新・クラシック音楽と本さえあれば

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2017年 11月 24日

再びバッハのカンタータの世界に

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今朝はグッと冷え込んでいる。
ベランダから見える富士山も朝焼けの中寒そうなシルエットを浮かべている。

朝の空気の中、今朝はバッハのカンタータBWV56《喜びて十字架を担わん》を聴いている。
この曲は、バスのための独唱カンタータで、冒頭のオーボエのソロによるから心を捕まれ、最後まで美しい旋律に満たされた名曲。

僕は遅くバッハに目覚めたから、宗教曲や声楽曲はなかなか敷居が高くておずおずと聴き始めたけれど、最初にこの曲に出会っていたら(難しいことは抜きにして)一気にその世界に入って行けただろう。
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# by maru33340 | 2017-11-24 06:58 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2017年 11月 22日

リヒテルおじさん、お久しぶり

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学生の頃。
熱に浮かされるようにして毎日グスタフ・マーラーの音楽を聴き続けていた時期がある。
(18歳から20歳位まで続いただろうか)
その後フランス音楽やドイツロマン派の音楽を聴くようになったけれど、結局学生時代にはバッハの音楽はほとんど聴かなかった。

初めてバッハの音楽が心から好きになったのはリヒテルによる「平均律」を聴いてからだから、もう40歳は超えていた頃だろうか。

リヒテルによる演奏は、ザルツブルクのクレスハイム宮殿での録音で、豊かな残響がありまるで霧の中から音楽が聴こえてくるよう。
ベーゼンドルファーのピアノによるたっぷりと分厚い音もまた官能的で、それまで何となく堅苦しいと感じていたバッハのイメージが変わった。

今朝、久しぶりにリヒテルの「平均律」を聴いて、何だか懐かしいおじさん(相変わらず恰幅が良くバリトンの良く響く声で話す)に再会したような気持ちになった。
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# by maru33340 | 2017-11-22 07:36 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2017年 11月 21日

冬の夜の平均律

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昨夜。

少し風邪気味で身体の節々が痛むから早めにベッドに入る。
目覚めれば夜中の12時。

夜の闇を眺めながらぼんやりしていたら、宇宙船で作業しているうちに、いつの間にかひとり真っ暗な闇の中に取り残されてしまった時(もちろんそんな経験はないけれど)のような淋しさに襲われた。

あたりに音はなく、星の瞬きだけが見えている…

ふいに音楽が聴きたくなり、グレン・グールドによるバッハの平均律を聴く。
ここには、やはり僕と同じように、宇宙の中にひとり取り残された男がいて、無心でピアノを抱え込むように演奏している。
しかし、彼は実に楽しそうにピアノの音に合わせハミングしながら身体を揺らしているのだ。

そのピアノと歌声を聴いているうちにいつの間にか淋しさは消えていた。

窓の外を見上げれば、空一面に星空が広がりオリオン座がひときわ明るくくっきりと浮かんでいた。
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# by maru33340 | 2017-11-21 06:12 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)
2017年 11月 20日

「書体」という宇宙に魅せられる

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先日本屋さんで偶然『文字と楽園 精興社書体であじわう現代文学』という本を見つけた。

著者の正木香子さんは未知の方だし、書体だけで一冊の本?しかも一つの書体についてだけの?と一度は棚に戻したけど、店内を一回りしてやっぱりまたその本を手にしていた。

「本に呼ばれる」という経験はごく稀にあって、ここは素直にしたがって読み始めたら、あまりに面白くて一晩で読了。
すぐに同じ著者の『文字の食卓』(こちらはさまざまな書体についての本)をAmazonで頼む。

今まで(書体について意識せずに)読んできた本が「ああこの本はこの書体、あの本はあの書体だったのか!」と目から鱗が何枚も落ちる。

こちらも面白くて、読み終わるのが惜しいほどです。
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# by maru33340 | 2017-11-20 06:27 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2017年 11月 19日

『浮世の画家』読了す

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ようやくカズオ・イシグロの『浮世の画家』を読了しました。

読んだことはあるはずだけど、そこは曖昧…

今回思ったのは、「こんなにも小津映画へのオマージュに満ちた小説だったのか!」という驚き。

主人公の「オノマスジ」の名前の響きは「オズヤスジロウ」に近いし、彼の長女は節子、次女は紀子とわかりやすい。

物語が少し婚期が遅れた次女の結婚を巡る話が縦糸になっているのも全く小津の世界。

戦争中、戦意高揚に寄与する絵画を描き高く評価されたが、戦後はそれゆえ周囲から冷たい目で見られるという主人公には藤田嗣治の人生が重なって見える。

カズオ・イシグロはそれら既知の枠組みを借りて、主人公のモノローグで時間を行き来しながら物語を進める。

物語は核心の周りをぐるぐると回るけれど、肝心の核心には行き着かないもどかしさが最後まで残る。

もしかすると彼は、物語の内容より「語る」という形式の冒険に重点を置いているのでは、と推測しました。

もう何冊か読んでみたいと思います。
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# by maru33340 | 2017-11-19 09:24 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2017年 11月 18日

ドナルド・キーンさんの講演会から

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昨日のドナルド・キーンさんの講演会「聞かせてキーン先生」から印象に残ったこといくつか。
(自身の心覚えとして)

18歳の時、タイムズスクエアの本屋でアーサー・ウエーリー訳『源氏物語』に出会い日本語を学ぼうと決意する。

戦争中日本兵捕虜の通訳を務める(23歳)。戦後中国で日本兵の戦犯調査の任務につくも、その調査にいたたまれず除隊を申請。焼け野原の東京に立ち寄り、親しくなった日本人捕虜たちから託された手紙を持ち、消息を家族に伝えて回る。キーンさんを見た家族は、最初はひどく恐れ警戒するも彼が訪ねてきた目的を知ると涙を流し喜んでくれた。

日本からハワイへ戻る上陸用舟艇から見たピンク色に染まる富士山に向かい「再び日本へ戻れるように」と祈った。

ニューヨークに戻り大学院で角田柳作先生に日本文学を学ぶ。
31歳の時に日本留学の夢がかない、京都に住み、谷崎潤一郎や三島由紀夫らと親交を結ぶ。

谷崎潤一郎夫人松子さんは聡明で非常に美しく、日本からアメリカに帰国する際の御餞別には松子さんの舞を所望した。(その姿はまるで天女のようだったいう)

三島由紀夫の死の1ヶ月前に二人で伊豆下田を旅する。(昨日はその時二人が書いた絵馬を見ることが出来た)
二人で蟹を七杯食べる。三島は時折何事かを胸に秘めている表情を浮かべたが最後まで何も語ることはなかった。
三島から届いた最後の手紙には「あなたには私の心を全て理解していただけると思うから」と事件については多くは書かれていなかった。

1974年(54歳)から東京都北区無量寺の近くに住み現在までその場所に住み続けている。(「近所の人は皆私のこと知ってます(笑)」) 2011年(89歳)東日本大震災の後「今こそ私は日本人になりたい」として日本国籍を取得。
2014年には無量寺の垂れ桜の下に自身の墓を建てる。

キーンさん(現在95歳)が、講演会の最後にこれだけは言っておきたいとして「長い間生きてきたけれど今が一番楽しい」と笑顔で語る姿に、こんなにも日本をそして人生を愛している人が今目の前にいるということに胸が熱くなるのを感じました。
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# by maru33340 | 2017-11-18 07:49 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2017年 11月 17日

ドナルド・キーンさんに会いに

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今日は叔父さんに誘われ静岡の日本平ホテルで開催されたドナルド・キーンさんの講演会に参加。

キーンさんは95歳。
さすがに足元は少し危ういけれど、ユーモアに満ちた語り口は楽しく「長く生きてきたけれど今が一番楽しい」という言葉が心に残る。

また、キーンさんと交流のあった谷崎潤一郎の奧さま松子さんの自筆の色紙(本邦初公開!)は、その文字のたおやかな美しさに、まるで目の前に松子夫人が現れたような気がするほど。

講演会が始まる前には厚い雲に覆われ見えていなかった富士山も、講演会が終わり窓外を眺めれば目の前に綺麗な姿を見せてくれ、まさに絵のような美しさに息を飲みました。
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# by maru33340 | 2017-11-17 21:24 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2017年 11月 16日

時がもたらす成熟の音楽

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イギリスルネサンス期の宮廷作曲家ウィリアム・バードによる「三声、四声、五声によるミサ曲」を聴く。

バードが生きた頃のイギリスは、英国国教会というプロテスタント教会を成立させたばかりでカトリックはご法度だった。
バードはカトリック教徒だったから、これらミサ曲を書くことには危険が伴い、数々の弾圧にも耐えながら秘密ミサに通いこれらのミサ曲を書いたという。

演奏者のヒリヤード・アンサンブルは男性だけのコーラスグループ。

ひそやかな秘密ミサの雰囲気を彷彿とさせる清潔で真っ直ぐな歌声を聴いていると、いつの間にか時を超えて古いヨーロッパのひなびた教会に座って、ステンドグラス越しに柔らかい朝の光が射し込むのを眺めているような気がしてくる。

それは小さな蒸留所で長く寝かされた古酒のように、豊潤でありながらこれみよがしな所がない静かな味わいで、時の蓄積だけが持つ成熟を感じさせてくれます。
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# by maru33340 | 2017-11-16 07:39 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)
2017年 11月 14日

古酒には古酒の味もある

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寒い夜だから、古い(ルネサンス時代)の音楽を聴く。

良いものに古いも新しいもない。
良いものは良く、良くないものは良くない。

聖書は「新しい酒は新しい革袋に入れよ」という。

それは確かにそうだろう。

しかし、古い革袋に入った古い酒にもひなびた味わいがある。

そんなごくごく当たり前の場所に帰らなくちゃなあ、とふと思う今日この頃です。
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# by maru33340 | 2017-11-14 20:45 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2017年 11月 13日

土鍋に笹舟を浮かべて

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「土鍋に水をはる。昆布を1枚、笹舟のようにそっと浮かべる。出がけにそれだけしておくと、きょう一日を見とおせる。ちょっと一杯、寄っていこうよ。帰り道で誘われても、流しの舟がまぶたに浮かぶ。残念ですが、先約が。すんなり声にできる。だれもいない部屋に、ゆらり広がっているはずの昆布1枚。律儀でしまりやのおかみさんのように、待っている。それだけで、家路に迷うわけにはいかなくなる」
(石田千著『箸もてば』より)

こんな文章を読んでしまっては、昆布を買って土鍋に浮かべないわけには行かないから、最近は「豚肉とホウレン草の常夜鍋」をつまみに日本酒を少々…の日々が続いています。
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# by maru33340 | 2017-11-13 08:20 | お勧めの本 | Trackback | Comments(5)