新・クラシック音楽と本さえあれば

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2016年 05月 28日

オバマ大統領の広島スピーチ全文を読む

昨日のオバマ大統領の広島スピーチ全文を読みながら涙が止まらなくなった。

この文章はこれからの世界を生きる、全ての人類が読み、考え、行動するため一つの基準になると思います。

言葉には世界を変える力があると信じて…

http://www.huffingtonpost.jp/2016/05/27/obama-begins-visit-to-hiroshima_n_10160172.html

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by maru33340 | 2016-05-28 09:40 | お勧めの本 | Trackback | Comments(5)
2016年 05月 11日

『薔薇の沈黙』(辻邦生)を読む

昔のブログを何気なく読み返していて、こんな記事を見つけた。
9年前(2007年7月29日)の記事。
この頃は金沢にいた。
今はあまり長い文章が書けないけれど、当時のブログを読み返すとわりに長い文章を書いている。
少し反省。

(以下、自戒の意味で再掲載します)

基本的に飛行機が好きではない。
あの着陸するときに気圧で耳が痛くなる感じにどうしても慣れないから。
しかし、仕事で東京に出張する時はやむを得ず飛行機に乗る。

飛行機の中では(時間が短いこともあり、またどうも緊張してしまい気分が乗らず)本を読むことはしていなかった。
とはいえ何度か続けて飛行機に乗る羽目になり、幾分慣れてきたので、先日、東京から小松空港に向かう飛行機の中で堀江敏幸さんの『バン・マリーへの手紙』を読んでいたら、リルケの『マルテの手記』からの次のような引用に引き込まれた。


一行の詩をつくるのには、さまざまな町を、人を、物をみていなくてはならない。動物の心を知り、鳥の飛ぶさまを感じ、小さな花が朝に開く姿をきわめなくてはならない。知らない土地の路地、思いがけない邂逅、虫が知らせた別離、-まだ明らかにされていない幼年時代のころ、そして両親のことを。(中略)また、臨終の者の枕辺にも座したことがなくてはならない。窓をあけはなち、つき出すような嗚咽の聞こえる部屋で死者のそばに座した経験がなくてはならない。
しかし、思い出を持つだけでは十分ではない。思い出が多くなったら、それを忘れることができなければならない。再び思い出がよみがえるまで気長に静かに待つ辛抱がなくてはならない。思い出だけでは十分ではないからである。思い出が僕たちのなかで、血となり、眼差しとなり、表情となり、名前を失い、僕たちと区別がなくなったときに、恵まれたまれな瞬間に、一行の詩の最初の言葉が思い出の中に燦然と現れ浮かび上がるのである。

この文章は僕にはとても気に入りました。
読み通したことがない『マルテの手記』を読みたいと思い、リルケについて少し調べようと、辻邦生さんの『薔薇の沈黙』を取り寄せ、昨日・今日で一気に読了。
これは、(まだまだ理解できてないこともたくさんあるけれど)とても美しい本でした。

辻夫人の後書きによれば、これは辻邦生の逝去によって未完に終わった彼の最後の本であるとのこと。
そして辻邦生の逝去した日付を知り、その偶然にとても驚きました。

辻邦夫は1999年7月29日に逝去し、今日はその命日でした・・・

薔薇の沈黙―リルケ論の試み
辻 邦生 / / 筑摩書房
ISBN : 4480838023
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by maru33340 | 2016-05-11 22:29 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2016年 05月 08日

マーラーの豊饒な世界を堪能する

今年のGWは、5月3日から5日まで仕事をしたので、昨日今日は完全休養。

クラウス・テンシュテット指揮によるマーラー交響曲全集と、当代のマーラー指揮者29名へのインタビュー『マーラーを語る』を入手したので、2日間マーラー三昧で過ごす。

テンシュテットによるマーラーはあまり聴いてこなかったけれど、どの演奏も新鮮に聴こえる。
感情過多ではないけれど、時折ふいにテンポを落とす所に味わいがある。
(2日間で7番まで聴いたけれど、ここまでのベストは6番の交響曲。推進力と抒情のバランスがとても良い。)

『マーラーを語る』は読了。
とても興味深かった。

インタビュアーが意図的に同じ質問をそれぞれの指揮者に問いかける。
例えば
「初めてマーラーを聴いたのはいつ?」
「マーラーの音楽は耳で聴く伝記なのか?」
「マーラーを感情的に演奏することの危険性は?」
等々。

巧みなインタビュアーは、時にわざと指揮者に突っかかっていき、その本音を引き出す。
同じ質問に対しても、当然指揮者によって答えは違うから、読みながらそれぞれの指揮者と対話しているような気になる。

僕が一番面白かったのは、エッシェンバッハによるもの。

例えば、
「マーラーでは特別なサウンドが求められますか?」という問いに対するエッシェンバッハの答えは、
「マーラーの場合、音の振幅が広大で、ffから突如親密なるppに変化します。その猛烈な振幅に取り組まなければならない。ppを求められる場所でmpは許されない。」

マーラーの柔軟なテンポについてはこんな風に語っている。
「柔軟なテンポというのは、息をする、話をするのと同じです。我々はメトロノームのように話をしないし、機械のように息もしないし考えない。ブレスなしで歌うこともない。フレーズの周りに余白があるから、テンポが自在になる。」

「マーラーが、二十世紀の破滅的な大惨事(ホロコースト)を予感していたという話に同意しますか
?」という問いには、
「第六番のフィナーレなどは破滅の楽章です。戦争はいくつもあったが、それまでとは全く違う第一次世界大戦という影。第一次世界大戦は、恐怖を伴う初めての近代戦争。マーラーは六番で、まさしくその感覚を捉えています。」
(この問いには、それこそ各指揮者が全く異なる見解を語っていて興味が尽きない。)

もうしばらくマーラーの世界を追いかけていくことになりそうです。
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by maru33340 | 2016-05-08 19:59 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)