新・クラシック音楽と本さえあれば

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2017年 03月 12日

『騎士団長殺し』から『ドン・ジョヴァンニ』へ

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村上春樹の新刊『騎士団長殺し』では一枚の日本画が重要な役割を持つけれど、いつもの彼の小説にも増してクラシック音楽も直接そのテーマに関わってくる。

中でもタイトルからしてそのものズバリのように『ドン・ジョヴァンニ』はこの小説に通奏低音のように流れ続けているから、読みながら聴きたくてたまらなくなってくる。

演奏はやはり重厚で迫力のあるオットー・クレンペラーによるものが、冒頭の一音から僕を引きこんで込んで離さない。
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# by maru33340 | 2017-03-12 09:52 | 未分類 | Trackback | Comments(5)
2017年 03月 08日

久保田万太郎のことなど

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長編小説を読み終えた後はあまり長い物語を読むような心持ちになれないので、本棚から久保田万太郎の俳句を集めた本『こでまり抄』(ふらんす堂)を取り出して眺める。

小振りですっきりとした装幀も好ましい。

久保田万太郎は浅草に生まれた小説家・劇作家・俳人。
若い時にも少し読んだけれど、この歳になって再読するとその俳句がじんわりと心にしみるよう。

いくつか。

ぬれそめてあかるき屋根や夕時雨

年の暮れ形見に帯をもらひけり

あきかぜのふきぬけゆくや人の中

湯豆腐やいのちのはてのうすあかり

小でまりの花に風いで来たりけり
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# by maru33340 | 2017-03-08 20:38 | 未分類 | Trackback | Comments(6)
2017年 03月 07日

村上春樹の新刊は

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村上春樹の新刊『騎士団長殺し』(第1部・第2部)を読了。
僕は『風の歌を聴け』以来村上春樹の新刊を読み続けてきた(最近はちょっとマンネリ気味で惰性で読んできた)けれどこの作品には引き込まれ一気に読了した。
その理由は3つ。

第1に、この作品には彼の小説の重要な要素(壁、穴、謎、異空間等etc.)がほぼ含まれていて、まるで村上春樹作品の見本市のように楽しめること。

第2に、プロットがシンプルで謎に導かれてぐいぐい読ませる力があること。

第3に(個人的にはこれがツボだったけど)主人公(クラシック音楽好き)が画家(肖像画家)で、「雨田具彦」という画家による謎の日本画が作品の鍵になっていること。(記憶にある限り村上春樹の長編小説で絵画が鍵になっている小説はないように思う)

そんなわけで、もし「まだ読んでないけどこの小説は面白いかなあ…」と思っている方がいらっしゃったら「もし絵画(とクラシック音楽)に興味がおありでしたら、面白いことは請け合いますのでまずは読んでみて下さい」とお薦めしたいと思います。
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# by maru33340 | 2017-03-07 06:22 | 未分類 | Trackback | Comments(5)
2017年 02月 23日

春なのに「冬の旅」

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各地からぼちぼち春の便りが聞こえてくるこの季節、シューベルトの音楽にはまった僕はこのCDと本で『冬の旅』に出掛けることにした。

ポストリッジの声は軽く美しいテノールなのであまり沈鬱になりすぎることなく、アンスネスのピアノも感情過多にならずバランスがとても良い。

しばし(想像の中で)ドイツの冬の荒野をさ迷い歩いてきます。
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# by maru33340 | 2017-02-23 22:48 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)
2017年 02月 20日

吉田健一の「春」

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長谷川郁生さんの『本の背表紙』というエッセイを本棚で見つけて、この著者があの大著『吉田健一』の著者だと初めて気がつき自分のうかつさに改めて気がつきながら、エッセイに引用されている吉田健一の「春」の冒頭の文章を読んでそのあまりに吉田健一的な表現に思わず笑ってしまった。

「余り冬が長かったのでその風に切られながらそのうちに春になるといふことが想像出来なかった。その春になっていまは眠い。」

長くブログをご無沙汰してしまったけれど、冬を過ごした虫たちがそろりそろりと穴から這い出すように少しずつ書き始めようかなという気分になっています。
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# by maru33340 | 2017-02-20 08:27 | 未分類 | Trackback | Comments(6)
2016年 10月 01日

理想のショパンとは

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青柳いづみこさんの新刊『ショパン・コンクール』(中公新書)はとても興味深い本だった。

2015年のショパン・コンクールの裏側を生々しく描いたレポートは、クラシック音楽と言えども国や師匠の政治的な思惑と無縁ではなく、当然の事とは言え「コンクールとは一体何だろう?」と考えさせられてしまう。

また、ショパン演奏の2つの流れ(「ロマンティック派」と「楽譜に忠実派」)を軸とした(時に辛辣な)演奏評は青柳さん自身優れたピアニストだからとても説得力がある。

しかしこの本はそれだけに留まらない様々な問題提起を(主にエッセイで)読むものに投げかける。
特に最後のエッセイ(「ディーナ・ヨッフェとの対話」)ではコンクールの未来、ピアニストの人生にまで射程が及びあれこれと考えを誘う。

更に僕が刺激を受けたのは「2015年の神はソコロフ」というエッセイ。
2015年のショパン・コンクールのファイナリストの中の9名へのインタビューにおいて何と7名のピアニストが「理想のピアニストは誰か?」という問いかけに対して「グレゴリー・ソコロフ」の名前を挙げているのだ。

僕は恥ずかしながらソコロフの演奏を聴いたことがなかったので、果たしてそんなに凄い現役ピアニストがいるのかしら?と半信半疑ながら少し気になりAmazonで「ザルツブルク・リサイタル」というアルバムを取り寄せ聴いてみた。

そしてソコロフというピアニストが空前絶後のピアニストであると初めて知った。

リサイタルはモーツァルトのピアノ・ソナタ2曲とショパンの前奏曲。
そこに6曲!のアンコールが加わる。

モーツァルトではアダージョ楽章が、まるでシューベルトの晩年のソナタのように深くデモーニッシュに響き唖然とする。

そして何と言ってもショパンの前奏曲の凄さには言葉を失ってしまう。
先のコラムでディーナ・ヨッフェが「ポーランドでは柔らかくシンプルな演奏が好まれるようですが、私自身はショパンをもっと激しく、単に綺麗なだけではなく複雑で深い音楽ととらえています」と語っているけれど、ソコロフのショパンは本当に激しく複雑で深い音楽になっていて、まるでシェイクスピアの最良の舞台を見ているように、時に深淵でありながらユーモラスでもあり、繊細さと暴力的なまでの力強さが同居し、聴いていて魂を鷲掴みにされて激しく揺さぶられるような感覚に充たされ、まるで自分の細胞の1部が入れ替わってしまったようなカタルシスがあるのだ。

こんな音楽はもしかすると初めてかも知れない。

ソコロフ、こんなに怖ろしいまでのピアニストがいたとは…
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# by maru33340 | 2016-10-01 22:37 | 未分類 | Trackback | Comments(8)
2016年 09月 22日

何十年ぶりの…

昨夜、来月会社を卒業される先輩がアートハウスの展示を見に来て下さったので、ささやかな送別の宴を開きあれこれ歓談し愉しい夜を過ごした。

話の中で、昔僕の上司だった人と先輩が同期だったことを知った。

もう何十年も前の事だからもう時効だけれど、その頃の部門長が非常に激しい人で、ふとしたことで僕はその人の逆鱗に触れて半年くらい仕事を与えられず単純作業しかさせてもらえない時期があった。
(今ならパワハラとして訴える事例かも知れないけれど当時はそんな言葉さえなかった…)

その時の僕の上司(先輩の同期)はとても穏やかで、玄人はだしの絵を描くような文化人でとても尊敬していたのだけれど、その時は部門長を怖れて僕をかばってくれることはなく、会社でも口をきくこともないまま転勤で別れて以来今まで一度も会うことはなかった。

その時期はとても辛い時期で、ひどい心の傷になり、あれから何十年も経つのにいまだに時々古傷のように思い出すことがあった。

昨夜先輩からその上司だった人から「あの時は彼(僕のこと)にとても悪いことをしてしまった。もし会うことがあったら本当に申し訳なかった、と伝えてほしい」と言われたのだと教えてもらい、彼も長く辛い時期を過ごしていたのだと知り、涙が止まらなくなった。

何十年ぶりに凍っていた時間が溶けだし、胸のつかえが降りたような気がした夜だった。
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# by maru33340 | 2016-09-22 20:18 | 未分類 | Trackback | Comments(4)
2016年 09月 14日

晩夏の夜更けに

狂おしい暑さの後には激しい雨が降り続き、そんな夏がいつまでも続くかと思っていたのに、気がつけば秋の虫が鳴きかわし、湿り気を帯びた風にはひんやりとした空気が混じりいつの間にか季節は晩夏の様相。

陽は日に日に短くなり黄昏が胸に迫り、失った時間が戻らぬ切なさの中に佇む時間が増える。

ここ数日、坂本龍一のピアノに大貫妙子の浮遊感のある声が寄り添う美しいアルバム「UTAU」を繰り返し繰り返し聴いている。

まるで三島由紀夫の初期の短編小説のような売野雅勇による歌詞が晩夏の季節に似合う。

 眼差しの不実さと
 気高さに溺れてた

 狂おしい夏だった
 青空も 声も
 小さな死のように

 これ以上 愛さない
 禁じる愛おしさで
 瞳は 傷口と知る魂の

もう、秋がきたのだ。

UTAU(2枚組)

大貫妙子 & 坂本龍一 / commmons


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# by maru33340 | 2016-09-14 00:42 | 日常 | Trackback | Comments(5)
2016年 09月 09日

昭和からの呼び声

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夜半「ラジオ深夜便」を聞いていたら、女優の木野花さんが青函連絡船について語っていた。

青函連絡船には高校生の頃北海道への修学旅行の時に乗ったことがある。
この船は青函トンネルの完成により昭和63年に就航を終えたからまさに昭和と共に姿を消したことになるなあ、などと考えていたら、今は姿を消した昭和のあれこれと共に小学生から高校生の頃の日々を思い出した。

小学生の頃、まだ大阪に住んでいたので何度も通った万博で1度だけ「月の石」を見たこと。

父の転勤のため東京に引っ越し、その勤め先の旧丸ビルを見に行ったこと。

有楽町にあった旧日劇で映画(「キングコング」だったか)を見たこと。

今はなき浅草国際劇場にその頃ファンだった小柳ルミ子ショーを見に行ったこと。

54歳の若さで亡くなった爆笑王先代林家三平の高座を1度だけ生で見たこと。

まさに日本の高度経済成長とその終焉に向かう時代のど真ん中に、若き日を過ごしてきたのだなあ…
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# by maru33340 | 2016-09-09 05:41 | 未分類 | Trackback | Comments(4)
2016年 09月 06日

ラジオから聞こえる遠い響き

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昨夜、今年何度目かもうわからないくらいになった高松出張から戻る。

遠距離の移動には慣れたもののやはり疲労が残り、テレビを見るのも本を読むのもおっくうで、ふとスマホでラジオをつけニュースや天気予報を聞いてみた所、アナウンサーの遠い世界から語りかけるようなひっそりと落ち着いた声に心慰められた。

そのままNHKのラジオソフト「らじる★らじる」で過去のアーカイブ番組や、夜中の「ラジオ深夜便」を聞いているうちにいつの間にか眠りについた。

今朝はNHKFMの「古楽のたのしみ」で微かに愁いを帯びたイタリアのバロック音楽を聴きながら新聞を眺め、緩やかな気持ちになっている。

しばらくラジオにはまりそうな予感がしています。
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# by maru33340 | 2016-09-06 06:52 | 未分類 | Trackback | Comments(3)