新・クラシック音楽と本さえあれば

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2016年 06月 30日

イギリス音楽を聴く心は

今朝はジャックリーヌ・デュプレによる哀愁に満ちたエルガーのチェロ協奏曲を聴き、今宵は往年のイギリスの名指揮者サー・ジョン・バルビローリ指揮による風のそよぎのようなディーリアスの管弦楽曲を聴く。

何れも少しマイナーでローカルな味わいに満ちた佳曲たち。

ふと気がつけば、これらの曲を突然聴きたいと思ったのは、イギリスがEUから離脱するというニュースを聞いてから。

どうも地に足のつかないグローバル化という時代の流れに少し疲れてしまって、そこから距離をおこうというイギリス人の判断に心の奥で共感しているのかも知れない。
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by maru33340 | 2016-06-30 22:21 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2016年 06月 30日

デュプレのチェロに無常を聴く

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昨夜からの雨は上がったけれど、東の朝の空にはまだ厚い雲が残る。

いささか心屈することがあり、昨夜はリンダ・ロンシュタットの歌うセンチメンタルなジャズアルバムを繰り返し聴いた。

真夜中何度目かにそのアルバムを聴いているうちに微睡んだようで、気がつけば空は明るくなっている。

気持ちはまだ晴れぬまま、ふとジャックリーヌ・デュプレの弾くエルガーのチェロ協奏曲が聴きたくなりヘッドフォンで聴き始め、最初の一音から魂を奪われた。

まるで全身全霊をチェロにぶつけるようなデュプレは、この演奏を録音した1965年当時まだ二十歳だったことに改めて驚きを感じ、彼女が後年四十二歳という若さで多発性硬化症で亡くなることを知ってしまっているから普通の気持ちで聴くことはできない。

敬愛してやまないバルビローリの指揮もチェロに寄り添い涙を流す。

そんな彼もこの録音の五年後、初来日を目前に急死してしまう。

年年歳歳、花相い似たり
年年歳歳、人同じからず

月日の過ぎ去ることの無常を今年ほど感じたことはなかった。
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by maru33340 | 2016-06-30 06:05 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)
2016年 06月 27日

朝焼けの空に

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朝、窓外の鳥たちの鳴き声で目覚めベランダに出てみると、東の空に鮮やかな朝焼けが広がり富士山のシルエットもくっきりと浮かぶ。

しばし茫然とその景色を眺めながら今年も早や半年が過ぎたことを思う。
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by maru33340 | 2016-06-27 04:41 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2016年 06月 25日

ハープ&セリオーソ

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲ではやはり後期の5曲が抜きんでているのは言うまでもない。
その大胆な革新性、精神的な充実度の高さ、どの曲を取っても「人類の遺産」と呼びたい程だし僕が一番良く聴くのもそれら後期の曲になる。
次はやはり中期のラズモスフキーセットの3曲。
困難をエネルギッシュに乗り越え前に進む力に勇気をもらいたい時にふさわしい。
しかし、少し心身ともに疲れぎみでこれら立派な曲を聴くのにはちょっとしんどい夜もある。
今は遠方への出張が続き、オフィス仕事もその影響で溜まりぎみ、おまけにこの梅雨の季節は体調も不安定になる。
そんな時には、弦楽四重奏曲でも10番「ハープ」と11番「セリオーソ」が聴きたくなる。
いずれも伝統的な四楽章形式でコンパクトにまとまり旋律も美しく聴きやすいし、それでいて音楽的な充実度は満点だ。
いくつかの演奏を聴き、特にこの二曲は「バリリ四重奏団」に極まると思う。
どんなに速いパッセージも彼らの演奏ではうるさくならず優美に奏でられる。
現代的なシャープな切れ味ではないけれど、少なくともこの二曲を聴くときは、むしろ慰めを求めているので、バリリの柔らかい響きが心に染み入るのだ。
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by maru33340 | 2016-06-25 09:18 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)
2016年 06月 18日

さらば、政治よ 旅の仲間へ

渡辺京二氏の新刊『さらば、政治よ 旅の仲間へ』を読み始めた。

まるで遺書のようなタイトルだけれど、内容もそう呼んで差し支えないもの。

熊本に住む著者は、今年4月14日に起きた大震災を経験し、この本のあとがきにその経験について触れている。

敗戦の翌年、16歳の著者は家屋を接収され六畳間に家族四人で住んだ。

「私は家主の許しを得て、そこに小さな座り机を持ち込み、その上にブルックハルトの『伊太利亜文芸復興期の文化』など手持ちの文庫本を何冊か並べて悦に入っていた。ガラス窓からは寒々とした冬景色が見えた。暖房なんてなかった。石炭は最早手に入らなかったから。日常口にするのは高梁の粥だった。でも、まだ十六歳だったので、なんともなかった、体力、気力とも十分だった。自分がラスコーリニコフになった気がして得意だった」

そういう経験を経て著者は「人間とは戦争や災害や飢饉に追われて流浪するのが本来のありかただと思い込むようになった」

しかし、八十五歳になった今年、大震災に見舞われ身の回りがめちゃくちゃになり生きているのが面倒くさくなってしまう。

しかし「(この本の)初校ゲラを校正しているうち、思い出したのは、あの仮住まいの二階の小さな机のこと。それが今その前に座っている座卓と重なった。私は遂にあの十六歳の小ラスコーリニコフに戻ったのである。あのときの私の前途には七十年の歳月が控えていた。今は残るは何年か。野戦攻城といえば恰好よすぎる。野宿ならぬ仮の住まいこそわが境涯と、ふたたび思い定める。そしてまた仮寝の夢を見よう。ラスコーリニコフの超人の夢などではない。この後どう生きるか、道が定まっている。心を新たにして旅の仲間と歩もう」

この本にはそのタイトルに込めた著者の赤裸々な肉声が随所に見て取れ胸が熱くなる。


さらば、政治よ: 旅の仲間へ

渡辺 京二 / 晶文社


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by maru33340 | 2016-06-18 09:50 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2016年 06月 16日

雨に煙る坂出コンビナート

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今年4回目の高松出張の帰りはさすがに疲れた。

東京で起きた茶番劇の顛末にも心塞がるやりきれない思いで、瀬戸大橋から眺める曇天の下に見える雨に煙る坂出コンビナートも、まるでタルコフスキーの映画の一場面のように重く沈みこんでいる。

新幹線の車中は冷蔵庫の中のように冷えて寒さにこごえそうになる。

読んでいる又吉直樹の『東京百景』の静けさとWALKMANで聴くクラウディオ・アラウの弾くドビュッシーの止まりそうに遅い演奏が、低く重く立ち込める窓外の黒い雲に似合うのが微かな救いだ。
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by maru33340 | 2016-06-16 18:35 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)
2016年 06月 13日

暴力と寛容の間で

先日日本で起きたアイドルを狙った暴力事件の記憶も新たな中、アメリカの歌手がサイン会で銃で撃たれ死亡する事件が起きた。
また同じフロリダのナイトクラブでは史上最悪の銃乱射事件が起きた。
(ここは同性愛者が集まることで知られていたのも背後に差別的なものを感じるし、某大統領候補が「イスラム教徒の入国を拒否する自身の見解は間違っていなかった」と気炎をあげているのも非常に不気味だ)

それぞれは別の事件だけれど、その背景には、世界的に自己中心的で閉鎖的な、他者に対する不寛容な精神状態の蔓延があるように感じてとても恐ろしい。
その感情は個人や集団を、自分以外、自分の所属する世界以外のものを容易に排除し殺傷することをも厭わない行動に走らせる火種となることを僕らは歴史の中で知っているのに、また同じ事が繰り返されようとしている…

暴力と寛容の間で僕らが出来ることは何か…
アーレントを読みながら自問する憂鬱な朝だ。
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by maru33340 | 2016-06-13 08:50 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2016年 06月 08日

梅雨の晴れ間に

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昨夜から降り続いていた弱い雨は止み、ひんやりとした空気の中に朝の光が射し込む。

道はまだ雨に濡れ、あちらこちらから鳥の鳴き交わす声が聞こえる。

梅雨は少しうっとおしいけれど、それだけに晴れた朝のありがたさを感じさせてくれたりする。

少し濃いめにいれた緑茶を飲みながら屋外を眺めていると、日々の仕事で疲れぎみの心が少しだけ楽になってくるよう。
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by maru33340 | 2016-06-08 05:40 | 日常 | Trackback | Comments(4)