新・クラシック音楽と本さえあれば

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2006年 12月 03日

ようやく風邪が良くなり

やっと風邪から回復してきたので、午前中会社で少し書類の整理をしてから、市電で町中の本屋へ出かけました。
今日買った本は…
◎『21世紀仏教への旅(インド編)』(五木寛之)
◎『八つの日本の美意識』(黒川雅之)
お昼は総曲輪の「つるや」で「けんちんそば」(野菜たっぷりで美味)。
帰宅後は、天気も崩れてきたので、ワルターのブラームス交響曲4番を聴きながら買ってきた本をぱらぱらと眺めて過ごしました。
そろそろ雪になりそうな気配です…
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# by maru33340 | 2006-12-03 17:42 | お勧めの本 | Trackback | Comments(0)
2006年 12月 02日

ドラマ「ウオーカーズ」を観る

NHKのドラマ「ウオーカーズ」最終回を観ました。毎回人生について考えさせられるとても良いドラマでした。小山薫堂さんの本でも書かれていた「それは誰かを幸せにするか」という問いに通じるものがありました。
果たして僕は人生において誰かを幸せにしているかな…と再び問い返してしまいました。
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# by maru33340 | 2006-12-02 22:12 | TV | Trackback | Comments(0)
2006年 12月 02日

『考えないヒント』(小山薫堂)

創刊された幻冬社新書の中の1冊『考えないヒント』を読了しました。面白かった。
小山薫堂さんの『フィルム』という小説を以前に楽しんで読んだのですが、この人は全くもって「楽しむことの天才」だなあと感じ入りました。
小山さんがこの本で語っている「新しい仕事を始める三つの条件」があります。
1.それは誰かがやっていないか。
2.それは誰かを幸せにするか。
3.それが自分にとって面白いか。
中でも一番大切なのは「それは誰かを幸せにするか」という事と小山さんは語ります。
果たして今の僕の仕事は誰かを幸せにしているかな…
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# by maru33340 | 2006-12-02 17:03 | お勧めの本 | Trackback | Comments(0)
2006年 12月 01日

『グレート・ギャツビー』を読む

風邪をひいて仕事を休み、熱っぽい頭で、布団の中で、村上春樹さんの新訳『グレート・ギャツビー』を読了しました。
まず文章が美しい事。随所に詩のような文章が存在します。
僕が気に入ったのは、例えばこんな文章。
「外では風音が高まり、港の方に雷鳴の微かなとどろきがいくつも聞こえた。それに合わせてウェスト・エッグじゅうの電灯が次々に灯されていった。帰途につく通勤客を乗せたニューヨークからの電車が、雨中を勢いよく突き進んでいた。それは人たるものが底深い変化を遂げる時刻であり、高ぶりが電波となって発せられていた。」
ギャツビーの人生は作者フィッツジェラルドと同じように、栄光と悲惨に彩られたものですが、それ自体が幸福や不幸を超えた完成された美しいものであると感じました。
前半のパーティー部分の会話は僕にはわからない所ですがラストのこんな文章は本当に美しい。
「ギャツビーは緑の灯火を信じていた。年を追うごとに我々の前からどんどん遠のいていく、陶酔に満ちた未来を。それはあのとき我々の手からすり抜けていった。でもまだ大丈夫。明日はもっと速く走ろう。両腕をもっと先まで差し出そう。…そうすればある晴れた朝に-
だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へと押し戻されながらも。」

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# by maru33340 | 2006-12-01 17:41 | お勧めの本 | Trackback | Comments(1)
2006年 11月 30日

「この世界は完成されつくされている」

村上春樹の新訳『グレート・ギャツビー』の長い後書を読んでいて、フィッツジェラルドの栄光と悲惨に染められた44年間の人生を改めて読み、今日読み終わった『どれくらいの愛情』の後書で作者の白石一文さんが書いている「この世界は完成されつくされている」という言葉を思い出しました。
確かにフィッツジェラルドの人生は、あまりに儚いものだったかも知れないけれど、彼の人生は(その悲惨や救いようのなさも含めて)それ以外にはあり得ないほど完成されています。そしてこんな言葉が相応しいかどうかわかりませんが、その完成された人生はとても美しいように思います。
白石一文さんが書いているように、もしかしたらすべて生きている人の人生は、彼の人生のように、どんなに悲惨で救いようがないように見えても、完成された美しいものなのかも知れません。
そう信じる事で、この戦争やいじめや犯罪に満ちた世界は、少しその様相を変えるかも知れません。
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# by maru33340 | 2006-11-30 23:11 | お勧めの本 | Trackback | Comments(0)
2006年 11月 30日

『どれくらいの愛情』(白石一文)

扁桃腺が腫れて熱が出てしまい今日は仕事を休み、友人に薦められた『どれくらいの愛情』をぼんやりした頭で読み始めました。
眠くなったらすぐに眠ろうと思い、最初の中編「20年後の私へ」を読み始めたら一気に小説の世界に引き込まれて、最後まで読了しました。
これは素晴らしい小説でした。
昨日の村上春樹のインタビューで、「小説家は心を深めると同時に、その深まりを文章化する能力を身につけねばならない」と語っていましたが、この作品はまさに「心の深まり」を文章化したもの。かなり僕の心に染み込みました。
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# by maru33340 | 2006-11-30 13:04 | お勧めの本 | Trackback | Comments(1)
2006年 11月 29日

「心を深める」ということ

今日(11月29日)の朝日新聞に、村上春樹さんが新訳の『グレート・ギャツビー』について語っているインタビューが載っていました。その中で村上さんが「(小説家は)心を深めると同時に、その深まりを文章化する能力を身につけなくてはなりません」と語っているのを読んで、「心を深める」という言葉に興味を持ちました。
「心を深める」とは果たしてどういう事をさすのだろう?
そのヒントを探すために『グレート・ギャツビー』を読んでみたいと思っています。
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# by maru33340 | 2006-11-29 23:58 | お勧めの本 | Trackback | Comments(0)
2006年 11月 26日

アーノンクールのモーツァルト

芸術劇場でアーノンクールとウィーンフィルによるモーツァルトを聴いています。
この人のモーツァルトは、昔聴いた25番の交響曲のデモーニッシュな印象が強く、あまり聴いていなかったのですが、今回聴いてみて、ピリオド奏法にこちらの耳が慣れたせいか、過激という印象はあまりなく、細かく変化するリズムとダイナミズムが聴いていて楽しく感じられました。
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# by maru33340 | 2006-11-26 23:15 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(0)
2006年 11月 26日

『詩心― 永遠なるものへ』(中西進)

この本のあとがきで著者は、「詩心といったものによって、われわれは俗悪な日常から救われているのではないか。」「詩心の中には永遠なるものへの希求がみちみちている。」と書いています。
その「永遠なるもの」を万葉集や短歌、俳句を素材に読み解くこの本には、随所に日常を超えた永遠の存在を語る箇所があり、その文章自体が詩であるように感じます。
例えばウクライナの詩人リュドミラ・スキルダさんの詩を評したこんな文章。
「人生にも似た儚さの中に散る桜は短命だが、これを瞑想し、叙情する時に、つまり芸術として言語化した時に、桜は融けない雪のような不滅さを獲得する。」
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# by maru33340 | 2006-11-26 16:40 | お勧めの本 | Trackback | Comments(0)
2006年 11月 25日

吉田秀和さんのインタビュー

『レコード芸術12月号』の吉田秀和さんのインタビューがとても面白かった。
今回の文化勲章受賞での特別な感慨は、という問いに、
「今まで私の仕事は、なにか一人で荒野を切り開いているような気がして、ひとりぼっちだと思っていましたが、(今回の受賞で)満天にはたくさんの星があって、昴とか北斗星とか、それは川端だったり紫式部かなんかだったりするかもしれないけれど、自分もその中のひとつにつながっていたと実感し、とてもうれしいと思った。」
と答えているのですが、この事(遠い遠い過去に自分がつながっているという思い)は、先日京都の祖父母のお墓参りの時に僕もとても強く感じた事でした。
その時から今日まで1週間がたちましたが、あれ以来、この何年かずっと感じていた強い肩凝りが不思議に消えていて、本を読んでいても書いてある言葉がすっと頭に入ってくるのでした。
不思議です。
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# by maru33340 | 2006-11-25 15:15 | お勧めの本 | Trackback | Comments(0)