新・クラシック音楽と本さえあれば

maru33340.exblog.jp
ブログトップ

<   2014年 02月 ( 9 )   > この月の画像一覧


2014年 02月 28日

遅い花粉症デビューであろうか...

今週は週始めから、どうも喉がイガイガし、物を食べても苦味しか感じず、次第に回復してはきたものの、今日はくしゃみも止まらず、おまけに目までかゆくなってきた。

今まで花粉症にだけはなっていなかったのが自慢だったけれど、これはどう考えても風邪ではないようだ。

ううん...
[PR]

by maru33340 | 2014-02-28 22:12 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2014年 02月 23日

バルトーク、傷ついた心、さまよう音楽

先日偶然見つけたCD「高橋悠治 バルトーク初期ピアノ作品集」を、サブタイトル「傷ついた心、さまよう音楽」という言葉に惹かれてすぐに手に取って持ち帰った。

そのライナーノーツに、高橋悠治はこう書いている。

「バルトークが、バルトークとなる以前の、傷ついた心と、さまよう音楽に、その後の世紀から失われた可能性、マイノリティーの音楽を聴く。
あえて理解を閉ざす棘に覆われた響き、半音と増音程、密集位置の和音と地下の水脈、屈折したメロディーのなかに見え隠れする去った恋人の肖像、パターンの変形とグロテスクな逸脱。
20世紀音楽の一元性、綜合性、民族音楽の呪縛、権威主義とヒロイックな身振りの後で、次の制度がまだ見えない不安定な時期に、時代に押しやられた流れを振り返り、曲がり角で消えたヴィジョンを呼び戻す。」

上の高橋の言葉がこのアルバムの内容を余すところなく表していて、確かにここには、触れればとたんに崩れ去りそうなほど繊細なタッチで、音楽が今この瞬間に生まれ出ようとする時の怖れやおののきまでもが表現されている。

その印象はその繊細さと時に噴出する荒々しさから、アール・ブリュットのいくつかの絵画を思い起こさせるようだ。

バルトーク:初期ピアノ作品集

高橋悠治/フォンテック

undefined



[PR]

by maru33340 | 2014-02-23 11:15 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)
2014年 02月 21日

この世に不死鳥はいるのだなあ

浅田真央さんのソチオリンピックでのフリー演技の後の涙を見て、もらい泣きしてしまい、「この世に不死鳥はいるのだなあ」と思った。

もう跳ばなくてもいい、とまで思った彼女が、大変な重圧の中で自分自身に打ち勝って完璧な演技が出来たことは、どんなに称賛されてもいい。

森某元総務大臣の「あのこは大切な時には必ず転ぶ」という信じがたい愚かしい発言も何のその、自分の心をコントロールして、納得の行く演技で有終の美を飾った彼女に心からおめでとうと称え、お疲れ様と言いたい。
[PR]

by maru33340 | 2014-02-21 21:46 | お勧めの本 | Trackback | Comments(5)
2014年 02月 20日

少女たちよ、もう跳ばなくていいから

浅田真央さんがソチオリンピックのショートプログラムで転倒し16位になった。

練習では当たり前に跳べていたはずの冒頭の三回転半が跳べず、コンビネーションジャンプもできなかった。

おそらく高梨さんと同じように、その小さな背中には「日本人の期待」という重圧がずっしりのしかかっていたのだと思う。

二人とも子どもの頃は、ただ跳ぶことが楽しくて、自分のためだけに無心に跳んでいたはず。

それがいつのまにか周りの期待のために跳ぶようになり、どんどん苦しくなっていったのではないかと思う。

少女たちよ、もうしばらくは跳ばなくていいから。

今は疲れたその羽をそっと休ませてほしい。

そしてまた、いつか自分のためだけに静かに歩みだしてほしい。
[PR]

by maru33340 | 2014-02-20 06:42 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2014年 02月 15日

それを背負ってはいけない

ソチから帰国した高梨沙羅さんが記者のインタビューに答えて「申し訳ない気持ちで一杯」と答えている。

いったい誰に謝る必要があろうか。

毎日の練習に耐え数々の優勝も重ねて、もう充分じゃあないか。

「国民の期待」などというものに対して謝るのだったらやめようじゃないか。

それでは円谷幸吉じゃあないか。

そんなものを背負って飛んだりして、メダルを取れなかったからといって謝ったりするのはもうやめようじゃないか。

「悔しい」ならわかります。

でも「申し訳ない」という日本的なメンタリティはもう卒業しよう。

ただ「がんばったね、お疲れ様。」それだけ言ってそっと休ませてあげたいと切に思う。
[PR]

by maru33340 | 2014-02-15 04:13 | お勧めの本 | Trackback | Comments(6)
2014年 02月 14日

勝敗といふこと

東京は今週も雪だという。

掛川も強い風と冷たい雨。

日々の温度差に身体がついていけないからか、風邪をひいてしまい会社を早退する。

帰宅後少し眠り、何か食べなくてはと起き出しテレビのニュースを見るもオリンピックの放送ばかり。

冬季オリンピックは好きだったけれど、今回は(何時もそうだったかなあ)どうも「日本人のメダルの有無」ばかり過剰に報道されていて、どうも違和感が残ってしまう。

スポーツだから当然勝ち負けはあるけれど、そして勝つために日々の苦しい努力を惜しまない選手に敬意をはらうけれど、なんだか勝つことは善、負けることは悪という単純な構図が益々強まっているようで、そのギラギラした感じがどうもいけない。

ふと昔あった本のタイトル「強いばかりが男じゃないといつか教えてくれた人」という言葉が頭をよぎるのは、センチメンタルに過ぎるだろうか。
[PR]

by maru33340 | 2014-02-14 19:21 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2014年 02月 12日

出張帰りにふと思ふ

出張帰りの新幹線の中で、ベートーヴェンの(現代のではなく本当の)晩年の弦楽四重奏曲を聴いている。

ベートーヴェンといふ人は歳をとればとるほど自由になっていくようだ。

聴いていると、こちらも心のたがが外れていくような快感がある。

しかし、余計なことだけど、あの人はこれからどんな余生を生きていくのだろうか、とふと思う。
[PR]

by maru33340 | 2014-02-12 20:04 | お勧めの本 | Trackback | Comments(5)
2014年 02月 10日

猪熊さんの自由

f0061531_737280.jpg

昨夜は都知事選の結果を見ようとテレビをつけたら既に結果は出ており、すぐに日曜美術館にチャンネルを変えた。

昨日の特集は猪熊弦一郎。

実に面白かった。

高い写実の力を持った猪熊が、ニューヨーク滞在中の抽象表現主義の影響を受けた模索の時代を経て、次第に自己の作風を確立していく課程。

そして、後年の自由奔放な作品の数々。

上野駅の壁画や帝国劇場のステンドグラス、三越の包装紙も猪熊のデザインだったとは!

その自由な作品を見ながら心が開放されるような悦びを感じ、僕の中で絵画を見る回路が少し変わったような気がした。
[PR]

by maru33340 | 2014-02-10 07:37 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2014年 02月 07日

冬の朝、グールドのバッハを聴く

連日の作曲家による代作騒動で、音楽そのものが冒涜されたような気がして、少しクラシック音楽が聴けなかった。

今朝はあまりに寒くて外出するのが億劫になり、ソファーにぼんやり座って、偶然目についたグールドによるバッハの二声と三声のインヴェンションを聴いている。

その演奏は、一音一音考えながら弾かれていて、静かで瞑想的で孤独である。

その音がまるで、高僧がぽつりぽつりと語る深い祈りの言葉のように聴こえる。

冬枯れの季節に、この音楽がこんなに似合うとは思わなかった。
[PR]

by maru33340 | 2014-02-07 08:00 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)