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先日、岩波ホールが今年7月に閉館するという報を知って自分でも驚くほどショックを受けた。
それは何故だろうと考えていて、ふと、あの場所には僕の20歳前後の(あえてそういう言葉を使うならば)「青春時代」の記憶が埋まっているからかも知れないと思った。
それは今思い返せばどう考えても愚かしく未熟で恥ずかしくなるような時代だったけれど、なかったことにすることは出来ない時代で、岩波ホールはそんな時代を象徴する場所だったから、その場所がなくなることは自分の青春時代も一緒になくなってしまうような気がしたからかも知れない…

そんなことを考えていて、そう言えばあの時代に友人達と一緒に作っていた同人誌のことを思い出した。
その雑誌に当時岩波ホールで上映していた映画「木靴の樹」の感想を書いていたはずと、以前友人から譲ってもらったその雑誌を探し出した。

1979年に発行されたその「書生」という名前の雑誌には確かに20歳の時に僕が書いた「木靴の樹」の感想が書かれていた。

以下、恥ずかしながらではあるけれど、岩波ホールという場所と自身の一つの時代の記憶へのレクイエムとしてその時の文章の一部を引用することをお許し下さい。

「先日、岩波ホールで「木靴の樹」を観た後しばらく言葉を忘れるような感銘を受けた。
美は人を沈黙させるという言葉をこの時ほどはっきりと感じたことはなかった。
ドラマとして決して起伏のあるものではなく、むしろ単調といった方がふさわしい。けれどその映像は、たとえばミレーの絵画の様にいつも黄昏や朝靄につつまれている様に美しく、それでいて醒めた写実的な眼を失っていない。感傷によりかかっていない。音楽はバッハのオルガン曲。そしてそれは映像におおいかぶさり自己を主張することなく、映像と幸せな共存をしている。徹底的に現実だけを描きながら、そこから受ける印象は彼岸でのでき事の様に透明だった。」

改めてこの文章を読み返してみて、自身の趣味嗜好がこの40年間ほとんど変わっていないことにいささか愕然とするけれど、もしかすると人の人生は20歳前後に見つけた主題とその変奏と言えるのかも知れないなどと思ったりするのでした。

人の人生は20歳前後に見つけた主題とその変奏なのかも知れないといふこと_f0061531_05003013.jpg


# by maru33340 | 2022-01-13 05:50 | Trackback | Comments(4)

先程Twitterで岩波ホールが今年の7月で閉館すると知りとてもショックを受けた。


1968年の開館から54年目だったとの事。


僕は学生時代に友人とこのホールにかなりの頻度で通った。
先程、主な上映作品のリストを見ていて、


《家族の肖像》(1978年)
《だれのものでもないチェレ》(1979年)
《木靴の樹》(1979年)
《旅芸人の記録》(1979年)
《ルードヴィヒ》(1980年)


といった作品は連続して見続けていた事を思い出して、改めてそれらの作品から受けた影響の大きさを感じた。


就職してさすがに岩波ホールに通う頻度は減り、昨今のコロナの影響も大きく経営的にも厳しかったと思う。


しかし、それでもやはり「まさか…」という気持ちはぬぐえず、一つの時代が終わってしまった…という思いで心に大きな穴が開いたような喪失感で少し呆然となった。





# by maru33340 | 2022-01-11 12:59 | Trackback | Comments(3)
三連休最終日の今日は朝からどんよりした曇り空。

午前中、近所のスーパーに買い物に出かけたら晴れ着のお嬢さんをたくさん見かけ、今日が成人の日だったことを思い出した。

人混みはやはり避けたいし気圧のせいか少し身体も怠いので、早々に家に戻ってSpotify で古いジャズボーカルの番組をぼんやりと聴きながら本を読んでいたら、ビリー・ホリデーの歌う《On The Sunny Side Of The Street》(1944年録音)が聴こえてきた。

この曲は朝ドラ『カムカムエヴリィバディ』で(主人公るいの特別な曲として)何度も流れる曲だけど、ビリー・ホリデーの歌う《On The Sunny Side》は、明るい陽光というより今日のような薄曇りの空から微かに射し込む光のようで今の気分にはふさわしいよう。

今日の午後は部屋でビリー・ホリデーを聴きながらまったり過ごそう。

少し気だるい休日の午後はビリー・ホリデーを聴いて過ごそう_f0061531_13523036.jpg

# by maru33340 | 2022-01-10 13:51 | Trackback | Comments(2)
友人が新宿払方町について書いているのを読んで、久しぶりに長谷川郁夫さんの『吉田健一』を開いた。

吉田健一が新宿払方町34の借家の跡地に家を新築したのは昭和28年の1月(41歳の頃)とされているけれど、実際に家が完成するのは1年近く経ってからだったようだ。

吉田さんは随筆「我が町」の中で払方町についてこんな風に書いている。

「この町に日本で言うカフェやバァがないのは繁華街ではないからだろうと思う。併し飲み屋ならばあって、その他に中華料理屋、蕎麦屋、鮨屋、鰻屋と一通り揃っている。そういうところに入って行ってラアメンでも、散らし鮨でも何人前早い所頼むというようなことを、どこの何番地の誰とも言わず聞いて貰えるのも土地のものといふ感じ、それは結局は、自分の住居の廻りにまだ自分がいる場所が続いているという感じを強くする。」

いかにも吉田さんらしい文章は更にこんな風に続く。

「考えて見ると、それが故郷というものではないだろうか。自分がい着いた場所が故郷であって、そこが都会であっても、その故郷を通して我々は季節感というものや、従って又、自然そのものに繁ることになり、それで始めて冬の夜寒は冬の夜寒なのである。
そろそろこの町でも葦簾張りの小屋掛けで正月飾りを売り出す時期になる。」
(「朝日新聞」昭和39年12月27日」)

この随筆が書かれた昭和39年に刊行された本『謎の怪物・謎の生物』(新潮社)という一種のノンフィクションの初版本を、僕は出張で出向いた岩手の街中の川沿いの小さな古本屋で偶然見つけ入手した。
僕の手元にある吉田健一の数少ない初版本の一冊である。

長谷川郁夫さんはその著書『吉田健一』の中でこの本についてこんな風に書いている。

「この一書を開けば、吉田さんに直向き、と言える科学的探究心と古代ローマの博物学者・プリニウスを思わせる自在な空想力が備わっていたことがあらためて、よく理解される。」

ここには少し意外な吉田健一の一面を見ることが出来るようだ。

新宿払方町の吉田健一のことなど_f0061531_22384263.jpg




# by maru33340 | 2022-01-08 22:37 | Trackback | Comments(4)
2021年はいくつもの上質のドラマに出会えた年だったけれど、10月以降の連続ドラマの中で毎回次の展開にハラハラしながら見続けたのがドラマ《最愛》(吉高由里子、松下洸平、井浦新 主演)だった。

何よりミステリーとして良く出来ていて最後まで謎が解けず、僕は普段は夜10時過ぎ放送のドラマは(途中で眠くなってしまうから)録画して見るのにこのドラマだけはリアルタイムで見続けた。

主演の3人の内省的で抑えた演技もとても良かった。

そしてドラマの終盤にかかる宇多田ヒカルの音楽が、主人公たちの内面のヒリヒリするような感情を表しているようで毎回胸に迫った。

その音楽「君に夢中」がYou Tubeにアップされていて何度も聴き返している。

宇多田ヒカルの歌の歌詞にはどこか彼女の心象風景が投影されているようで、この曲でもこんな歌詞に僕はそれを感じてしまう。


完璧に見えるあの人も疲れて帰るよ
才能には副作用
栄光には影が付き纏う
オートロックのドアが閉まる
靴と鎧を脱ぎ捨てる
Oh ここから先はプライベート


昨夜からの雪が残る窓からの景色を眺めながらこの曲を聴くと、ドラマの世界を思い出して一際味わい深く心に沁みてくるようです。

https://youtu.be/5YKBgBMynbI


# by maru33340 | 2022-01-07 08:43 | Trackback | Comments(4)

音楽・本・映画などについての私的な感想


by maru33340
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