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2013年 06月 30日

疾走する哀しみ

夜中に目が覚めて、少しのどが渇いたので、台所に水を飲みに起きた。

コップに水を注ぎながら不意にモオツァルトの弦楽五重奏曲ト短調の冒頭のメロディーが頭に浮かび、そのままアマデウス弦楽四重奏団らによるCDを探し出して聴いた。

これは、その緊迫感に満ちた冒頭からして、いきなり激流の中に連れ去れるような音楽であり、深く沈積したアダージョを経て、終楽章冒頭のまるで冥界を歩むような暗がりからふいに天井から光が差し込むような転調に至るまで、全く完璧な作品である。

興奮のまま今度は小林秀雄が『モオツァルト』の中でこの曲について書いている有名な言葉を読み返したくなり、新潮文庫を探し出した。

こんな文章。

「ゲオンがこれ(弦楽五重奏曲ト短調冒頭部分)を tristesse allante と呼んでいるのを、読んだ時、僕は自分の感じを一と言で言われた様に思い驚いた。確かに、モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。涙の裡に玩弄するには美しすぎる。空の青さや海の匂いのように、「万葉」の歌人が、その使用法をよく知っていた「かなし」という言葉の様にかなしい。こんなアレグロを書いた音楽家は、モオツァルトの後にも先にもない。まるで歌声の様に、低音部のない彼の短い生涯を駆け抜ける。彼はあせってもいないし急いでもいない。彼の足取りは正確で健康である。彼は手ぶらで、裸で、余計な重荷を引き摺っていないだけだ。彼は悲しんではいない。ただ孤独なだけだ。孤独は、至極当たり前な、ありのままの命であり、でっちあげた孤独に伴う嘲笑や皮肉の影さえない。」


若い頃から何度も読んだ文章だけれど、やはり今読んでもそのパセティックな調子に心惹かれてしまうのだ。
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by maru33340 | 2013-06-30 06:22 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)
2013年 06月 27日

之を楽しむ者に如かず

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吉田秀和さんの最後の『レコード芸術』での連載タイトルは「之を楽しむ者に如かず」だった。

この言葉はもちろん論語の中の、
「之を知る者は、之を好む者に如ず。之を好む者は之を楽しむ者に如ず。」
という言葉からとられている。

今朝、友人が送ってくれた『私の吉田健一さん』という本を読んでいたら、この言葉が引用されていて、吉田健一という人を一言で表現するに相応しい言葉だなと思った。

健一さんは随所で、日本文学がみじめなものや不幸を書くことを文学だとする風潮をヨーロッパの文学と比べながら(もちろんどちらが良い悪いなどと簡単な結論をつけるような野暮なことはしないけれど)彼自身は生きる喜びを体現するような生き方をした。

健一さんにとって文学や芸術は、生きる喜びそのものだったので、その姿勢が、とかく深刻好みの日本の文学界では異端視されて、(丸谷才一もそうだけれど)正当な評価がされてこなかったきらいもある。

それでも読者はその魅力を知っていたのは、いまだに新しい読者を増やしていることからもわかるのだ。
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by maru33340 | 2013-06-27 21:21 | お勧めの本 | Trackback | Comments(6)
2013年 06月 23日

美術品を扱うといふこと

昨日今日と、学芸員資格課程実習のため京都に来ている。
なんと全く同じ日程で天皇陛下も京都をご訪問されていると知りびっくり。
先日東京国立博物館に行った日は、同日午後から皇太子が訪問されたと後から知った。

いやはや。

さて、昨日の学芸員実習では、掛軸や絵巻物の扱い方を学んだ。

両者の扱い方には共通することが多い。
先生いわく、大切な事は大きく3つある。

①流れにさからわない
②シュミレーションしてから行動する
③作品に正体し、優しい気持ちで接する

①の意味は、作品から紐を取るとき、開くとき、飾るときなどには、余計な力を入れないで、流れに逆らわず自然体で接するということ。身体のどこにも無理な力が入っていないような所作が理想である。
②は、作品を扱う前に、ここを触ればこうなるなどと、常に次の動作の事を考えてから行動するということ。
③は、掛軸でも絵巻物でも、常に自分の身体の正面に置いて、優しくゆっくり扱うこと。ぞんざいに触ったり、置いたりてはならない。

確かに先生達の所作には無駄な力が入っておらず、何より動きが美しい。

そして、上の3つのことは、仕事や人生に於いてもまた大切なことであると気づいたのだ。
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by maru33340 | 2013-06-23 08:41 | お勧めの本 | Trackback | Comments(7)
2013年 06月 20日

ベートーヴェン止まり

この数か月、古楽やバッハ、モーツァルトあたりの音楽ばかり聴いていた。

今日久しぶりに通勤の車の中で、ロマン派の室内楽を聴いていたら、なんだか身体がむず痒くなってきて、思わず音を消してしまった。

しばらく古典派以前の音楽ばかり聴いている内に、身体がロマン派の音楽を聴くことを拒絶するようになっていたようだ。

ベートーヴェンまでは全く受け付ける。

いわばベートーヴェン止まり。

しかし、不思議なことにロマン派を超えて、ドビュッシーやラヴェル、現代音楽は大丈夫。

おそらく音楽に感情が入っていると受け付けないよう。

いやはやなんと、身体って不思議なものですな・・・
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by maru33340 | 2013-06-20 21:30 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(5)
2013年 06月 18日

吉田健一訳詩集『葡萄酒の色』のこと

この所、身辺で公私ともにいろいろあった。

それに対する自身の無力さ、弱さに少しばかり絶望して、表現することも虚しくなり、しばらくブログも休むことにした。

しかし、昨日の休日所要で浜松まで行き、本屋で吉田健一訳詩集『葡萄酒の色』が岩波文庫から刊行されていることを知り、すぐに購入し、このことだけはどうしても書き留めたいと思った。

吉田健一の本は講談社文藝文庫から刊行されていて、そのほとんどを持ってはいたけれど、まさかこの最初は限定500部で刊行された訳詩集が文庫になるとは思っていなかった。

岩波書店の快挙であると思う。

おそらくそんなに多くの読者を得るという種類の本ではないだろう。

しかし、この本に収められた芳醇な訳詩の数々は、こうして刊行されることがなければ、この世から消滅する運命にあったであろう。

この本の中の代表的な訳詩であるシェイクスピアのソネット十八番を引用し、刊行を寿ぎたい。

   第十八番

君を夏の一日に喩へようか。
君は更に美しくて、更に優しい。
心ない風は五月の蕾を散らし、
又、夏の期限が余りにも短いのを何とすればいいのか。
太陽の熱気は時には堪へ難くて、
その黄金の面を遮る雲もある。
そしてどんなに美しいものもいつも美しくはなくて、
偶然の出来事や自然の変化に傷けられる。
併し君の夏が過ぎることはなくて、
君の美しさが褪せることもない。
この数行によって君は永遠に生きて、
死はその暗い世界を君がさ迷ってゐると得意げに言ふことは出来ない。
人間が地上にあって盲にならない間、
この数行は読まれて、君に生命を与へる。

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by maru33340 | 2013-06-18 06:16 | お勧めの本 | Trackback | Comments(8)
2013年 06月 14日

しばらくblogお休みします

少々訳在り、しばらくblogはお休みします。
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by maru33340 | 2013-06-14 23:35 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2013年 06月 10日

映画『Quartet 』のこと

友人がドイツ出張の帰りの飛行機で観て、とてもよかったと紹介していた映画『Quartet 』が、静岡シネ・ギャラリーで上映されていると会社の方から教えられ、休館日の今日、早速電車に揺られて観に行ってきた。

生きること、老いること、そして音楽の与えてくれる悦びを描いて、これは出色の、素晴らしい映画だった。

あのダスティン・ホフマンの初監督作品だけれど、最初の数分のカットを観ただけで、テンポや人物の描き方が堂にいっていて、これから素晴らしい物語が始まるに違いないと確信させてくれる。

カメラも良いし、音楽の使い方も見事。

ラストのヴェルデイのQuartet (四重唱)にいたるまでの物語は自然で、登場人物に気持ちが入るから、最後に大きなカタルシスに包まれる。

久しぶりに本物の映画に出会えて、幸福な気持ちで映画館を後にしました。
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by maru33340 | 2013-06-10 16:57 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)
2013年 06月 08日

陸軍軍医総監の息子としての藤田嗣治

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藤田嗣治が父と二人で映っている珍しい写真がある。

昭和8年、父嗣章、80歳。藤田嗣治は47歳。

藤田の父は森鷗外の後任として陸軍軍医総監を勤めた。
この写真でも80歳でありながら、背筋はピンと伸びて、いかにも明治の軍人といった風格が漂っている。

一方、おかっぱ頭にロイド眼鏡、ちょび髭にベレー帽の藤田は日本的風景の中ではあまりに風変わりに見える。

藤田はこの時、3人目の妻リュシー・バドゥ(通称ユキ)と別れ、愛人マドレーヌ・ルクーを連れてアルゼンチン、ボリビア、ペルー、キューバ、メキシコと約3年間の彷徨を経て日本に帰国していた。

その前、昭和4年に17年ぶりに日本に帰国した藤田は母校の東京美術学校の講演「巴里における画家の生活」でこんなことを語っている。

「(画家は)普通の人が考えている事でもなくもう一つ先のことを考えねばならぬ。どうしても初めに突飛なことをすると皆あれは気違いとか、あるいはへんてこりんな奴と世間では馬鹿にしますがそれはただ気違いとう字を借りて一時その人を解釈して皆安心しているのであります。
だから画家は皆より一歩先に進んでいるのでありまして、それを世間はちょっともわかってくれない、まして家の人とか何とかは、そういう考えを持っている息子を持っていると困ることになるのであります。」

ここには意外なまでに率直に自己を語る藤田がおり、終生父のことを気にかけて心を痛めていた藤田の姿が垣間見えるようだ。

そして、その軽やかな諧謔の口調の奥の藤田の深い哀しみもまた透けて見えるようにも思えてしまうのだ。
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by maru33340 | 2013-06-08 06:16 | 美術 | Trackback | Comments(6)
2013年 06月 06日

1910年-20年代の藤田嗣治(講演メモ)

6月1日に静岡市美術館で開催された林洋子氏の講演会を聞きに出かけた。

今回のテーマは展覧会の内容に合わせて1910年代-20年代の藤田嗣治作品について。

以下、僕が興味深いと感じたいくつかのテーマをメモとして記録する。

①踊ること/描くこと

当時の藤田は、川島理一郎と共に「踊ること」(ギリシア・ダンス)に熱中していた。
その振り付けやポーズの影響が初期の藤田作品には顕著である。
(再度展覧会を観て納得する。)

②郊外/異邦人

当時の藤田の作品にはパリの郊外(街はずれ)を描いたものが多くある。
城壁都市であるパリの街はずれを出るとそこは墓地であり、歓楽都市モンパルナスには、「生と死」「聖と俗」が入り混じっている。
その風景を描いた藤田の作品に見られる寂寥感には、藤田の異邦人としての孤独な心象が反映されているよう。
第1次世界大戦による死者もその墓地に多く運ばれ、藤田の絵画にも葬列を遠景に描いた風景画がある。
その戦争が、ヨーロッパに与えた影響の大きさも見られる。

③身体表現から精神的な世界へ

1920年代のダンス・裸婦(豊饒の象徴)といった身体表現から、戦争画の時期を経て、晩年の宗教的な境地(精神的世界)への移行については、やはり、戦争協力の疑惑により国内を追われるようにしてパリに移り住んだ経験が影響しているのではないか。

いずれも興味深いテーマ。
林洋子氏の著書『藤田嗣治 作品を開く』を入手したので、じっくり読んでみたい。
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by maru33340 | 2013-06-06 05:49 | 美術 | Trackback | Comments(1)
2013年 06月 05日

世界は狭くなりにけり

友人が出張でヨーロッパに行っている。

昔なら連絡を取るのには手紙を出すくらいしかなくて、それも船便だったりすれば到着までに数十日がかかり、手紙が届いた時には当の本人はかの地におらず・・・

なんていうのは、まあ漱石や藤田嗣治が留学していた時代のことだけど、今やブログもフェースブックもあるので、ほとんリアルタイムに、まるで国内に居るかのようにその消息やかの地の写真を見たりすることが出来る。

それはそれで良いことで、時代は凄いことになっているなあと思うけれど、もしかすると僕らは、いまだ届かぬ便りを待つことやその消息に思いをはせることの楽しみをいつのまにか失ってしまったのかも知れないとも思う。

時代はもう後戻りは出来ないけれども・・・
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by maru33340 | 2013-06-05 20:09 | 日常 | Trackback | Comments(3)