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2014年 08月 25日

渡辺京二著『無名の人生』のこと

先週の木曜日にふとしたはずみでぎっくり腰になってしまい、ほぼ3日間ベッドに横臥したまま日々を過ごした。

昨日位からなんとか回復し、今日はパソコンにも向かえるようになった。

今更ながら、普通に起きて普通に歩けることのありがたさを痛感した。

今日は終日、渡辺京二の新刊『無名の人生』(文春新書)を読み続け読了。

語りおろしなので、とても読みやすいし、随所に渡辺節が散りばめられ共感する所が多かった。

例えばこんな文章。

「『苦海浄土』の著者で詩人の石牟礼道子さんの文学の根本には、小さな女の子がひとりぼっちで世の中に放り出されて泣きじゃくっているような、そういう姿が原形としてあります。一個の存在が世の中に向かって露出していて誰も守ってくれないところから来る根源的な寂しさ・・・それがあの人の文学の中核なのです。
 考えてみれば、人間はみな、本来そういう存在です。危険にさらされることも、寂しいことも、それは誰だって望んでいるわけではありません。だから、そこから抜け出そうとして人とつながり、家族をこしらえ、社会的な交わりが生まれ、さらには、自分の存在を保障してくれる制度が生まれてくる。
 文明とは何かといえば、生がむき出しになった寄る辺ない実存を、束の間、なんとか救い出そうとする仕組み、それを文明と呼んでいるのでしょう。だけど、やはり原点には、寂しさを抱えた自分があるということを自覚したほうがいい。」

またこの本の最後近くに、ひとつの結論として書かれているこんな言葉。

「われわれは、みな旅人であり、この地球は旅宿です。われわれはみな、地球に一時滞在することを許された旅人であることにおいて、平等なのです。
 娑婆でいかに栄えようと虚しい。すべてが塵となるのですから。金儲けができなくても、名が世間にゆき渡らなくても、わずか数十年の期間だけこの地上に滞在しながら、この世の光を受けたと思えること。それがその人の「気位」だと思う。(中略)この世の光を浴びるとは、自分を自分としてあらしめている真の世界と響きあうこと。この世界ー地理学的な世界ではなく、自分を取り巻くコスモスとしての世界ーと交感しながら、人間が生きていることの実質を感じること。これが真の世界と響きあうことでしょう。」

この先この小さな本を読み返す度に、新しい発見があるような気がします。

無名の人生 (文春新書)

渡辺 京二/文藝春秋

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by maru33340 | 2014-08-25 23:15 | お勧めの本 | Trackback | Comments(5)
2014年 08月 17日

鈴虫、ひぐらし、暁烏

朝5時前。

鈴虫の鳴く声で目が覚める。
チチチチ、チチチチという声を聴くと、日中の暑さにも関わらず季節の移ろいを実感する。

やがて日暮が遠くで鳴き交わす声が聴こえてくる。

最初は小さくやがて山を震わせるような合唱となり、胸を締め付けられるような哀しみで一杯になる。

辺りの明るさが増すと暁烏が飛び初め、一声、二声。

やがて油蝉も鳴き始めるけれど、その声には最盛期の力強さはなく、夏の名残を惜しむようだ。

8月15日のこと、昨夜の大文字の送り火
、「遠野物語」や、先日見た番組「少女たちの戦争」での「兵隊さんたちが戦死して下さった」という敬語のことなどが頭をよぎり、虫や鳥たちの声が、悠久の遥か彼方の我々の祖先たちの哀しみの声のように聞こえ、胸塞がるような気持ちになる。

もう秋なのだ。
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by maru33340 | 2014-08-17 05:21 | 未分類 | Trackback | Comments(4)
2014年 08月 16日

『少女たちの戦争~197枚の学級絵日誌~』を見る

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8月の頭からしばらくブログをお休みしていましたが、8月14日にNHKで放映された『少女たちの戦争~197枚の学級絵日誌~』を見て、その所感を書き記したくなり、再開することにしました。

★★★

『少女たちの戦争~197枚の学級絵日誌~』は出色のドキュメンタリーだった。

以下番組の内容について、同番組のHPから記載する。

「滋賀県大津市に、太平洋戦争末期の1年間小学5年生の少女たちが書き続けた絵日誌が残っている。この絵日誌が今、銃後の戦争を知る貴重な資料として、海外の大学の研究者から注目を集めている。
日誌が描かれ始めたのは昭和19年4月。
「感じたことをそのまま書きなさい」と若い女性教師の指導の下、日々の学校生活や友人関係、家族のことが瑞々しく綴られた。
ところが秋を過ぎると、少女たちは感じたことを書けなくなっていく。町に次々と届く戦死者の報せ、出没する米軍機。他人の前では感情を押し殺し矛盾した行動を繰り返す大人たちの不可解な姿。ヒタヒタと迫ってくる戦争の影は、農村の小学校の1学級も覆っていく。

今80歳を超える元少女たちは、日誌を書き始めて70年となる今年、改めて当時の自分たちの心の変化や大人たちの不可解な行動、そして教師が何故日誌を書かせたのか、関係者を辿って振り返ろうとしている。
「自分たちの体験した戦争とは何だったのか」。彼女たちの戦争を見つめ直す軌跡に同行しながら、当時多くの地域が経験した戦争の実感・心の移ろいを見つめる。」

少女たちに絵日誌を描くことを勧めた担任・西川綾子はこう語っている。
「当時は雑誌も本も絵本も子どもたちの手には入らない。
ラジオは戦争の実況ばかり。
新聞も戦争の記事ばかりでうずめられている。
感性豊かな5年生の女の子たちに文化を与えたい、芸術を与えたい、表現力を与えたい。
それがないなら自分たちで文化をつくっていくしかないと考えた。」

日誌は次第に空襲が激しくなり、画面いっぱいに真っ黒に塗り潰されたB29が描かれた翌日、西川先生の「もう絵日誌はやめにしましょう」という言葉で終わりになる。

番組は静かに淡々と進む。
少女たちの絵は大変素晴らしく、美しいと言ってもよいほど。
最初は彼女たちの日常が生き生きと色彩豊かに綴られる。
しかし戦況が悪化するにつれて、画面からは色彩が消えていく。

耳に残ったのは「兵隊さんが戦死して下さったおかげで、私たちの今の暮らしがある」という言葉。
他にも随所に「死んで下さった」という敬語が使われている。
この敬語の使い方(それを導く大人の教育)が死を美化し、思考を停止させてしまっていることをおそらく西川先生は哀しく感じ、しかしそのことを言葉に出すことは出来ず、少女たちに日誌を止めることを提案したのかも知れない・・・

静かに深く心に残り、そして色々なことを考えさせてくれるとても良い番組だった。


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by maru33340 | 2014-08-16 06:16 | 昭和史 | Trackback | Comments(4)