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素朴な琴

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今朝、新聞を取りに部屋を出たとき風が少し肌寒かった。
空を見上げれば青い空にうっすらと刷毛で描いたような白い雲が浮かぶ。
秋が来たのだ。
秋は僕が一年で最も好きな季節。
透明で少し淋しい気配が良い。

秋を歌った八木重吉(1898-1927)のこんな詩を思いだす。

素朴な琴

この明るさのなかへ
ひとつの素朴な琴をおけば
秋の美しさに耐えかね
琴はしずかに鳴りいだすだろう
# by maru33340 | 2019-08-25 08:17 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)

「ドビュッシーと私」

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昨日はドビュッシーの誕生日。
彼が生まれたのは1862年8月22日。
当時、日本はまだ江戸時代。
ということはドビュッシーの音楽は江戸から明治に移り変わる明治維新の時代の音楽ということになるから、いかにその音楽が革新的で清新な音楽だったかということを改めて思う。

僕が初めてドビュッシーの音楽を聴いたのは1974年。
まだ高校生だった。
その年冨田勲のシンセサイザーによるアルバムが発売され大きな話題になっていた。
ちょうど4チャンネルのステレオがブームでその効果を最大限に生かすことの出来るアルバムだと何かで読み小遣いを貯めて入手した。
おそらくそれが僕がクラシック音楽というものを意識した最初の出会いだったと思う。

シンセサイザーによる「月の光」は、まるで光の粒が音になり部屋中に煌めくような輝きに溢れていて、僕はすっかりその世界に魅せられた…

あれから45年の月日が流れ、今でもドビュッシーの音楽は僕を魅了してやまない。

今朝はモニク・アースのピアノによる端正で清潔なドビュッシーの演奏を聴きながらドビュッシーの157回目の誕生日を祝っています。
# by maru33340 | 2019-08-23 08:18 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)

オーウェルからジャレットへ

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ジョージ・オーウェルの『1984年』は怖い小説で、僕は途中まで読み少し中断している。

それでもこの小説のことが頭から離れず、戦争についての本を読んでしまう。

もちろん戦争自体恐ろしいことだし、もしその時代に自分が生きていたらと思うと身震いがするけれど、僕らの父母の世代はその時代に子どもから大人になる時を過ごしている。

広島や長崎や沖縄だけでなく至るところで空襲があり、南方での悲惨な戦いがあったのは僕が生まれるわずか15年前に過ぎないのだ。

そして更に恐ろしいのは、自分がその時代に生きていたら、その「流れ」に果たしてNOと言えただろうか、その時代の「空気」にのまれてしまわなかっただろうか、それどころか自ら進んでその道を歩いていったのではないかと思ってしまうことだ。

夏風邪をひいてしまったようで、昨夜から頭痛が酷く今日は仕事を休んでしまったけれど、その原因の奥には、時代がまたあの頃に戻ってしまっていることへの怖さ、自分の不甲斐ない心への苛立ちがあり、生きる免疫力の減退を感じていることがあるのかも知れない。

そんなことを考えていたら眠れなくなってしまいキース・ジャレットのアルバム《The melody at night》を聴き始めた。

体調を崩し長いブランクから復帰し、自宅で収録したこのアルバムには、自分自身との対話のようなピアノ・ソロによるバラードが収められている。

このアルバムを聴いていると、命には限りあること、しかしそれゆえに、この今を生きていることへの感謝のような感情に次第に満たされ、少し心癒されるのでした。
# by maru33340 | 2019-08-21 23:38 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

夏の終わりの音楽

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今日は朝から本格的な雨。

お盆を過ぎ、高校野球も終盤戦に近づくと毎年「ああ、夏が終わるのだなあ」という気持ちになるけれど、今年の猛暑もこの雨で一段落するだろうか。

こんな季節に聴くのにふさわしい音楽は何かと考え最近毎日のように聴いているのはラヴェルの歌曲《シェエラザード》。
演奏は、ジャネット・ベイカー(メゾ・ソプラノ)/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団/サー・ジョン・バルビローリ(指揮)によるアルバム。

ジャネット・ベイカーの深々としたビロードのような艶のある歌声とバルビローリの繊細で詩的な指揮が絶妙のバランスで、聴いていると桃源郷をそぞろ歩いているような幸福な心持ちになる。
東洋的な旋律であることもあり、ぼんやり聴いているとまるで《マダム・バタフライ》を聴いているような錯覚におちいる時もある。

カップリングのベルリオーズの《夏の夜》と共に、過ぎ行く夏の終わりに壮大な夕陽が沈み行くのを眺めている時のような深く甘美な哀しみに満たされる名演だと思います。
# by maru33340 | 2019-08-20 08:03 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

「かき氷で酔ってみろ」

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今日は夏期休暇最終日。
長いと思っていた休みも過ぎてしまえばあっという間という感慨は毎年のことだ。
今日もことのほか暑いので午後からは部屋にこもり金曜日に(夕方から飲もうと友人と待ち合わせした)神保町の「東京堂書店」で入手した片岡義男の短編小説集を眺める。
この本は友人から「3階に片岡義男のサイン本が何冊かあるよ」と教えてもらい入手したもの。
茶色のMackeyのようなペンで横書きで書かれたその文字は、サインというよりイラストのように見えていかにも片岡義男の世界だ。
この本の最初の短編のタイトルは「かき氷で酔ってみろ」という(ちょっと意味がわからないけど)やはりいかにも片岡義男的なタイトル。
この本を鞄に入れ明るいうちから友人と神保町から神田の店を何軒かはしごして(かき氷ではなかったけど)ビールとハイボールで泥酔してしまったのは、このタイトルの暗示とあまりの暑さのせいだろうか。
# by maru33340 | 2019-08-18 15:25 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

世界が『1984年』を模倣し始めたのだろうか

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今日は8月15日。

毎年8月15日(8年前のあの日以来3月11日もまた)が近づくと心ざわめき落ち着かない気持ちになる。

今日は台風も接近中とのことなので、終日家に引きこもり読書と決めていて、何年か前から読もうと思っていたジョージ・オーウェルの『1984年』を本棚から取り出した。

最近の社会情勢(トランプ登場以来の世界全体での不寛容の蔓延、愛知トリエンナーレでの少女像の展示中止を巡る一連の動き)などの報道を目にする程に「まるで世界が『1984年』という小説を模倣し始めているのでは…」という気持ちに襲われる。

小説の新訳文庫本の裏面には物語の概要が書かれている。

「舞台は"ビッグ・ブラザー”率いる党が支配する全体主義的近未来。
物語の主人公ウィンストン・スミスは真理省記録局に勤務する党員で、歴史の改竄が仕事だった。
彼は、完璧な屈従を強いる体制に以前より不満を抱いていた。
ある時、奔放な美女ジュリアと恋に落ちたことを契機に、彼は伝説的な裏切り者が組織したと噂される反政府地下活動に惹かれるようになるが…」

まだ冒頭部分を読み始めたばかりだけど、ふと頭を挙げると何者かに見られているような気配を感じ少し寒気を感じます…
# by maru33340 | 2019-08-15 17:07 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

『水ゼリーと時間』

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ここ数日片岡義男の小説『豆大福と珈琲』をバッグの中に入れ折に触れて読み続けていた。

電車の中で。喫茶店で。
旅先にも持っていって。

最後には緩やかに繋がる短編集で読みにくい本ではないのに、読み終わるまでに少し時間がかかったから、その本の表紙は少しよれている。

時間がかかったのは、一つの短編を読むと何だかすぐに次の短編に移るのが惜しくて、他の本を読んだりしていたから。
惜しいというのは、片岡義男の小説を読んでいる時間の中にある幸福感を少しでも長く引き伸ばしたいという気持ちからくる。

片岡義男の小説の中を流れている時間について、小説家の柚木麻子さんがこんな風に書いている。

「片岡氏の描く時間とは、抗うでも、支配するでも、身を委ねるしかないものでもない。時間と人は常に対等関係なのである。流動体でもないし、固形物でもない」

そして柚木さんは、片岡さんの小説の中の時間は岐阜郡上八幡の名物「水ゼリー」に似ていて、その小説の中の登場人物は「水ゼリー」の中を生きていると言い、こんな風に書く。

「彼らは未来のために準備したり、焦ったりはしない。過去もまた当たり前に手を伸ばせばあるもので、わざわざ捜しにいって慈しんだり、惜しんだりするものではないのだ。その姿勢は「生きるとは、そのときその場で必要な作業をこなすことであり、その作業をこなすのは、他の誰でもない、自分だ。自分と作業の日々を支える環境が、自分の住む家だ」という究極の現状肯定を生んでいる」

なるほど、片岡義男の小説を読んでいる時の幸福感はこの究極の現状肯定からくるのだ。

確かに片岡義男の小説の登場人物は、悩んだり怒ったり落ち込んだり反省したりせず、かといって興奮したりもせず、日々の生活を淡々と(珈琲を飲んだり、豆大福を堪能したりしながら)過ごしていていて、その平明な日常がとても好ましい。

そろそろそんな平明な気持ちで(自分にとって好きなものだけに囲まれて)愉しい穏やかな気持ちで日々を過ごしていけたらなあ、なんて思う夏の宵です。


# by maru33340 | 2019-08-13 20:35 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

真夏のラヴェル

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猛暑の夏はオロオロ歩く
日陰を求めてオロオロ歩く

土曜日の歩行者天国
ひとっこひとり歩いていない
まるでキリコの絵のような風景

ふと思う
ラヴェルを
ラヴェルのピアノ曲を聴かなくちゃ

真夏のラヴェルを聴かなくちゃ



# by maru33340 | 2019-08-05 21:23 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

酷暑の朝の「リラのワルツ」

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言ってもせんないことなれど、毎日酷暑が続く。
今日も朝から30度は超えているだろう。

こんな日は無理せず部屋に引きこもりクーラーをかけ灯りも控え目にして、ナタリー・デセイの歌うミッシェル・ルグランのアルバムを聴く。

どの曲も素晴らしいけれど、今聴いているのはルグランが1956年に書いた「リラのワルツ」。
リラはライラックのことで、北海道には5月末頃の寒い日のことを「リラ冷え」と呼ぶ美しい言葉がある。

こんなセンチメンタルな歌詞が日々の火照りをおさめてくれそうです。

Tant que tournera 
Que tournera le temps
Jusqu'au dernier
Jusqu'au dernier printemps
Le ciel aura
Le ciel aura vingt ans
Les amoureux en auront tout autant

巡るかぎり  
季節が巡るかぎり  
最後の  
最後の春まで  
空は  
空は青春を迎える  
恋人たちもまったく同じ…
# by maru33340 | 2019-08-04 11:10 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

片岡義男の小説のように

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今朝、日本橋での打ち合わせの前少し時間があったのでMARUZEN日本橋店に立ち寄った。 片岡義男さんの新しい長編小説を見つけ思わず手に取りレジに向かうと、レジの女性から「片岡義男さんもう80歳なんですね」と語りかけられた。
本屋のレジで店員さんから話しかけられる機会はまずないから少し驚いたけれど、とても自然な感じだったので「若い時は片岡義男さんの小説を良く読んだけど、今日久しぶりに手に取りました」と僕は答えた。
「私は若い頃片岡さんの小説の影響を受けてバイクを買いました」とレジの女性は微笑み本を渡してくれた。
「片岡義男の小説を買うと彼の小説の中での出来事のようなことが起きる」と僕は少し面白く思って本屋を出た。
# by maru33340 | 2019-08-02 12:59 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)

音楽・本・映画などについての私的な感想


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