら撮影しているのが伝わってくるようだ。

ラストシーンもしみじみと胸に迫る、今観ても全く古さを感じさせない名作でした。

◎『アーティスト』

研修の中休みの土曜日、今年のアカデミー作品賞を授賞した映画『アーティスト』を観た。

これは期待に違わない素晴らしい映画だった。

モノクロ・サイレントという手法が大きな効果を上げていて、懐かしさと安らぎを感じさせる。

古き良きハリウッド黄金時代の音楽、美しいカメラワークも良い。

何より全編に流れる過去の映画へのオマージュに、観ていて胸が熱くなる。

ラストシーンのタップダンスは、あの名作ミュージカル『雨に唄えば』を彷彿とさせてくれ、幸福感に満たされる。

映画好き必見の名作を堪能しました。

◎『ル・アーブルの靴みがき』

カウリスマキ監督の作品は気になりながら、今まて観ていなかった。

この映画は、北フランスの港町ルアーブルの裏通りを舞台に、庶民の生活を描いた作品。

何より面白かったのは、カメラワーク、台詞回し、登場人物が、まるで初期の小津の喜劇にそっくりな事。

観終わって、心に暖かいものが残り、雨の一日のうっとうしさをも忘れさせてくれる、まさに至福の人間賛歌でした。

これからカウリスマキ監督の作品を、過去にさかのぼって観なくては。

最後に音楽を。

【音楽】

◎イザベル・ファウストの弾くベルク/ベートーベンのヴァイオリン協奏曲

ドイツの女性ヴァイオリニストであるイザベル・ファウストは以前から気になる演奏家だったけれど、いつか聴くべき時が来るだろうと思っていた。

そして今日、銀座の山野楽器で、彼女の弾くベルク/ベートーベンのヴァイオリン協奏曲のアルバムを見つけ、まさに聴くべき時が来たと思い、迷わず購入した。

ベルクのヴァイオリン協奏曲は学生時代から大好きな曲。

初めて聴くイザベル・ファウストの音色は、透明で厳しく美しいもので、まさにベルクの音楽の彼岸的な美を余す所なく表現した素晴らしい演奏だった。

アバド/オーケストラ・モーツァルトによる伴奏も素晴らしく、まさに独奏者とオーケストラによる親密な対話のよう。

ベートーベンのヴァイオリン協奏曲もまた、誇り高い貴婦人のように、気品に満ちた美しい演奏。

こんなに美しいベートーベンは、少なくとも今まで聴いた事はなかった。

(注)このアルバムは、2012年のレコード・アカデミー大賞を受賞しました。


◎シモーヌ・ディナースタインのゴルトベルク変奏曲

先日、神保町で入手したシモーヌ・ディナースタインのゴルトベルク変奏曲を聴いた。

大変素晴らしい。

極めてゆっくりしたテンポで一音一音を、美しい音で丁寧に演奏していく。
(演奏時間は、78分20秒。マーラーの交響曲のような長さだ)

それは演奏というより、まるで美しい語り部が読み聞かせる長編小説を聞いているようだ。

フレーズは陰影に富み、最後のアリアを聴いていると、この物語の終わりが来るのが惜しくなってくる。

(注)年末に、ロシアのイリーナ・メジューエワのゴルトベルク変奏曲も聴き、こちらもまた深く沈積するように思索的な大変な名演でした。

◎ピエール=ロマン・エマールの2001年カーネギー・ホールでのライブ演奏

知人から、「これは凄い演奏です。」と、ピエール=ロマン・エマールの2001年カーネギー・ホールでのライブ演奏を収めたCDを貸してもらった。

これは掛け値なしに凄いとしか言いようのない素晴らしいアルバム。

第一にプログラムが良い。

第1部
■ベルク ピアノ・ソナタ
■ベートーヴェン ピアノ・ソナタ23番≪熱情≫
第2部
■リスト 2つの伝説第2番波の上を歩くパウラの聖フランソワ
■ドビュッシー 映像第1集から「水の反映」
■ドビュッシー 映像第2集から「金色の魚」
■リゲティー 練習曲集からの3曲
アンコールとして、
■メシアン 幼子イエスに注ぐ20のまなざし
■ドビュッシー 12の練習曲から第6曲

2つのソナタは、その色合いが異なるけれど、ベルクでの怜悧な響きとベートーヴェンの構築的で激しい情熱を見事に弾きわける手腕は只事ではない。
ベルクの中に、スクリャービンやドビュッシー、そしてワーグナーら遠い木霊を聴くことは、まるで近・現代音楽史の歩みを音で聴くような喜びがある。
そして、圧倒的な音の塊としての激しく情熱的なベートーヴェン!
カーネギー・ホールの聴衆も熱狂的な拍手でこの演奏を称える。

リストは僕には得意な作曲家ではないけれど、ベートーヴェンとドビュッシーをつなぐ役割として美しい。

そしてドビュッシーとリゲティーは、いずれも「水」をテーマとして選ばれている。
水面にたゆたうようなその響きを聴いていると、モネの晩年の睡蓮の絵を見ているような陶然とした気持ちに誘われる。

アンコールのメシアンは、エマールがずっと大切にしている作曲家。
今まであまりメシアンを意識的には聴いてこなかったけれど、これを契機に少しメシアンを聴いてみたいと感じている。
最後のドビュシーの技巧的でユーモラスな表現では、聴衆も思わず笑い声をあげている。

本当になんと贅沢な演奏会!

★★★

では、今年はこの辺で。

皆様良いお年をお迎えください。
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by maru33340 | 2012-12-30 15:46 | お勧めの本 | Trackback | Comments(8)
2012年 12月 28日

イリーナ・メジューエワによる「ゴルトベルク変奏曲」

ロシア出身で、現在日本に在住している、イリーナ・メジューエワの近年の充実ぶりは目覚ましいものがある。

ぼくは、彼女の演奏によるショパンのエチュードやノクターンを愛聴しているけれど、その端正にして美しい演奏のたたずまいはまるで貴婦人の立ち居振る舞いのよう。

そんなメジューエワによるバッハのCDが発売されたので、直ぐに入手した。

これは本当に素晴らしいバッハで、モダンピアノによるバッハ演奏の一つの羅針盤になるような気がする。

このCDには、フランス組曲5番、半音階的幻想曲とフーガ、そしてゴルトベルク変奏曲がおさめられているけれど、いずれも、幾分遅めのテンポで一音一音を慈しむように美しい音で奏でられている。

特にゴルトベルクの充実ぶりはめざましく、最初と最後のアリアの天国的な美しさは、筆舌につくしがたい。

3曲ごとのカノンには、深い思索とテクニックの見事な融合を聴くことができる。

新時代のバッハの王道がここにある。
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by maru33340 | 2012-12-28 08:08 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(1)
2012年 12月 23日

厳寒の十和田湖に立つ「乙女の像」

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先程青森から自宅に帰宅。

なんと暖かいことか。

今朝訪れた十和田湖は、まさに零下何度の世界。

休み屋から「乙女の像」までの5分の時間が凍えそうに寒く、途中で引き返そうかと思ったほど。

けれども、決死の思いで撮影したその姿は、厳しく気高く、とても美しいものでした。
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by maru33340 | 2012-12-23 22:35 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2012年 12月 22日

弘前城から岩木山を望む

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東北旅行二日目。

雪の弘前城を散策し、本丸から岩木山を望む。

朝は八甲田山かと思っていたけど、少し調べてみたら岩木山の間違いだったと気づいた(笑)

まるでセザンヌのセント・ヴィクトワール山のような風景に息を飲みました。
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by maru33340 | 2012-12-22 20:18 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2012年 12月 21日

冬の津軽

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勤続三十年の連続休暇をもらい、東北への旅の空の下にいます。

夕暮れの冬の津軽海峡は、まさに石川さゆりのあの名曲の風情が今もまだ色濃く残り、水上勉の「飢餓海峡」の世界が甦るよう。
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by maru33340 | 2012-12-21 21:21 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)
2012年 12月 16日

室内楽のようなマタイ

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最近、僕の中で「マタイ受難曲」が再びマイブームになっている。

手元にあるリヒター、メンゲルベルクによる演奏を聴き、やはりなんと奥深く深遠な曲か、と改めて魂の深い部分を揺さぶられるような感銘を受けている。

しかし、どちらも生涯にそう何度も聴き返せるような演奏ではないので、歌詞を追いながら繰り返し聴ける演奏はないかと探していて、クイケン指揮による古楽器による演奏を手に入れた。

これは楽器編成、合唱編成も少人数であり、最初は少し戸惑ったけれど、次第にその透明感のある室内楽のような響に魅せられてしまい、今では一番の愛聴盤になった。

まるで、一人で遠い旅をしている途中に、偶然見つけた人里離れた教会を訪ね、ふいにその演奏の場に出会ったような、静かで深い祈りの姿に魅せられてしまいました。
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by maru33340 | 2012-12-16 05:56 | お勧めの本 | Trackback | Comments(5)
2012年 12月 12日

昭和は遠くなりにけり

ひそかに話芸の師と思っていた小沢昭一さんが逝去された。

数年前、新宿末廣の定席に10日間上った時には、研修最終日に大きな荷物を持ってかけつけ、一時間程並んで(小沢昭一効果で連日の満席だったのだ)二階席で随談を聞いた。

あのハモニカも。

その頃はまだ、話がぐるぐる迂回するようなこともなく、しっかり時間で下がったと思う。

最初は淡々と小さな声で、次第に熱を帯びてくると、あの「小沢昭一的こころ」のテンションになる。

最後に哀愁を帯びたハモニカによる昭和歌謡メドレー。

あのハモニカは、僕が子供の頃に、普段はとても厳しかった父が、まれに機嫌が良いと吹いてくれた音色に似ていて、少し胸が熱くなった...

また昭和の大きな星がひとつ墜ちた。

ご冥福をお祈りします。
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by maru33340 | 2012-12-12 05:27 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2012年 12月 10日

川上弘美さんの『火山のふもとで』の書評を読む

この本の書評を書こうと思い、あれこれと考えているうちに一週間が経過してしまった。

あまりに完成された文章で描かれているこの本については、うかつな言葉で語れないと思い、パソコンに向かうことが出来なかった。

作中で、病床の先生に聴かせるために麻里子が弾く曲がシューベルトの21番のピアノ・ソナタであることも謎だった。

この深い死の気配に満ちたソナタを何故麻里子は選んだのか・・・

結局書評は書けないまま、仕方なく読むまいと思っていた他の人の書評を読んだ。

どの文章も、この小説の外側を廻るばかりで、その奥底の深い静かな芯に触れていないように感じた。

そんな時に読んだ川上弘美さんの書評だけが、この静かな小説の内側にまで降りて行っている唯一の書評であると感じた。

今はその「優美」というタイトルの書評を、いつか僕自身が書くことが出来る日が来ることを願い、引用することにしたい。

★★★

「優美」 川上弘美

「『夏の家』では、先生がいちばんの早起きだった」という文章で始まるこの美しい小説『火山のふもとで』を、読めば読むほど、わたしは好きになる。

 語り手である「ぼく」、坂西徹は、大学の建築科を卒業したばかりの若者として、小説の中にあらわれる。時代は一九八二年、日本はそれまで続いた高度経済成長にときおり停滞をみながらも、全体としてはまだまだのびしろのある景気状況にあり、やがてきたるバブルを静かに待ち受けている、そんな時期である。

 ゼネコンの設計部に就職することにも、当時人気だったポストモダン系の設計事務所に所属することにも違和感を感じずにはいられなかった語り手「ぼく」は、ただ一人尊敬する建築家である村井俊輔、すなわち「先生」の事務所が新卒を採用しないことを知りつつも、求職の手紙を書き、投函する。採用の予定はないといわれながら、一週間後に「ぼく」は「先生」の事務所に招かれる。面接の結果、「ぼく」は事務所に就職することとなり、それからの一年と少し、そしてさらには三十年後の現在の物語が、小説の中で語られる。

 本書の魅力は第一に、明晰でよどみない言葉の使いかたにあるだろう。さまざまな建築や場所――物語の中だけにある架空のものも、現実のわたしたちの世界に存在するものも――について、作者は懇切に描写する。素晴らしいのは、その時の描写の言葉が、決して説明のための言葉にとどまることがないということだ。それら説明の言葉は、言葉自体が小説を豊かにする過程と結果そのものとなっている。

 たとえば、「先生」が設計した教会を描写するこんな文章――「天井近くに横一列に並ぶガラス窓は自動で開閉できるようになっていたが、ギアボックスが牧師室の裏に設置されているので、礼拝堂には開閉のモーター音が響かない。窓が開いているときは、街のざわめきが心地よく響く。外の木々が風に揺れる音、鳥の声、自動車が通りすぎる音。しかしいったん閉ざされると、こんどは自分の脈拍まで聞こえてきそうな静けさが満ちる」。

「描写する」という仕事において無駄と欠けがいっさいないうえに、文章自体から感じられる新鮮な息吹は、どうだろう。これはちょうど、「先生」の仕事について「ぼく」が感じている作中の文章――「ディテールにはすべて理由があって、あらゆることが可能なかぎり合理的に動かされていた」「わかりやすい自己顕示欲とも無縁のまま、質実で、時代に左右されない美しさを持つ」などで表現されていることと、同じことを作者がおこなおうと指向しているからではないだろうか。使われている言葉一つ一つは、わたしたちの目になじんだものなのに、それらが作者の手によって組み合わされると、まるでなめらかな愛撫を受けているような読みごこちをさそうのである。

 魅力的なのは、むろん言葉だけではない。物語の中で流れてゆく時間がまた、なんと豊かであることか。「雄大な歴史小説」といった内容でもなく、「一族のクロニクル的な物語」といった内容でもなく、たった一人の若い語り手が、彼の来し方をたんたんと語っているだけの話なのに、驚くほどたくさんの視点や景色が、この小説の時間の流れの中には示されている。脳細胞の中で実際に使われているのはごく一部のものであり、人間はその全部を活用できているわけではない、という内容のことを以前聞いたことがあるけれど、本書の語り手の脳細胞にかぎっていえば、わたしの脳細胞の二倍くらい活用されているのではないかなあと思ってしまう。

 人生って、こんなに色と香りと驚きと快感に満ちていたんだ!

 どちらかといえば禁欲的な内容の物語なのに、わたしは確かに、心からそう感じたのである。

 原稿用紙約六百五十枚というこの力作は、その言葉のはこびの優美さゆえに読み進むことは容易だけれど、その内容や示唆するところを語りきることは、とても難しい。なぜなら、一つの何かを取り出してかんたんに示すことのできる安逸さを、この小説が拒否しているからだ。それはおそらく、小説というものに対する作者の姿勢そのものが、見事なまでに昇華された結果であるにちがいない。新しくありながら円熟している。そんな作者の誕生を、心から喜びたい。
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by maru33340 | 2012-12-10 22:16 | お勧めの本 | Trackback | Comments(9)
2012年 12月 09日

今年一番の冷え込み

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今朝は今年一番の冷え込み。

昨日は雪の降らないはずの静岡にも雪が降るかも、と戦々恐々としていたけれど、幸い雪は降っていない。

こちらの地元では「袋井クラウンメロンマラソン大会」開催中。

寒空の中、たくさんの市民ランナー達が走ってます。

偉いなあ。
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by maru33340 | 2012-12-09 10:04 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)