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2016年 03月 31日

桜のたより聞こえる朝は

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各地から桜のたよりが聞こえてくるこの季節に毎年のことながら心騒ぐのは僕が四月生まれだからだけではなくてこの花の持つ華やかで妖しくそれでいてはかない魅力のせいかも知れない。

ソメイヨシノの白に近い薄いピンク色は若い頃には物足りないような気がしたけれど歳を重ねるにつれてその淡々とした色合いにひかれるようになってきた。

花見酒という風習から遠ざかって久しくひとり花の下でゆるゆると朝の青い空にうかびあがるその花びらを眺めるのが良い。
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by maru33340 | 2016-03-31 08:42 | 未分類 | Trackback | Comments(4)
2016年 03月 25日

たおやかでやわらかな

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先月、今月と仕事で高松に通っている。

そして、その風景のたおやかでやわらかな様がとても気に入り、勝手に第二の故郷が出来たような気分になっている。

瀬戸大橋から眺める瀬戸内海はおだやかで静かに耀き、微かに霞む空気の中で、平野のあちらこちらにぽつねんと佇む丸みを帯びた山々の姿は柔らかい曲線を描く。

そこで交わされる言葉はおっとりとゆるやかでとげとげしい所がなく耳に心地好い。

高松の宿で隣になった家族の会話はとても優しいもので、おばあさんの語る「ありがと」という言葉のイントネーションは「東京物語」で東山千栄子が語る言葉そのままで嬉しくなってしまう。

四国では時間までゆっくりと静かに過ぎてゆくようだ。

これから仕事で何度か通うことになるけれど、その時間を大切に過ごしたいと思う。
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by maru33340 | 2016-03-25 05:42 | 日常 | Trackback | Comments(7)
2016年 03月 22日

オイストラフとクリュイタンスによる大人のベートーヴェン

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過日、友人からもらったオイストラフとクリュイタンスによるベートーヴェンのバイオリン協奏曲(フランス国立放送管弦楽団、1958年録音)を繰り返し聴き返している。

これは本当に、深々として懐が深い堂々たる音楽で、音楽とはこうでなくては、という安心感に満ちている。

オイストラフの朗々と歌う豊穣なバイオリンに、クリュイタンス指揮によるオーケストラが優雅に寄り添う様子は、自己主張の強い、丁々発止という演奏ではなく、独奏者とオケが、お互いを信頼し、聴き手のために最上のベートーヴェンを届けようという想いが伝わってくる。

まさに大人による大人のための極上のベートーヴェン演奏がここにある。
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by maru33340 | 2016-03-22 08:43 | 未分類 | Trackback | Comments(3)
2016年 03月 11日

五年目の春に

もうすぐあれから五年目の春がやってくる。

あの震災の後しばらくは(多くの人がそうであったように)本も読めず、音楽も聴くことも出来なくなり、茫然とした気持ちのまま日々を過ごした。

それでも三月の終わりには、何事もなかったかのように桜が咲きほこるのを、あの年ばかりは、美しいというよりひどく残酷なことのように感じながら、まるで遠い夢の中の出来事を見るように眺めた。

そんな日々の中でようやく聴くことが出来るようになった音楽はバッハだった。

深い哀しみの淵から、微かに射し込む光のようにその音楽は心に沁みて、その時初めて「マタイ受難曲」が最愛の音楽になったような気がした。

あの年の春「マタイ受難曲」で、イエスが十字架の上で叫ぶ「エリ、エリ、ラマ、アサブタニ!」(わが神、わが神、なんぞ我を見捨てたまいし)という言葉が、イエス個人の叫びではなく、すべての生きとし生けるものの身代わりとしての叫びであると忽然と気づいた時から、この曲は僕にはなにものにも変えがたい音楽になったのだ。
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by maru33340 | 2016-03-11 07:02 | 未分類 | Trackback | Comments(4)
2016年 03月 07日

真夜中の雨に

深夜、激しく降る雨の音で目覚めた。

気がつけば、小さな方舟のようなものに乗り濁流の中を流れている。

雨は激しく降り続いている。

やがて方舟はゆっくりと傾いたと思うと、濁流に飲み込まれていった。

こんな状況下にあるのに、自分は何故冷静でいられるのだろう、と思った時、これは夢かも知れない気づいた。

半分覚醒したまま、船もろとも海底に沈みやがて方舟は静かに止まった…

もうすぐあの震災の日から5年が経つから、連日あの日のことがメディアで取り上げられ、生々しい記憶がよみがえる。

昨日も京都国立近代美術館で畠山直哉氏の震災後の風景を撮った写真を数多く見た。

そんな映像が頭に残り夢を見たのかも知れない。

目が覚めて、よるべない不安に襲われ思ったのは「バッハが聴きたい」ということだった。

そして、冷たい水を一口飲み「マタイ受難曲」を聴き始めた。

その音楽は、まるで海中から水面を見上げたときの光のように感じられた。
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by maru33340 | 2016-03-07 06:21 | 未分類 | Trackback | Comments(4)