クリント・イーストウッドの新たな名作『運び屋』

f0061531_15394603.jpg

今日は冬のような寒さ。
咲き始めたばかりの桜も身を縮めているよう。

そんな日だったけれど、朝からクリント・イーストウッド監督・主演による映画『運び屋』を観に出かけた。

これは見終わってとても気持ちの良くなる素敵な映画だった。

物語は…

90歳になろうとするアール・ストーン(クリント・イーストウッド)は金もなく、ないがしろにした家族からも見放され、孤独な日々を送っていた。ある日、男から「車の運転さえすれば金をやる」と話を持ちかけられる。なんなく仕事をこなすが、それはメキシコ犯罪組織によるドラッグの運び屋。気ままな安全運転で大量のドラッグを運び出すが、麻薬取締局の捜査官の手が迫る…

物語から想像するような重たい映画ではなく、どこか軽やかな飄々としたユーモアとペーソスが漂うのは、やはりイーストウッドの演技のたまもの。

危険な仕事をしながらも、車を運転しながら鼻歌混じりでアメリカのポップスを歌うイーストウッドは人生を楽しんでいるように見え、男の艶やかさも失っていない。

ラストシーンも、泣かせようと力を入れず淡々と運命を受け入れるイーストウッドの姿がとても良く、歳を重ねるのも悪くないなあと思わせてくれる。

名作『グラン・トリノ』から10年。
88歳のクリント・イーストウッド、まだまだ現役ですね。

# by maru33340 | 2019-03-23 15:39 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)

グルダのバッハは

f0061531_07235059.jpg

CDを整理していてフリードリッヒ・グルダの弾くバッハの「平均律クラヴィーア曲集(第一巻)」を見つけた。

長く探していたアルバムだったので片付けの手を止めて聴き始め「いかにもグルダらしい演奏だなあ」と思いながら、ふと「では、グルダらしいとはどういうことなのか?」と考えはじめてしまった。

そして、こんな時は吉田秀和さんの言葉が頼りになるはずと文庫本の『バッハ』を眺めたら、このアルバムについての文章があり、グルダの演奏の特徴についてこんな風に書かれていた。

「彼は、自分の演奏に対し、いつもある距離をおいて眺めることの出来る冷静さ、それも、単に客観的なというだけでなく、アイロニカルな―つまり、二重の眼でもってものごとを評価できる、そういう知性と感情のタイプの持ち主である」

なるほど、グルダの演奏を聴いているといつも頭の風通しが良くなるような気がするのは、グルダの演奏のそうした特徴から来るのかと、はたと気がついたのでした。
# by maru33340 | 2019-03-22 07:23 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

一つの区切りの証として

f0061531_09482469.jpg

四月の還暦、定年を機に「何か自分が生きてきた証のようなものを形に残したい」という気持ちが日に日に高まり、ブログ等に書いた文章(書評や音楽、映画の感想など)を本の形にまとめようと思いたちました。

幸いアートハウスのカタログを一緒に作ってきた印刷屋さんも協力してくれ、周りの人も「それは是非やるべき!」と後押ししてくれ気持ちが固まりました。

母にそのことを報告したら「何より本が好きだったお父さんも喜んでくれることでしょう」と返事がきて、少し胸が熱くなった。

今日は雨の休日。

終日、出来上がってきた原稿のゲラ刷りに赤を入れながら過ごしたいと思います。
# by maru33340 | 2019-03-21 09:48 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)

フランスからの声が

f0061531_07270039.jpg

若くして亡くなった母方の伯父さんはシャンソンが好きで、奥さんと一緒に先生について歌っていたという。

その伯父さんの兄は高名な競馬評論家だったこともあり、彼も何となく遊び人風の少し不思議な雰囲気を持った人だった。

彼がカセットテープに残したシャンソンの名曲「パダン パダン」を聴いたことがあり、その軽妙な歌いっぷりにちょっと感心した。
彼はその歌について前説も語っていて「「パダン パダン」いう言葉は運命を表しているけど、私にはこの音は心臓の鼓動の音のように聴こえるんです」などと話している。

今朝、アンネ・ゾフィー・フォン・オッターによる『優しきフランス』というフランス歌曲とシャンソンを収めた2枚組のアルバムでその「パダン パダン」を聴いて、久しぶりに伯父さんのことを思い出した。

そして、60歳を迎える4月に何か新しい勉強を始めたいと思っていた所だったから、ふと「フランス語の勉強を始めようかな」と思った。
伯父さんみたいにシャンソンまでは歌わないけど。
# by maru33340 | 2019-03-20 07:27 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)

わすれなぐさのはなし

f0061531_06304759.jpg

f0061531_06304846.jpg

昨夜。

東京出張の帰りに、銀座一丁目のGalerie SOLで昨日から始まった中根秀夫さんの個展「うつくしいくにのはなしⅡ」を見に行く。

深い青色が印象的なわすれなぐさの写真21点と絵画9点が展示された空間には清潔で透明な光が射し込むようで、周囲の喧騒を忘れてしまう。

写真の中の美しい花を見ていると、微かな哀しみが降り積もるようで心がしんと静まってくる。

部屋の一角に飾られた震災後の福島の風景の写真は、息を飲むように美しいけれど、左に写る瓦礫を集める施設を見るとまだあの震災の傷痕は癒えてはいないのだと気づく。

ギャラリーを出て少し夜の銀座の街を歩きながら、ふと「わすれなぐさの持つはかなさと静けさが、このくにの未来のための小さな希望になれば良いなあ」などと考えていたのでした。
# by maru33340 | 2019-03-19 06:30 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)

「感ビジネス」とは何か?

f0061531_19505293.jpg

僕は大学では経済学部に所属していたけれど、経済学という学問との相性が誠によくなくて、なんとか及第ギリギリの成績で卒業した。

以来、会社員生活を(これまたなんとか青息吐息で)続けてきて間もなく卒業という所までたどり着いたけど、まさか定年まで辞めずにサラリーマンを続けるとは思わなかった。

そんな訳でいわゆるビジネス書と呼ばれるような本は(恥ずかしながら)数える程しか読んでこなかった。

だから本屋さんで、松岡正剛さんの「千夜千冊」を再編集した文庫本の新刊『感ビジネス』を見た時は「まあ今回はパスしようかな」と思ったけど「感ビジネス」という言葉にひかれて入手し、何気なく「あとがき」を読んでいたら「本書のタイトルに選んだ「感ビジネス」という言葉は、資生堂の福原義春さんと話しているときに思いついた」と書いてあり驚いてしまった。

また、この本には福原さんの『猫と小石とディアギレフ』という本の書評も掲載されていて、その中にこんな言葉があった。

「資生堂のような文化遺伝子を継承発信しつづけている日本企業があることが、日本の誇りと香りであってほしい。(中略)企業の営業成績や自己資本比率や株価なんてものは、まあ三十年くらいの単位で見ればいい。二十世紀後半からの企業の価値は五十年単位くらいで見ればいい。企業を語るときはその文化をこそ知りたい。それでいけば資生堂は日本の近現代史では十指に入る企業文化の体現者だったということになる」

この松岡さんの言葉を読んで、経済学の劣等生だった僕が、社会人としてのキャリアの後半戦に、資生堂の文化の(ささやかな)語り部としての仕事に出会えたのはとても幸せなことだったなあと思えたのでした。
# by maru33340 | 2019-03-17 19:50 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)

「山本直純がやってきた」

f0061531_21293729.jpg

先日から聴き続けているジョージ・セル指揮によるウィンナ・ワルツ集には、ヨハン・シュトラウス2世による「常動曲」が収められている。

毎年恒例のニューイヤーコンサートでもお馴染みのこの曲は、また(ある程度以上の年齢の方にはお馴染みの)山本直純司会・指揮による番組『オーケストラがやってきた』のテーマ曲としても有名だから、あのサビの部分に来ると山本直純がダミ声で歌う「オーケストラがやってきた~」という声が聞こえてきてしまい、何となく彼の赤いジャケットを思い出していた。

そして今夜、彼を取り上げた『山本直純 音楽の底辺を広げた男』という2時間のドキュメンタリー番組があると偶然知り、見終わった僕は山本直純という人のことを何も知らなかったなあとため息をついた。

若くから天才の名をほしいままにし、小澤征爾や岩城宏之と深い友情で結ばれ、海外のオーケストラを指揮することを夢見た彼は、視力の低下によりその夢を諦めざるを得なくなる。

海外に向かう小澤征爾に彼は「お前はピラミッドの頂点を行け。俺は音楽の底辺を広げる」と語ったという。

その後の彼は、時には自ら道化となることも厭わず「男はつらいよ」などの数々の映画音楽や童謡の作曲も手がけ、クラシック音楽の普及に生涯を捧げた。

69歳という若すぎる最後は悲しいけれど、(山本直純に風貌がそっくりな)二人の息子さんが、父の後を継ぎ音楽家となっていると知り、自分のことのように嬉しくなったのでした。
# by maru33340 | 2019-03-16 21:29 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)

ジョージ・セルの郷愁

f0061531_07575310.jpg

どこで読んだのか出典が明らかではないけれど、少し前に、往年の名歌手エリザベート・シュヴァルツコップが「無人島に持っていきたいレコードは?」という問いかけに「ジョージ・セル指揮によるワルツ集」と答えたという記事を読んだ。

僕は最近セルの音楽にはまり少しCDを集めたけれど、ワルツ集は持っていなかった。
シュトラウス・ファミリーのワルツとあの厳格なイメージのセルがちょっと結びつかなかったこともある。

しかし、マーラーやリヒャルト・シュトラウスの演奏でセルと共演し名盤を残し、何と言っても『薔薇の騎士』の伯爵婦人のイメージが強いシュヴァルツコップをして「無人島に持っていきたい」とまで言わせたウィンナ・ワルツなら是非聴いてみたいと思い(思わず)取り寄せてしまった。

これは予想を遥かに超えた素晴らしいワルツ集だった。
何よりいかにもセルらしい甘さを拝した精緻で清潔な音楽が、聴きなれたウィンナ・ワルツの新しい魅力を見せてくれる。
そして所々ふとした表情に微かな郷愁が漂うのがほんとうに美しい。

そう言えば、ブダペストに生まれたセルは3歳からウィーンで学び、デビューもウィーン交響楽団だった。
ハプスブルグ帝国の残照の中で青春時代を過ごしながら、時代の流れの中でユダヤ人としてアメリカに移り住むことを余儀なくされたセルにとって、シュトラウス・ファミリーの音楽は故郷への望郷の思いにつながる音楽だったのかも知れません。

追伸

教えていただき、シュヴァルツコップが「無人島に持っていきたい」と言ったのはフリッツ・ライナーのワルツ集だったとのこと。
ただこの間違いのおかげでセルの素晴らしいワルツ集に出会えたのは幸福なことでした(^^;

# by maru33340 | 2019-03-15 07:57 | Trackback | Comments(4)

吉田秀和さんの語るグールドは

f0061531_07065804.jpg

吉田秀和さんの『バッハ』に導かれてグレン・グールドによるバッハ「インヴェンションとシンフォニア」を聴き返す。

吉田さんはグールドのバッハについてこんな風に書く。

「絵に類えて言ってみればデッサンのようなもので、色も、それから丸い立方体もない描き方のように見えて、その線一本の動きのなかに、無限の変化があるといった趣の演奏」

なるほど「デッサン」という視点でグールドのバッハを聴いたことがなかったから新鮮な驚きがある。

更に吉田さんは
「グールドのバッには、何ともいえぬリリシズムがあった」
と言ってこんな風に続ける。

「グールドの演奏の特徴は、リズムの均一とイン・テンポは、原則として、あくまで崩さす、ゆるめずにいくのである。そのうえで、強拍や弱拍のアクセントの交代に当たって、フレーズの終わりにちょっとしたニュアンスの変化、テンポのたゆたいを、そっと目立たないようにおく。すると、それだけで、音楽に、器械的な均一ではない、小さな生気が見られ、艶がでてくるのである」

今まで何気なく聴いていたグールドのバッハも吉田さんの言葉を通して聴くと「なるほどこんな風に弾いているから良いと感じるのか!」という発見があり、目の前の霧が晴れたようにスッキリする。

そして「これこそ音楽批評だなあ」と改めて思うのでした。
# by maru33340 | 2019-03-14 07:06 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)

シフの弾くパルティータは

f0061531_06540796.jpg

吉田秀和さんの文庫になった『バッハ』を読んでいて、アンドラーシュ・シフの弾くバッハのパルティータについて書かれた文章に出会った。

僕がモダンピアノの演奏によるバッハの鍵盤曲の魅力に気づいたのは銀座の山野楽器でマレイ・ペライアによるパルティータのアルバムを視聴した時だった。
たっぷりとした柔らかく美しい音で奏でられる(ロマンチックと言っても良いような)ペライアのバッハ演奏に魅せられすぐにレジに走り、繰り返しその演奏を聴いた。

以来、色々なピアニストによるパルティータを聴き、どの演奏もそれぞれ面白かった。
グレン・グールドによるパルティータは、ペライアと比較して聴くと一層面白く、改めてグールドの演奏の独創性に気づいた。

シフのパルティータは少し前に入手し一度聴いただけで何となく聴かないままになっていたけど、吉田さんの文章を読み再び聴き返して、この演奏の弱者の美しさ、自然な装飾音の心地よさに気づいた。

落語に例えるなら、ペライアの演奏を円熟した名人の語るトリの噺だとすれば、グールドの演奏は鬼才と呼ばれる新作落語の天才の語り方。
それに比べて、シフの演奏は柔らかい語り口でさらりと語られた中堅真打ちによる人情噺のよう。

三人三様、それぞれの味わいを楽しめるのが落語の(いやいや音楽の)醍醐味ですね。
# by maru33340 | 2019-03-13 06:54 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)

音楽・本・映画などについての私的な感想


by maru33340
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る