新・クラシック音楽と本さえあれば

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2015年 06月 27日

ターナーの夕暮れ

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友人はドイツでフリードリッヒの夕暮れを見ているという。

僕は日本でターナーの夕暮れを見る。

夕暮れは何故世界中で人の心を打つのだろうか。
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by maru33340 | 2015-06-27 19:44 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2015年 06月 27日

弦楽四重奏曲といふもの

このところほとんど弦楽四重奏曲ばかり聴いている。

特にモーツァルトとベートーヴェンの弦楽四重奏曲は、いろいろな演奏で聴き続けて飽きることがなく、むしろその度に新しい発見があり、興味がつきない。

弦楽四重奏曲の何が僕をそんなに惹き付けるのだろうと考えていて、やはりたどり着くのは吉田秀和さんの文章。

高校生の頃に初めて読んで以来、未だに何度となく読み返している『私の好きな曲』のなかにこんな文章がある。

「弦楽四重奏は、音楽の最も精神的な形をとったものである。あるいは精神が音楽の形をとった、精神と叡智の究極の姿が弦楽四重奏である。それはまた、最もよく均衡のとれた形でもって、曖昧なところが少しもないまでに、ぎりぎりのところまで彫琢され、構成され、しかも、それをつくりあげる一つ一つの要素が、みんな、よく「歌う」ことを、許されている-いや歌っていないとだめな形態である。明智の限りまで考えぬかれ、しかもすべてがよく歌い、しかも部分と全体のあいだで完璧な均衡が実現されているもの。それが弦楽四重奏である。」

やはり、ここに付け加える言葉はない。

後は、その究極の音楽に、耳を傾けるのみ。
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by maru33340 | 2015-06-27 08:01 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(2)
2015年 06月 22日

司馬遼太郎の語る八木一夫

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今の職場に来るまで、寡聞にして京都五条坂に生まれた八木一夫という陶芸家のことは知らなかった。

初めてその作品を見たときは本当に驚いた。

今まで僕が知っていた陶芸の概念とは全く違う、彫刻と呼んでもそこからはみ出す異様なエネルギーと、世界の何処にも収まるまいという拒絶の身ぶり(司馬さんはそれを「毒」と語っていたが)に、思わず「なんだこれは!」と岡本太郎のように手を広げそうになった。

昨夜「日曜美術館」のアンコールで放映された1981年の番組、司馬遼太郎が語る「私と八木一夫」では、生前八木一夫と親好のあった司馬さんが、その作品について、さまざまな言葉を費やし語るのだが、司馬さん本人が言うように「どんなに語っても八木一夫はわからない」。
むしろ語れば語る程、その作品から遠ざかっていくよう。

僕も実際にいくつかの作品を見て「何となくこんな感じかな」と思っていたことが、ことごとく覆され、ますますわからなくなった。

司馬さんは番組の最後に八木一夫の作品について「一人の天才が、誰の真似もせず、自分のsentimentだけで作り上げた全く新しい作品」とやむなく総括したけれど、そう語った途端に、彼は哄笑しながら、遠い所に逃げ去ってしまうだろう。
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by maru33340 | 2015-06-22 09:29 | 美術 | Trackback | Comments(4)
2015年 06月 21日

東京クァルテットのベートーヴェンは

この1週間程、仕事で毎晩遅くなってしまい、家で食事を作ることも出来ず、本も読めず、体調も優れず、かろうじて眠る前に音楽を聴くことだけが唯一の人間的な時間という生活が続き、心身ともに疲労困憊の日々だった。

今日は久しぶりに終日休めるのでゆっくりと起きて、ゆるゆると音楽を聴いている。

ここ数日聴いているのは、東京クァルテットによるベートーヴェンの弦楽四重奏曲全集。

この演奏は実に優しく慰めに満ちた美しいベートーヴェン。

4人の演奏者は、疾走したり、闘ったり、挑発したりすることなく、互いに相手を尊重しながらそれぞれの音を良く聴き、ベートーヴェンの書いた深く慰めに満ちて思索的な音楽への敬意を音楽で表現する。

その響きはふくよかで柔らかく、聴く者を包み込むよう。

ここには確かな技術に裏付けられた音楽への愛情と信頼がある。

繰り返し聴きたい名盤です。

付記

僕が聴いているのは、彼らの結成20年を記念して世界各地で行われた演奏会と並行して、1989年から1992年にプリンストン大学リチャ-ドソン・ホールで録音された全集で、録音も素晴らしい。
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by maru33340 | 2015-06-21 13:05 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(3)
2015年 06月 13日

夢の中の音楽 チェリビダッケのラヴェルのこと

チェリビダッケ指揮フランス国立放送管弦楽団(ORTF)によるラヴェルの演奏には驚いた。

ラヴェルの音楽にある幻想性と官能性をこれほどあらわにした演奏は今まで聴いたことがなかった。

音楽が生まれる以前のざわめきさえ感じさせる「マ・メール・ロア」、森の囁きや咆哮が聴こえる「ダフニスとクロエ」、官能の苦味と歪んだ時間に世紀末の美を感じさせる「ラ・ヴァルス」…いずれも夢の中で異次元の世界にさ迷うような名演。

チェリビダッケ恐るべし。

ラヴェル : オーケストラ作品集 (Ravel : Orchestral Works / Sergiu Celibidache | Orchestre National de l'ORTF) (2CD)

セルジュ・チェリビダッケ / ALTUS


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by maru33340 | 2015-06-13 08:06 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)
2015年 06月 10日

リリー・クラウスのモーツァルトは

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僕はモーツァルトのピアノ・ソナタの良い聴き手ではなかった。

何となくどの曲も同じように聴こえて。

だから、名高いリリー・クラウスによるモーツァルトのピアノ・ソナタ全集も何となく「朝の散歩帰りに気持ち良く聴けるかな」位の軽い気持ちで聴き始めた。
(クラウスは少し女優の浦辺粂子に似ている、と思ったことは内緒)

しかし、すぐにその清らかな水のような軽やかなピアノの響きに魅せられ、今までいったい何を聴いてきたのだろうと深く反省。

この演奏では装飾音の一音一音が意味を持ち、ふとした間合いに清潔な時間が漂う。

しばらく朝の時間をリリー・クラウスのモーツァルトと共に過ごす幸せを感じられそうです。
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by maru33340 | 2015-06-10 07:17 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)
2015年 06月 08日

古典四重奏団による「フーガの技法」のこと

古典四重奏団の演奏によるバッハの「フーガの技法」を聴いている。

これはとても素晴らしい演奏。

この四重奏団の特徴は、第一に暗譜による演奏をすること。

そのことで、四人のアンサンブルの呼吸を感じ、音楽が生まれる瞬間に立ち会っているような心地よい緊張感が生まれる。

二つ目の特徴は、その楽器配置。

左右にバイオリンがあり、真ん中にチェロとヴィオラが配され、その結果低音部が厚く聴こえる。

フーガの技法では、そのことがとても効果的で、オルガンによる演奏を聴いているように、その音楽に包まれるような安心感がある。

音色は美しく澄み、しなやかで自由なフレージングも良い。

「フーガの技法」全曲終了後に演奏されるコラール「おお人よ、汝の大いなる罪に泣け」は、この曲の終曲にふさわしく、星の耀く夜に天から音楽が降ってくるように敬虔で美しく響く。
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by maru33340 | 2015-06-08 08:15 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)