新・クラシック音楽と本さえあれば

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2015年 02月 23日

心震える夕映え 「四つの最後の歌」のこと

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一年の中でも、冬の夕映えは最も心に沁みるので、落日前に燃えるように輝く夕陽を見ていると、胸の深い所が揺り動かされるような思いになり、自然にリヒャルト・シュトラウスの「四つの最後の歌」を思い出すことになる。

そのどこか遠い彼方から聴こえてくるような歌には、感傷と瞑想とが入り混じり、作曲者の最晩年の作品であることを抜きにしても、自然にヨーロッパの終焉というような言葉が頭に浮かぶので、そこには永遠の時間が流れている。

一つ一つの曲があまりにも美しく、その曲がどうか終わらないで欲しいと願うのは、人の命に限りがあることを惜しむ気持ちに似ていて、それを文明と呼んでもそんなに外れてはいない。

R.シュトラウス:交響詩「死と浄化」/変容/4つの最後の歌

ヤノヴィッツ(グンドゥラ) / ユニバーサル ミュージック クラシック


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by maru33340 | 2015-02-23 21:33 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(3)
2015年 02月 21日

シューベルト 絶望の底に微かに光るもの

少し期待して見始めたものの、そのパワハラやセクハラの描きかたがステレオタイプであること、登場人物に感情移入出来ないことなどから、毎回違和感を感じ(我慢しながら)見続けていたドラマ「問題のあるレストラン」。

その第6回のラストに大きな感動が待っていた。

それぞれ心に傷を持つ3人の女性が公園で、一人が聴いていたシューベルトのビアノ・ソナタ21番を聴くシーン。

僕は長い間シューベルトの音楽が、まるで冥界からの音楽のように聴こえて、怖くて苦手だったけれど、そのシーンでのシューベルトのソナタは、それぞれの登場人物の心にそっと寄り添い、慰め、全てを受け入れてくれるように優しく静かに響き、気がつけば涙が止まらなくなっていた。

冬の弱い日が翳ったり、また射したりするように転調を繰り返し、時折不穏な地響きのように低音が鳴るその1楽章には、シューベルト自身の死への恐れのようなものが垣間見えるけれど、それは同時に傷ついた心を無限に包み込む力を持っていることに気がつき、僕ははじめてシューベルトの音楽がわかったと感じた。

以来手元にあるわずかなシューベルトのビアノ・ソナタをいくつか聴いたけれど、やはり心に沁みるのはケンプの演奏。

遅めのテンポで、少しほの暗いそのピアノの響きは、僕の今求めているシューベルトの姿に最も近く、冬の日の陽だまりのように柔らかく響くのだ。
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by maru33340 | 2015-02-21 12:51 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)
2015年 02月 16日

パーヴォ・ヤルヴィのブラームスのこと

昨夜テレビでパーヴォ・ヤルヴィ指揮によるブラームス交響曲一番を聴いた。

ヤルヴィは今や当代一の指揮者と呼ばれ、飛ぶ鳥を落とす勢い。

昨夜のブラームスも、筋肉質に引き締まり、オーケストラの隅々にまで彼の意志が浸透し、大変エネルギッシュな演奏で、まさに新時代のブラームスであると感じた。

しかし、僕にはこの演奏は最後まで馴染めなかった。

(以前この人の演奏する「ドイツ・レクイエム」もなんとなく苦手で、聴かなくなった記憶がある。)

ヤルヴィのブラームスから僕は、隅々まで厳格に訓練された軍隊の匂いを感じてしまう。

そこにはブラームスの心模様を感じる余地はなく、道端に咲く草花を踏み倒す重戦車の響きを感じてしまうのだ。

テレビでの印象だけだから、おそらくコンサートホールで聴いていれば、大きな感動があったかも知れないけれど...

今朝は、バーンスタイン指揮ウィーン・フィルによるブラームス交響曲一番を聴いているけれど、ここにはたっぷりとした歌としなやかな心の自然な発露があり、安心してその世界に浸っていられる。
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by maru33340 | 2015-02-16 10:01 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(5)
2015年 02月 15日

情熱とため息と セルゲイ・ハチャトリアンによるブラームス・ヴァイオリンソナタのこと

友人から教わったセルゲイ・セルゲイハチャトリアンによるブラームス・ヴァイオリンソナタを聴く。

ピアノは姉のリシーネ・ハチャトリアン。

これは素晴らしいブラームスだ。

僕が今まで一番好きなブラームスのヴァイオリン・ソナタの演奏は、オーギュスタン・デュメイ(ピアノはジョアン・ピリス、最近はピレシュと表記するとのこと)によるもの。

ギュメイの演奏は、プチチナのように輝く美音が天を駆け抜け回るように舞い、およそブラームスを形容する時に使う「いぶし銀」とは遠い、華やかでロマンティックな世界が繰り広げられる。

その意味では、ブラームスらしくない異色の名演と言えるかも知れない。

ハチャトリアンの演奏は、ゆったりとした呼吸で一つ一つの旋律が丁寧に歌われ、その微かなヴィブラートの効果も相まって、聴いているとブラームスの心模様まで透けて見えてくるような気がする。

その演奏は緩やかだけど、随所に内省的な情熱を感じ、そこに憂い顔の王子がたたずむような気配を見せる。

そして、王子は時折深いため息をもらし、姉はそっと寄り添う・・・

そんなラファエル前派の絵のような風景を感じさせるブラームスは、休日の夕方、少し傾きかけた冬の弱い陽射しを眺めながら聴くのにふさわしい音楽だ。


ブラームス : ヴァイオリン・ソナタ集 (Brahms : Sonatas / Sergey & Lusine Khachatryan) [輸入盤]

セルゲイ・ハチャトリャン / Naive



ブラームス : ヴァイオリン・ソナタ第1番

デュメイ(オーギュスタン) / ポリドール


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by maru33340 | 2015-02-15 16:34 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(6)
2015年 02月 12日

旅の始まりは夜~角田光代のエッセイの詩情のこと

角田光代の「夜」をめぐるエッセイ『幾千の夜、昨日の月』を読了した。

この人のエッセイにはいつも詩情があふれていてとても好きだ。

例えばこんな文章。

「子どものころには夜はなかった。
実際には夜はいつだってある。子どもにも大人にも平等にある。でも、夜は子どもの所有物ではなかった。好き勝手にできるものではなかった。少なくとも、私の場合は。」

「どんなに明るい夜でも、夜は夜だ。暗いことがイコール夜なのではない。明るい夜のなかでも、いつか人はきっと気づく。自分がひとりであると唐突に気づく。そう気づかせる夜の奇妙な力を知る。」

「病院の夜はどこの夜とも違う。人の魂が自由に行き来している。そんな意味で「開いている」感じがする。」

この人の文章は読みやすい。
随所で漢字をひらがなに開いて柔らかく、句読点に心地よいリズムがある。

そうして、このエッセイには、人が夜に感じていて、でも言葉にはしたことがなかった、ひんやりとして静かな孤独の感覚が満ちていて、読んでいると心が少ししんとしてくるようだ。


幾千の夜、昨日の月 (角川文庫)

角田 光代 / KADOKAWA/角川書店


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by maru33340 | 2015-02-12 09:53 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2015年 02月 11日

一足ごとに春は

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この所の寒さは厳しいけれど、僕の勤務するアートハウスの梅は少しずつ花を開き始めた。

「梅一輪一輪ほどの暖かさ」という俳句もあるように、一番厳しい季節の中に春は一足ごとに近づいてきている。
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by maru33340 | 2015-02-11 20:16 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)