新・クラシック音楽と本さえあれば

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2017年 07月 27日

「これから」が「これまで」を決める?

理論物理学者の佐治晴夫氏のインタビューを何気なく読んでいてこんな言葉に出会った。

「自分の体を構成している60兆の細胞のうち、約1%、つまり6千億が一晩のうちに入れ替わるそうです。昨日と同じ自分はもうどこにもいないし、数ヶ月後には別人と言ってもいいでしょう。そう考えると、人は何回でも生まれ変われる。
よく、「過去・現在・未来」といいますね。この時間の流れから考えると、「これまで」が「これから」を決めると思うかもしれません。でも、いまみなさんが思い浮かべている過去は、脳の中にメモリとして残っているものに過ぎず、実在しているものではありません。とすると、これからどのように生きるかによって、過去の価値は、新しく塗り替えられることになります。未来が過去を決める、「これから」が「これまで」を決めるのです」

最後の「これからがこれまでを決める」という言葉はつい最近会社の研修で出会い気になっていた言葉だったのでそのシンクロニシティに少し驚いた。

「過去は未来によって新しく塗り替える事が出来る」という考え方は、ともすれば過去を振り返り反省しがちな僕には新鮮な考え方で、少し心に光が射し込んで来るように感じます。
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# by maru33340 | 2017-07-27 06:30 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)
2017年 07月 26日

いにしえの王女のために

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昨日今日は蒸し暑いけれど陽射しは少し雲に遮られ、ジリジリするような暑さからは少し解放された。
あまり暑いと蝉も鳴かないようだけれど今朝はあちらこちらから鳴き声が聞こえてくる。
少しでも爽やかな朝になればとサンソン・フランソワのピアノによるラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」を聴く。
ベラスケスの描いたマルガリータ王女の肖像画からインスピレーションを得て作曲されたとも言われているこの曲をフランソワは詩情豊かに弾いている。
彼独特のテンポの揺れはラヴェルの音楽にふさわしく、いにしえの王宮の王女に思いをはせ一時暑さを忘れる。
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# by maru33340 | 2017-07-26 05:49 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(4)
2017年 07月 24日

夏の朝のブラームス

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曇天の掛川を出発し出張のため東京に向かう。
昨夜友人からきた「夏の夜にブラームスを聴いています」というメールを思い出し、フランスの往年の名ヴァイオリニスト、ミッシェル・オークレールによるブラームスのヴァイオリン協奏曲(1958年録音)を聴き始める。
厳し過ぎずしかし甘すぎないその音色から、ブラームスがこの曲に秘めた詩情と香気があたりに花びらが散るようにこぼれ落ちるよう。
しかしベルイマンの映画のワンシーンのような彼女のジャケットの表情から、将来を嘱望されながら左手の故障により30代の若さで第一線から退かざるを得なくなった哀しみのようなものを感じるのは少し感傷的に過ぎるだろうか。
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# by maru33340 | 2017-07-24 08:12 | お勧めの本 | Trackback | Comments(5)
2017年 07月 23日

演劇的な、あまりに演劇的な

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脚本家坂元裕二の作品『往復書簡 初恋と不倫』を届いたその日に読了した。
(友人もまた同じ日に届いたその本を読んでいた)

元は舞台で演じられた脚本。
男女の往復書簡(メールも含む)による作品が二つ。

最初の作品を読み始めそのスリリングな展開に時を忘れ(息をするのも忘れる程)引き込まれ読み終えて深いため息をついた。

坂元裕二のドラマ『カルテット』や『最高の離婚』等で僕らが良く知っている、はぐらかすようで実は繋がっているストーリー、細部への異様なこだわり、一筋縄ではいかない人物像等の手法が「二人」という限定された設定によってより鮮明に浮かび上がる。

この作品はまさに弦楽四重奏曲のように、ひとつひとつの楽器(人物)が時に融和しそして反発し、時に対話しそして闘い、時に破綻しながらもクライマックスを迎え終局に向かう。

坂元の作劇術の「核」にあるものに触れるような思いのする演劇的な、あまりに演劇的な作品で、実際の舞台で生身の役者によって演じられるのを観たいと(読みながら何度も)渇望した。
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# by maru33340 | 2017-07-23 06:02 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2017年 07月 19日

『夏の砦』再読

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先日新聞で辻邦生さんの小説『夏の砦』を巡る展覧会が学習院大学の史料館で開催されると知る。

懐かしい書名に久しぶりに出会い再読したくなり調べてみると、今は文庫本は絶版となっているらしく古本を注文し昨夜届いたので早速読み始めた。

この小説は何度も読んだはずなのに物語ほとんど覚えておらず、しかし主人公の支倉冬子の事はしっかり記憶にあり、というより、僕が学生時代に書いた拙い小説(今読むと赤面してしまうほど)の主人公はまるで冬子そのものだったことを鮮明に思いだした。

学生時代にはその知識はまったくなかったヨーロッパのタピスリーや染織の事を今は仕事を通じて少し知ったので、冬子の手記が一層胸に迫るような想いがあり、物語が我が事のように感じられ、まるで身体ごとその世界に引き込まれるような気がする。

この小説に再会したことが、もしかするとこれからの僕の生き方を左右するかも知れない、そんな予感さえしています。
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# by maru33340 | 2017-07-19 05:24 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2017年 07月 18日

「ラ・ヴァルス」、夜の冷たい熱狂

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連日の猛暑。
少しでも涼しくなる音楽を求め最近はラヴェルの音楽三昧。

モニック・アースのラヴェルピアノ音楽全集は、彼女のクールで泡立ちの良いピアノの音が良く冷えた上質のシャンパンを感じさせてくれるから、夜に朝に聴いていて飽きることがない。

このアルバムを聴いていると、ドビュッシーの音楽が水の音楽なら、ラヴェルの音楽は夜の音楽なのだとつくづく実感する。

アンドレ・クリュイタンス指揮パリ管弦楽団によるラヴェル管弦楽全集も最近また改めて聴き直してその演奏の素晴らしさを改めて実感している。

サンソン・フランソワのピアノによる2つのピアノ協奏曲は「粋」という言葉を音楽にすればこうなるというお手本のようだし、「ボレロ」や「ラ・ヴァルス」の夜の薫りに満ちた冷たい熱狂は他の演奏からは感じること出来ないものだ。

まだまだ夏はこれから。
しばらくラヴェルの音楽に涼を求める日々が続きそうです。
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# by maru33340 | 2017-07-18 12:16 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)
2017年 07月 13日

「無印良品」の本のこと

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先日本屋で見つけた「MUJI BOOKS」。
いかにも「無印良品」というデザインが楽しい。
小振りで薄めの文庫本サイズだけれど編集が良く内容も充実している。

小津安二郎と柳宗悦の考え方は「日々の生活の中に美しいものを取り入れ丁寧に暮らす」という今回のアートハウスの展覧会のテーマのお手本にもなるよう。

小津の「何でもないものも二度と現れない故にこの世のものは限りなく尊い」という言葉は、"ものの哀れ"という日本人の心の奥深くに潜んでいる感受性のあり方を一言で表現した美しい言葉だと思う。
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# by maru33340 | 2017-07-13 06:59 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2017年 07月 04日

ドビュッシー、水の音楽

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午後遅くから降り始めた雨はやまないまま夜まで降り続いている。

今年は梅雨らしい雨が降らないなあと思っていた矢先のいかにも梅雨らしい雨。
雨音を聴きながらぼんやりしていたら突然ドビュッシーのピアノ音楽が聴きたくなった。

彼の音楽はどれも水を感じさせる。
たゆたうような息の長いメロディー、雨に洗われた石畳のように清新な和音。
聴いているうちに自分が綺麗な水の中をゆらゆらと泳いでいるような心持ちになる。

演奏はフランスの往年の名ピアニストのモニック・アースで。
楷書で折り目正しくきっちりとした清潔なドビュッシーです。
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# by maru33340 | 2017-07-04 21:18 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)
2017年 07月 01日

朝霞みと星空

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朝、何物かが身体に乗っているような重さを感じ目覚める。
ベランダから窓の外を見ると白いモヤがかかり、いつもは見えるスタジアムの姿も霞んで見えない。
温湿度計を見ると湿度は89%。
身体に乗っていたのは重たい湿気だったのだ。
気だるさを振り払うために、内田光子の弾くベートーヴェンのピアノ・ソナタ32番を聴く。
この曲を聴いているといつも冬の夜空に星がまるで音をたてるかのように瞬いている光景を思う。
今見えている星は、数千年から数万年前の光だと聞いたことがある。
それを思うと悠久の時の流れを感じ少し気持ちも晴れるような気がします。
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# by maru33340 | 2017-07-01 08:10 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)
2017年 06月 28日

漂い、途切れ、楔打ち込む

曇天の朝、もうすぐ7月になるというのに朝晩はぐっと冷え込み肌寒く気分も重たい。

朝起きてふいにベートーヴェンのピアノソナタ31番の終楽章が聴きたくなり、ヴァレリー・アフェナシェフによる演奏を聴き始めた。

作曲者自身が「アリオーソ・ドレンテ(悲しみの歌)」とよんだ導入部の旋律は思わず居ずまいをただすような深い悲しみに満たされ、聴いているといつの間にか自分が深い森の中をさまよい歩いているような心持ちになってくる。

アフェナシェフの非常に遅い(森をさまよう途中で道に迷い立ち止まり暗い空を見上げる時のように時折音楽が途切れ重たい楔を打ち込むような)演奏はこの曲にはとてもふさわしい。

1つの音の残響が霧があたりに濃くたちこめるように漂う中にゆっくりと次の音が重なるのを聴いていると、呼吸は深くなり何か大きなものに包まれているような(悲しみと安堵が入り交じった)不思議な感情に満たされため息をつくのだ。
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# by maru33340 | 2017-06-28 05:52 | クラシック音楽 | Trackback | Comments(3)