新・クラシック音楽と本さえあれば

maru33340.exblog.jp
ブログトップ

<   2013年 05月 ( 9 )   > この月の画像一覧


2013年 05月 29日

吉田健一と「ランチョン」

神保町のビアホオル「ランチョン」の前は学生時代から何度通りすぎたか知れない。

しかし、何故かその店には入ったことはない。

吉田健一はその「ランチョン」を応接間がわりに使っていた。

「ランチョン」へは編集者や友人が集まってきて、ビイルを飲みながら、打ち合わせをしたり、原稿の受け渡しをした。
原稿料は現金で受けとり、その金で肴やビイルを四五杯飲んだ。

ビイルを飲んだあと、絹のハンカチをヒラヒラふって、甲高い声で「ゴシュジーン」と叫び「リプトーン」と注文した。
カウンターの奥にいる主人が、沸騰したリプトンティーとサントリーオールドのボトルを盆に乗せて持ってくると、紅茶にウィスキーダブルを入れた。

ほろ酔いになってから、外へ出て「オオイ、タッキシー」と声をあげタクシーを止め、大学に向かった。
中央大学での講義は「近代英文学」であった。

吉田健一、まさに最後の文士というにふさわしいエピソードである。

(以上のエピソードは『文士の料理店』(嵐山光三郎著より)
[PR]

by maru33340 | 2013-05-29 21:37 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)
2013年 05月 28日

グレン・グールドによるベートーヴェンのバガテル

ベートーヴェンの音楽に喜悦の要素が多いと気がついたのは、彼のピアノ・ソナタ全曲をグルダの演奏で聴いたときだから、つい最近の事。

その前は、弦楽四重奏曲全曲を聴いていたけど、そこには峻厳にして真摯なベートーヴェンが居て、少し居ずまいを正すようにして聴いていた。

ところがピアノ・ソナタでのベートーヴェンはどこかリラックスしていて、ユーモアの気配さえある。

グレン・グールドによるバガテル集は、更にリラックスの度合いが高い。

そもそもバガテルと言う言葉が「ささいなこと」という意味で、1曲は数分、まとまった構成も見あたらない。

しかし、この曲集には上下脱いでくつろいだベートーヴェンの姿があって、とても親しみがわくのだ。

ここでのグールドは、いつも以上に、まるで子どものように演奏することを楽しんでいるようで、聴いていてこちらまで楽しくなってしまう。
[PR]

by maru33340 | 2013-05-28 19:19 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)
2013年 05月 21日

描くことは救いか、はたまた更なる修羅への入口か

友人から、是非見に行くようにと言われ気になっていた、練馬区立美術館で開催中の牧野邦夫展にようやく行けた。

この美術館は、学生時代に住んでいた大泉学園のある西武池袋線の中村橋にあるけれど、途中下車したことはなく、初めて訪問した。

牧野邦夫は未知の画家である。

レンブラント、ルーベンス、ルドンなどに影響を受けた、写実的でありながら幻想的な絵画。

その濃密な絵画は、自意識の罠に絡め取られるように何層にも絵具が塗り重ねられる。

何枚もの自画像、歪んだ画面、植物には悪夢のような蒼ざめた顔がある。

見ていて心地良い絵画ではないけれども、眼を離す事が出来ない。

世にほとんど知られることなく、孤高のまま逝った牧野邦夫にとって、果たして描くことは救いだったのか、はたまた更なる修羅への入口だったのか...

追記

5月22日付け「日本経済新聞」文化欄に「牧野邦夫展」の展覧会評が掲載された。
「聖と俗、現実と幻想が入り乱れて、濃厚な世界を作り出している」「「写実」とな何かを深く考えさせられる牧野は、今後、さらなる研究と評価が待たれる画家の一人に違いない」との記載あり。
[PR]

by maru33340 | 2013-05-21 17:03 | 美術 | Trackback | Comments(8)
2013年 05月 19日

ケンプによる主題と変奏

ベートーヴェンのビアノ・ソナタ12番(作品26)は彼の数あるビアノ・ソナタの傑作群の中にあっては、あまり目立つ存在ではない。

しかし、その1楽章の変奏曲の楽しさ美しさは比類のないもの。

形式的にも、ソナタの1楽章を変奏曲で始めるのは当時としては異例の冒険だったはずだ。

この所、ケンプ、グールド、グルダによる演奏でこの曲を聴き比べているけれど、1楽章の安らかな味わいでは、やはりケンプの演奏が僕にはしっくりくる。

グールドの知性と歌のバランス、グルダの溌剌たる演奏にもひかれるけれど、ケンプのかんでふくめるような演奏には、繰返し聴いてもその都度新たな発見がある。
[PR]

by maru33340 | 2013-05-19 08:22 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)
2013年 05月 18日

白洲正子の生の楽しみ方

昨日静岡の本屋で白洲正子の随筆『縁あって』を購入。

いずれも平易に書かれた文章の中に、白洲正子の考え方や生き方を凝縮した文章で、白洲正子への入門・再入門の書として最適と感じた。

その中の次のような文章が今の僕には沁みた。

 戦争で日本が何もかも失った時代に、私はじっとしていられなくて、無性に「人間」に会いたくて、無性に「美しいもの」に触れたくて、駆けずり回りました。
 そして、多くの美に触れ、多くの師や友を得ました。雪国越後の瞽女さんであったり、大島で土と藍とに生きる染織作家や、夢の中に絵筆で描けない美しい色を見続けた晩年の梅原龍三郎さんなどに出会いました。
 その人たちが私に教えてくれたのは、今思い返すと、命の限り今日を生き、今を楽しむということでした。「今」というときは再び帰ってこない。そう考えると、大切にしなければいけないし、そのときどきの出会いをいとおしみながら、一回だけの人生を幸せに生きなければいけない。それが人間としてのつとめであり、責任である。こんなことはわかりきったことでしょうが、私なんか年をとるまで、本当に理解できなかった。


「命の限り今日を生き、生を楽しむ」ことを「つとめと責任」ととらえる白洲正子の透徹したまなざしには、安易な楽天性はなく、どこか古武士が死を覚悟しながら日々を精一杯生きる姿を感じるのだ。
[PR]

by maru33340 | 2013-05-18 07:16 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2013年 05月 13日

被写体としてのグールド

f0061531_20265242.jpg

若いときのグールドは本当にスタイリッシュで格好いい。
(しかし、その分早すぎる晩年の姿の寂寥感が痛々しいけれど...)

写真は「THIS IS GLENN GOULD 」という2枚組のアルバムに収められたもの。

このアルバムには彼の珍しい写真が満載なので、僕は時々彼の音楽を聴きながら写真集を見るように眺めている。

アルファベット順に彼の生涯を綴る編集もおしゃれで楽しい。

グールドは日々新しくなるようだ。
[PR]

by maru33340 | 2013-05-13 20:26 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(5)
2013年 05月 08日

モダン万葉集

万葉集はおおらかで素朴、古今・新古今は技巧的。

なんとなくそんな先入観があった。

しかし、大岡信の本を読みながら、さすがに万葉集を代表する柿本人麿呂はそんなに単純な歌人ではなかったと思い知った。

例えばこんな歌。

天の海に 雲の波立ち 月の船
星の林に 漕ぎ隠る見ゆ

天空の広さ、豊かさを描き、幻想的で美しい光景が、まるで現代の版画作品を見るように目に浮かぶよう。

心をまっさらにして、先入観を捨て、もう一度万葉集を読み返したくなった。
[PR]

by maru33340 | 2013-05-08 21:04 | Trackback | Comments(6)
2013年 05月 08日

まさに読む美術館、原田マハの『ジヴェルニーの食卓』

モネの睡蓮の絵画を装丁に使ったこの美しい小説集は、まさに読む美術館と呼ばれるにふさわしい。

マティス、ドカ、セザンヌ、モネ...よく知られた印象派の画家たちの創作の苦しみと喜び。

その画家たちの姿を身近で見てきた女性たちの、聞き書き、手紙、回想などで描く四つの中篇小説は、描くことの光と翳り、生きることの哀しみと喜びに彩られて輝く。

作者は、深い美術史の知識を基に、それを深く内面化して技巧の後を消し去り、あたかも自身が画家たちのアトリエにいたかのように愛情と哀惜をもってその創作の姿を描き出す。

傑作『楽園のカンヴァス』の作者による新たな美術小説の傑作の誕生を慶びたい。
[PR]

by maru33340 | 2013-05-08 08:43 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)
2013年 05月 05日

深夜の浪曲子守唄

出張先の徳島のホテルで、喉が渇き夜中に目が覚めた。

そのまま目が冴えてしまいインターネットラジオで「ラジオ深夜便」を聞いていたら、ちょうど「日本の歌、こころの歌」の時間。
テーマは子守唄で、かかっていたのが一節太郎の「浪曲子守唄」。

あの独特のダミ声で、
「に~げた女~房にゃ、未練はないが~」
と歌い出す、何とも日本的なメンタリティに満ちた曲調で、まさに昭和の浪花節の極み。

その曲の底に流れるやりきれないほどの哀しみと自己憐憫と貧窮は、昭和の終わりと共に捨ててきたはずではなかったのか。

そんな世界を嫌悪しつつ、しかし、どこか懐かしさを感じてしまうのは何故だろうか。
[PR]

by maru33340 | 2013-05-05 04:07 | お勧めの本 | Trackback | Comments(6)