新・クラシック音楽と本さえあれば

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2017年 07月 23日

演劇的な、あまりに演劇的な

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脚本家坂元裕二の作品『往復書簡 初恋と不倫』を届いたその日に読了した。
(友人もまた同じ日に届いたその本を読んでいた)

元は舞台で演じられた脚本。
男女の往復書簡(メールも含む)による作品が二つ。

最初の作品を読み始めそのスリリングな展開に時を忘れ(息をするのも忘れる程)引き込まれ読み終えて深いため息をついた。

坂元裕二のドラマ『カルテット』や『最高の離婚』等で僕らが良く知っている、はぐらかすようで実は繋がっているストーリー、細部への異様なこだわり、一筋縄ではいかない人物像等の手法が「二人」という限定された設定によってより鮮明に浮かび上がる。

この作品はまさに弦楽四重奏曲のように、ひとつひとつの楽器(人物)が時に融和しそして反発し、時に対話しそして闘い、時に破綻しながらもクライマックスを迎え終局に向かう。

坂元の作劇術の「核」にあるものに触れるような思いのする演劇的な、あまりに演劇的な作品で、実際の舞台で生身の役者によって演じられるのを観たいと(読みながら何度も)渇望した。
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# by maru33340 | 2017-07-23 06:02 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2017年 07月 19日

『夏の砦』再読

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先日新聞で辻邦生さんの小説『夏の砦』を巡る展覧会が学習院大学の史料館で開催されると知る。

懐かしい書名に久しぶりに出会い再読したくなり調べてみると、今は文庫本は絶版となっているらしく古本を注文し昨夜届いたので早速読み始めた。

この小説は何度も読んだはずなのに物語ほとんど覚えておらず、しかし主人公の支倉冬子の事はしっかり記憶にあり、というより、僕が学生時代に書いた拙い小説(今読むと赤面してしまうほど)の主人公はまるで冬子そのものだったことを鮮明に思いだした。

学生時代にはその知識はまったくなかったヨーロッパのタピスリーや染織の事を今は仕事を通じて少し知ったので、冬子の手記が一層胸に迫るような想いがあり、物語が我が事のように感じられ、まるで身体ごとその世界に引き込まれるような気がする。

この小説に再会したことが、もしかするとこれからの僕の生き方を左右するかも知れない、そんな予感さえしています。
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# by maru33340 | 2017-07-19 05:24 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2017年 07月 18日

「ラ・ヴァルス」、夜の冷たい熱狂

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連日の猛暑。
少しでも涼しくなる音楽を求め最近はラヴェルの音楽三昧。

モニック・アースのラヴェルピアノ音楽全集は、彼女のクールで泡立ちの良いピアノの音が良く冷えた上質のシャンパンを感じさせてくれるから、夜に朝に聴いていて飽きることがない。

このアルバムを聴いていると、ドビュッシーの音楽が水の音楽なら、ラヴェルの音楽は夜の音楽なのだとつくづく実感する。

アンドレ・クリュイタンス指揮パリ管弦楽団によるラヴェル管弦楽全集も最近また改めて聴き直してその演奏の素晴らしさを改めて実感している。

サンソン・フランソワのピアノによる2つのピアノ協奏曲は「粋」という言葉を音楽にすればこうなるというお手本のようだし、「ボレロ」や「ラ・ヴァルス」の夜の薫りに満ちた冷たい熱狂は他の演奏からは感じること出来ないものだ。

まだまだ夏はこれから。
しばらくラヴェルの音楽に涼を求める日々が続きそうです。
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# by maru33340 | 2017-07-18 12:16 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2017年 07月 13日

「無印良品」の本のこと

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先日本屋で見つけた「MUJI BOOKS」。
いかにも「無印良品」というデザインが楽しい。
小振りで薄めの文庫本サイズだけれど編集が良く内容も充実している。

小津安二郎と柳宗悦の考え方は「日々の生活の中に美しいものを取り入れ丁寧に暮らす」という今回のアートハウスの展覧会のテーマのお手本にもなるよう。

小津の「何でもないものも二度と現れない故にこの世のものは限りなく尊い」という言葉は、"ものの哀れ"という日本人の心の奥深くに潜んでいる感受性のあり方を一言で表現した美しい言葉だと思う。
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# by maru33340 | 2017-07-13 06:59 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2017年 07月 04日

ドビュッシー、水の音楽

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午後遅くから降り始めた雨はやまないまま夜まで降り続いている。

今年は梅雨らしい雨が降らないなあと思っていた矢先のいかにも梅雨らしい雨。
雨音を聴きながらぼんやりしていたら突然ドビュッシーのピアノ音楽が聴きたくなった。

彼の音楽はどれも水を感じさせる。
たゆたうような息の長いメロディー、雨に洗われた石畳のように清新な和音。
聴いているうちに自分が綺麗な水の中をゆらゆらと泳いでいるような心持ちになる。

演奏はフランスの往年の名ピアニストのモニック・アースで。
楷書で折り目正しくきっちりとした清潔なドビュッシーです。
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# by maru33340 | 2017-07-04 21:18 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)
2017年 07月 01日

朝霞みと星空

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朝、何物かが身体に乗っているような重さを感じ目覚める。
ベランダから窓の外を見ると白いモヤがかかり、いつもは見えるスタジアムの姿も霞んで見えない。
温湿度計を見ると湿度は89%。
身体に乗っていたのは重たい湿気だったのだ。
気だるさを振り払うために、内田光子の弾くベートーヴェンのピアノ・ソナタ32番を聴く。
この曲を聴いているといつも冬の夜空に星がまるで音をたてるかのように瞬いている光景を思う。
今見えている星は、数千年から数万年前の光だと聞いたことがある。
それを思うと悠久の時の流れを感じ少し気持ちも晴れるような気がします。
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# by maru33340 | 2017-07-01 08:10 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2017年 06月 28日

漂い、途切れ、楔打ち込む

曇天の朝、もうすぐ7月になるというのに朝晩はぐっと冷え込み肌寒く気分も重たい。

朝起きてふいにベートーヴェンのピアノソナタ31番の終楽章が聴きたくなり、ヴァレリー・アフェナシェフによる演奏を聴き始めた。

作曲者自身が「アリオーソ・ドレンテ(悲しみの歌)」とよんだ導入部の旋律は思わず居ずまいをただすような深い悲しみに満たされ、聴いているといつの間にか自分が深い森の中をさまよい歩いているような心持ちになってくる。

アフェナシェフの非常に遅い(森をさまよう途中で道に迷い立ち止まり暗い空を見上げる時のように時折音楽が途切れ重たい楔を打ち込むような)演奏はこの曲にはとてもふさわしい。

1つの音の残響が霧があたりに濃くたちこめるように漂う中にゆっくりと次の音が重なるのを聴いていると、呼吸は深くなり何か大きなものに包まれているような(悲しみと安堵が入り交じった)不思議な感情に満たされため息をつくのだ。
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# by maru33340 | 2017-06-28 05:52 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(3)
2017年 06月 25日

老子曰く

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政治迷走し、天変地異続き、美しい人早世し、空は曇り気持ちは晴れぬ。

人の世の生きにくいことは世の東西を問わぬかも知れぬ。

そんな折、昨日偶然書店で見つけた『老子の教え』(安冨 歩 訳、ディスカヴァー21 刊)。

冒頭の文章がスッと胸に入ってきた。

☆☆☆

もしかするとあなたは、
目の前にあるものごとを、
確かにそこにあると、思い込んでいるかも知れない。

しかし、
どんなに避けがたいと、あなたが思い込んでいることでも、
やがて消え去り、あるいは変化する。
どんなことでも、どんなものでも、いつどうなるかわからない。
開かれたものとして、そこにある。

ものごとは、変化し、
生まれては滅ぶ。
そのあやうさをおそれる必要はない。

それどころか、
あなた自身が、可能性に満ちたものとしてあることを理解すれば、
あなたは、わけのわからぬ不安から解放されるはずだ。

☆☆☆

老子は不思議な本だ。
わからなくなると全くわからないのに、ふいに心に染み入ったりする。



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# by maru33340 | 2017-06-25 20:33 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)
2017年 06月 21日

雨の朝のバルトーク

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朝、したしたという雨音で目覚める。
窓を開けると空気は湿り気を帯び少し肌寒い。

不規則な雨音を聴きながら、この音は何かに似ていると感じ、それが高橋悠治の弾くバルトークの初期ピアノ曲集だと気づいた。

「傷ついた心 さまよう音楽」というサブタイトルがついたこのアルバムには、若きバルトークの個人的な経験と民俗音楽の影響から生まれた(まるで音が生まれやがてそれが音楽に変わる瞬間に立ち会うような)繊細でそれでいて荒々しい曲たちが収められている。

小さな音でこのアルバムを聴いていると、その音楽が雨音と溶け合い、次第に自分が雨の降るハンガリーの深い森をさまよい歩いているような心持ちになってくるようだ。
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# by maru33340 | 2017-06-21 05:22 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2017年 06月 20日

ゲオルグのマタイは

その冒頭からオーケストラは力溢れ
合唱は涙流しながら
声を限りに叫ぶ

マタイの最初の曲を聴いただけで
3時間以上のこの曲を最後まで
聴き終えたような深々とした想いに
満たされる

しかしゲオルグが74歳にして始めて
この曲を録音した時
多くの人は戸惑いをもって
少し遠巻きにして
あまりその演奏を聴かなかった

ヴァーグナーやマーラーではなく
マタイ?
あの彼が?
何故?


ゲオルグ・ショルティの
マタイはしかし
他の誰のものとも違う
耀きと敬虔な気持ちに充たされている

バラバ!の叫びが
こんなにも悲痛に
自ら放った矢が我が身に帰りくる
痛みを
感じさせる演奏を
私は知らない
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# by maru33340 | 2017-06-20 05:10 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(3)