新・クラシック音楽と本さえあれば

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2013年 11月 29日

風邪とバッハと緊急地震速報と

昨日からひいてしまった風邪が治らず、昨夜から熱と胃痛が続き横になっている。

友人の紹介していたカール・ズスケによるバッハの無伴奏を聴きながら眠ってしまう。

と、突然外から緊急地震速報の不快なサイレン音が鳴り目が覚めた。
結局訓練のサイレンだとわかったけれど、あの不快な音はしばらく耳に残りざらついた気持ちが残る。

あの3.11の時、僕は汐留のビルの20階にいて船酔いするような大きな揺れに襲われだけど、あれから2年半以上経っているのにあの恐怖感がまざまざとよみがえった。

天災を前にして人間は無力だけれど、「特定秘密保護法案」が成立してしまうような政治に対しては「否」ということは出来るはずなのに、現実的には何も出来ない無力感にさらされてしまう。

そんなことを考えていたら益々熱があがりそうだから、ともあれ眠ってしまおう。
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by maru33340 | 2013-11-29 10:39 | 未分類 | Trackback | Comments(5)
2013年 11月 27日

三島由紀夫の「果たし得ていない約束」のこと

昨日「特定秘密保護法案」が衆議院を可決した。

個人は圧迫され、社会でも会社でも、物言う人・考える人は日々生き難くなり、呼吸も困難になるであろう。

このことは、彼を総理に選んだ時点で決定していたことであり、時代は益々右に傾いていくことは明らかである。

一人のブログなど所詮なんの力にもならぬ遠吠えに過ぎぬだろう。

しかし、たとえそれが「王様の耳はロバの耳」と叫ぶ壺に過ぎなくとも、叫ばなければ正気を保つことは出来ない。

三島由紀夫は、昭和45年7月、彼が43年前に自決する数か月前に、その「果たし得ていない約束」というエッセイでこんなことを書いている。

 
私の中の25年間を考えると、その空虚さに今さらびっくりする。私はほとんど「生きた」とはいえない。鼻をつまみながら通りすぎたのだ。
 25年前に私が憎んだものは、多少形を変えはしたが、今もあいかわらずしぶとく生き永らえているどころか、おどろくべき繁殖力で日本中に完全に浸透してしまった。それは戦後民主主義とそこから生じる偽善というおそるべきバルチスである。
 こんな偽善と詐術は、アメリカの占領と共に終わるだろうと考えていた私はずいぶん甘かった、おどろくべきことには、日本人は自ら進んで、それを自分の体質とすることを選んだのである。政治も、経済も、社会も、文化ですら。


三島が40年以上も前に嘆いた日本は、それから経済的な発展を遂げたが、バブルがはじけ、長い低迷期を経て、今また実態を伴わない好況感に踊らされている。

彼はこのエッセイの最後に次のように書いた。

 
私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感をひましに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう。それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。


三島の絶望を、当時の人々は理解しなかった。
そして、彼の予言は恐ろしいほど的中し、からっぽの「特定秘密保護法案」が成立しようとしているのだ。

三島がもし今も生きていたら88歳。

今の日本を見てどんなことを語るだろうか。
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by maru33340 | 2013-11-27 21:23 | お勧めの本 | Trackback | Comments(8)
2013年 11月 25日

夢二のこといくつか

12月に「金沢湯涌夢二館」で「山名文夫と夢二」と題してささやかなギャラリートークをすることになったので、休館日でお休みの今日は終日家に籠り夢二関連の本を読んで過ごした。

夢二の年譜を眺めていると、大正6年(1917年)に彼は東京を離れ、京都の高台寺近くの借家に彦乃という女性と住んでいたことがわかる。

おそらく彦乃は夢二が最も愛した女性だったが、彼女の父親によって翌年東京に連れ去られ、大正9年に結核によって23歳の生涯を閉じた。

先日遊びにきた母は京都生まれの京都育ちだったので、夢二が高台寺近くに住んでいたことを何気なく話したところ、「その夢二が住んでいた借家の大家は私のおばあちゃんだったのよ。」と言う。そしてそのおばあちゃん(僕にとっては曾祖母)はよく「夢二はんは、なかなか家賃をいれてくらへんかったんで難儀しました。」と話していたという。

そんな縁があったこともあり、本を読んでいてもそこに夢二がいるような気がして、彼の作品や生涯のはかなさと哀しみがそくそくと身に沁みるようだった。

夢二がその晩年近くに絵画に添えたこんな文章は、彼の心象風景を物語るようだ。

 風がひそり
 街の巷を
 走るなり風におはれて
 いそぐ心か        夢二生

夢二は昭和9年(1934年)彦乃と同じ病気である結核で49歳で逝去した。

竹久夢二―美と愛への憧憬に生きた漂泊の画人 (RIKUYOSHA ART VIEW)

石川 桂子,谷口 朋子/六耀社

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もっと知りたい 竹久夢二 生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

小川 晶子/東京美術

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菊坂ホテル (シリーズ昭和の名作マンガ)

上村 一夫/朝日新聞出版

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by maru33340 | 2013-11-25 21:39 | 美術 | Trackback | Comments(3)
2013年 11月 22日

エドワード・W・サイードの『晩年のスタイル』を読み始める

大江健三郎の『晩年様式集』を読もうと本屋に行き、偶然このエドワード・W・サイードの『晩年のスタイル』を発見。

タイトルからして、明らかに大江はこの本を読むことから件の小説を書いているわけで、それではまずこの本からと持ち帰り、数日前から読み始めた。

これがまた最初から極めて読みにくい文体で、数ページでやめてしまおうかと思ったけれど、良く考えれば最初のエッセイのテーマが「アドルノによる晩年のベートーヴェン論」だから読みやすいはすはないわけで、気を取り直して赤鉛筆を持ってゆっくりと読み直し始めた。

二度目は、最初からわからないものとあきらめて読み始めて、わかりそうな所だけ赤線を引くと作戦で臨んだところ、なんとか1ページに一つくらいはピンとくる文章があることに気づく。

30ページ程読み進めると、トーマス・マンの小説『ファウスト博士』の中のベートーヴェン論からの引用があり、(この内容についてはアドルノが助言している)ここは何とかわかるような気がした。

こんな文章。

「ベートーヴェンの芸術は、それ自身を超えて発展し、人びとの驚きの凝視のまさに眼前で、伝統という住み心地のよい領域から上昇し、個人的なもの以外まったくなにもない領域へー絶対的なもののなかで痛ましくも孤立する自我、聴覚喪失のために感覚からも孤立した自我の領域へ-と入り込んだのです。精神の領域の孤独な君主、いまや彼から発せられる身も凍る息に、同時代人の中でもっとも同調していた人びとさえもおびえ、こうしたかたちの意思疎通に唖然として立ちすくむしかなかったものの、そのメッセージすら、彼らには、ほんの時折、まさに例外的なときだけ、かろうじて理解できるにすぎなかったのです。」

このベートーヴェン論は何となくは、わかる気がする。

なかなか手強い本ですが、少しずつ読み進めたいと思います。

晩年のスタイル

エドワード W.サイード/岩波書店

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by maru33340 | 2013-11-22 21:17 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2013年 11月 17日

アンジェラ、二枚組だったのか...

今日一日かけて作成したレポートの目処がついたので、友人のblogに触発され、ショパンのノクターンを聴こうと思い立った。

自宅にある演奏はアンジェラ・ヒューイットのものだからそれを聴こうとアルバムを開いたら、パタンと音がして中からもう一枚CD が出てきた。

今まで何度か聴いていたのに、二枚組だったことに今日初めて気づいた。

いやはやなんたるうかつか...

しかも二枚目の方にショパン後期のより深遠な作品が含まれているとは。

しかし気をとりなおして聴いていると、これが情に溺れず知的な実に素晴らしいノクターンだったので、得をしたと思うことにした晩秋の夜でありました。
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by maru33340 | 2013-11-17 21:50 | お勧めの本 | Trackback | Comments(9)
2013年 11月 09日

冬のシューマン

立冬を過ぎてすっかり寒くなってきて、机に向かっている時にひざ掛けが手放せないようになってきた。

今は、こうしてブログを書きながら、ジョージ・セル指揮クリーブランド管弦楽団演奏によるシューマンの交響曲全集を聴いている。

セルの演奏はいつものように明晰だけれど、冷たさはなく、見晴らしの良い丘に登り見渡す限り広がる風景を眺めるような心地よさがある。

その分厚塗りのキャンバスに塗り込められたシューマンの情念を見るような凄みは少し薄いけれど、弦の響きの美しさと透明度の高さが、人里離れた山奥の湖を覗き込むような清冽さをもたらす。

初冬の少し寒さが身に沁みる夜に聴くのにふさわしい演奏だ。

シューマン:交響曲全集

セル(ジョージ)/SMJ

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by maru33340 | 2013-11-09 21:25 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(6)
2013年 11月 09日

鏑木清方の描く明治

美人画で有名な画家鏑木清方は随筆家としてもとても味わいのある文章を書いたことで名高い。

今日は朝から美術史のレポートを書いていて、少し疲れたので、気分転換に清方の随筆集『明治の東京』をぱらぱらと眺めていて、こんな文章を見つけた。

「今(昭和三十三年)と違って、三十年、四十年前の銀座は、夜の空を彩るほどの燭光はなかった。真っ黒な空に、きらきら輝く星の下を、(寄席の)ハネの太鼓に送られて、東下駄の歯音が、凍てた大路に高く響く。それも一人散り二人散り、紀伊国橋をわたる頃には人影も疎らに、橋の下には、黒く流れる河水に、豆ラムプを点した舟が、ひそやかな音を立てて遠ざかって行くのを何となく見送って立ち尽くす。」
こうした文章を読んでいると、明治から大正の頃の銀座の暗闇と往来を響く下駄の音がまるで今眼前にあるような心持ちになり、しばし浮世を忘れてしまい、こんな俳句も想い出す。

  昼の湯にしづむひとりの年の暮れ (石原舟月)

随筆集 明治の東京 (岩波文庫)

鏑木 清方 / 岩波書店


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by maru33340 | 2013-11-09 13:14 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2013年 11月 02日

スマホを忘れてスクーリングに参加してしまう

今日は学芸員資格取得のための最後のスクーリングのため京都に来ている。

しかし、昨夜から風邪のため体調不良でふらふらのまま家を出たらスマホを忘れてしまった。

連絡手段はこのブログかフェースブックしかないので、生まれて初めてネットカフェに入りブログを書いている。

もし、このブログを読んでいて、僕に連絡したい方は、このブログにコメントするか、僕のgmailの方に連絡ください。

明日の夜再度ネットにアクセスしてみます。

よろしくです。
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by maru33340 | 2013-11-02 18:56 | Trackback | Comments(4)