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アラウに導かれて冥界を旅する

「実直なベートーヴェン弾き」というクラウディオ・アラウのイメージが変わったのは、彼が弾くドビュッシーの《ベルガマスク組曲》を聴いた時だった。

極端に遅いテンポで弾かれるその演奏の最初の数音を聴いて、これはただならぬ音楽だと思った。

アラウはドビュッシーの音楽の事を「別の惑星の音楽のようだ」と語っていて、確かにその一音一音を慈しむようなアラウのピアノの音を聴いていると、いつの間にか遠い宇宙の果てをさ迷っているような気持ちになる。

それから気をつけて聴いてみるとアラウの弾く音楽は、ショパンでもシューベルトでもどこかこの世界を超えて「異界」の領域に片足を踏み込んでいるような独特の音楽であることに気づき始めた。

昨夜、そのアラウの弾くベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番《月光》の1楽章の冒頭部分を聴きながら、深く暗い地下壕の入り口からたった一人でゆっくりと降りていくような気持ちになった。

それはまさに「冥界」への入り口のようで、恐ろしくもありしかし抗うことの出来ない美しい経験への誘いでもあるようだった…

これからしばらくアラウに導かれて、ベートーヴェンの音楽の深淵をさ迷う旅に出たいと思っています。

https://youtu.be/W0UrRWyIZ74



# by maru33340 | 2021-01-19 08:54 | Trackback | Comments(4)

「時を戻そう!」

「時を戻そう!」_f0061531_16131588.jpg

先日クイーンの曲「ボヘミアン・ラプソディー」の歌詞を知り衝撃を受け、やはりフレディ・マーキュリーの事を知りたくなって、2018年に大ヒットした映画《ボヘミアン・ラプソディー》を(実に今更だけど…)DVDを借りて初めて観た。

家人には「本当に観ていなかったんですか?」と呆れられたけど、何しろロックが全然分からない人だから、この映画を観てもきっと良さが分からないだろうしなあ…とためらっている内に時が流れた。

映画はとても良かった。

フレディ・マーキュリーというスターの孤独、純粋さ、そしてラストの1985年のライブエイドのステージの完璧な再現!

おそらく公開当時この映画を観ていなくて2021年の今頃この映画を観る人は数える位しかいないかも知れないけれど、緊急事態宣言下での「密を避ける」生活が1年近く続く今の生活から思うと、72,000人の観客がびっしりと詰めかけステージを汗をかきながら走り回るフレディと共に歌い熱狂する姿はとてもまぶしく、何だか夢を見ているような感覚に陥り、訳もなく涙が止まらなくなってしまった。

もしかすると先の見えない閉塞感でもやもやばかりが溜まる2021年の今こそ、《ボヘミアン・ラプソディー》を観て「時を戻そう!」と叫ぶ時だったのかも知れません。

# by maru33340 | 2021-01-16 16:13 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)

世界の崩壊の暗喩としてのマーラー…

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学生時代(もう今から40年以上前になるけれど…)熱に浮かされたようにマーラーの音楽にどっぷりはまり、家でもLPで聴き、食費を削って演奏会にも通った。

当時はまだ、若杉弘も山田一雄も渡邉暁雄も元気だったから、主に上野の東京文化会館に通い彼らの演奏するマーラーの音楽に酔った…

社会人になって直ぐの頃、NHKホールでバーンスタインとイスラエル・フィルの来日公演でマーラーの交響曲第9番を聴いたのが僕のマーラー熱の頂点で、以来ほとんどマーラーを聴かなかったけれど、10年位前にデビット・ジンマン指揮によるマーラーの透明な演奏にひかれていくつかCDを入手した。

しかし、カーペンター版による交響曲第10番はどうも派手にティンパニーとシンバルが鳴るばかりで「これがマーラー最後の交響曲かなあ…」といぶかしみ、それから今まで10年間位マーラーの音楽はほとんど聴かなかった。

しかし、昨夜、Spotifyで何気なく音楽を流していて、ふいに世界が崩れ去るようなトランペットの咆哮が聴こえてきた時、身体が震えるような戦慄を覚えた。

デビット・ジンマン指揮によるマーラー交響曲第10番の1楽章だった。

その、世界が崩壊する寸前のような黙示録的な響きは、僕にはまさに現在世界中に蔓延し収まることを知らぬコロナの脅威と社会的分断の暗喩のように聴こえてしまい、マーラーは100年前にこんな世界を幻視していたのか…と思ってしまったのは、まもなく1年になろうとする蟄居謹慎生活のもたらす幻だろうか…
# by maru33340 | 2021-01-15 09:16 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)

シューベルト《冬の旅》を詠う(完結編)

シューベルト《冬の旅》を詠う(完結編)_f0061531_21524007.jpg

シューベルトの《冬の旅》を短歌にする試み完結編。

《冬の旅》は24曲あるけれど、さすがに全て短歌に置き換えるのはしんどいので、最後の6曲をイアン・ボストリッジの歌、アンスネスのピアノによる演奏で聴きながら。

なかなか凍れます…

■幻覚

ひとすじの
光私の
前に舞う
それは旅する
ものの幻

■道しるべ

憩いなく
さすらい続け
荒野ゆく
帰る人なき
その道しるべ

■宿屋

たどりつく
冷たき宿屋
ふさがりて
杖にすがりて
なおもさすらう

■勇気

降る雪も
風も嵐も
ふりはらい
朗らかに行く
神にならいて

■幻の太陽

空にかかる
太陽三つ
沈みゆく
私は闇の
中にたたずみ

■辻音楽師

村はずれ
ライエル弾きの
老人よ
私の歌に
調べ合わせよ

私の歌に
調べ合わせよ…



# by maru33340 | 2021-01-14 21:52 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)

シューベルト『冬の旅』を詠う

先日、中島みゆきの歌の歌詞を短歌にしながら、シューベルトの『冬の旅』もまた短歌になりうるかも知れない、と思った。

この曲もまた情念の強い曲たちだから(歌としての出来映えはさておき)短歌という形式には似合うようです。

それでは最初の6曲を。

■おやすみ

この町に
よそびととして
来た私
冬の夜に去る
君の窓辺を

■風見の旗

屋根の上
風見の旗の
たわむれは
哀れな男
あざけり嗤う

■凍った涙

頬つたう
凍えた涙
熱く燃え
冬の氷を
溶かしつくすか

■かじかみ

花いずこ
緑の草は
今はなく
我が心溶け
面影も消ゆ

■菩提樹

泉沿い
立つ菩提樹に
夢を見る
枝のささやき
安らぎの声

■あふれる涙

雪の上
涙流れて
氷溶け
ゆきつく果ては
恋人の家


# by maru33340 | 2021-01-13 05:13 | Trackback | Comments(4)

「室内専用眼鏡」と私

「室内専用眼鏡」と私_f0061531_18181810.jpg

昨年2月末から始まった在宅勤務も11ヶ月目に入り、間もなく丸1年になる。
当初はまさかこんなに長い期間になるとはさすがに思っていなかった…

在宅勤務中はほぼ一日中パソコンを見ているか資料を読んだりしているから、仕事中の9割方は近くの文字やら数字やらを見ていることになる。

僕の眼鏡はいわゆる遠近両用眼鏡で、最近どうも手元の文字を見るのが少ししんどくなってきたので、近所のスーパーに入っているW…という大手眼鏡チェインに行き度数の検査をしてもらった。

検査の結果「現在の眼鏡で日常生活は全く問題はないものの長時間近くを見続けるのならやはり「室内専用眼鏡」を準備し使い分けた方が楽かも知れません」とのこと。

「室内専用眼鏡」はいわゆる「読書用眼鏡」で、まあ早い話が「老眼鏡」です。

しかし、店の人は決して「老眼鏡」という言葉もそれを連想させるようなワードも一切使わないのはさすがにプロで、あくまで「もし不自由を感じていらっしゃるなら、使い分けするという選択肢もあります」とやんわり示唆する気持ち良い接客だ。

試してみたら近くを見るのがとても楽だったので即決し、写真の「室内専用眼鏡」が僕の在宅勤務生活に加わった。

とても快適なのは言うまでもないけど、これで仕事もサクサク進む、かどうかはまた別のお話し…
# by maru33340 | 2021-01-12 18:18 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

「ひとり上手」の夜でした

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夜、眠る前に、中島みゆきの歌の歌詞を短歌にするための遊びの教科書として『中島みゆき全歌集 1975―1986』を入手。

この遊びは…

①ステイホーム中に一人で出来る
②元手もかからず脳トレにもなる
③元歌をじっくり読むから日本語の理解が深まり表現の勉強にもなりうるかも知れない

という点で「新しい生活様式」下にふさわしいのではと思い、勝手に「ひとり上手」と命名。

以下、昨夜の遊びの名残をいくつか。

■ひとり上手

呼ばないで
ひとり上手と
雨の夜
流れついたの
サヨナラの海

■化粧

化粧など
どうでもいいと
思ってた
涙流れて
バカだねあたし

■あばよ

しょうがない
昨日も今日も
留守なんて
笑ってあばよと
気取ってみせる

■しあわせ芝居

泣きながら
かける電話に
優しくて
たぶんあたしの
しあわせ芝居

■春なのに

春なのに
お別れですか
微笑んで
ボタンをひとつ
青空に捨て


# by maru33340 | 2021-01-11 05:59 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

初めて「ボヘミアン・ラプソディー」の歌詞の意味を知る朝に

僕は音楽が好きで、最初は歌謡曲から始まりその後クラシック音楽やジャズを聴くようになり最近は演歌の良さにも気づき始めた。

しかし、ロックだけは聴けないままこの年まで来てしまったから、あのフレディ・マーキュリーを描いた有名な映画《ボヘミアン・ラプソディー》も観ていなかった。

だから、今日放送の「題名のない音楽会」で「ボヘミアンラプソディー」をTOSHIが歌うのを聴いて、初めてこの曲の歌詞を知り(今更ながら)驚いてしまった。

僕でさえ知っているあの有名な「Mama~」で始まるサビの箇所の歌詞は(おそらく知らなかったのは僕だけだったかも知れないけれど)こんな歌詞だった。

ママ、人を殺してしまった
彼の頭に銃を突き付けて
引き金を引いた、そしたら彼は死んだ
ママ、人生は始まったばかり
なのに今僕はやってしまって全てを放り投げ
てしまった

曲は、語り手の意識の混乱を感じさせる独白や(神との?)対話形式で、フィガロの結婚やハレルヤのコーラスの形を借りながら最後は

Any way the wind blows….
(どんなふうに風は吹こうとも…)

という歌詞で終わる…

これはまるでカミュの『異邦人』の物語のように不条理な世界で、なるほど「ボヘミアン」というのは世界に受け入れられることのない孤独な魂の彷徨なのかも知れない…などと思ってしまった。

この曲を丁寧に分析しているwebサイトがあったので添付します。
(サイトには「ボヘミアン・ラプソディー」の公式MVも貼付されていて、僕は初めて若きフレディの姿を知ったのだけど…)




# by maru33340 | 2021-01-10 09:50 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)

中島みゆきの歌詞を短歌にしてみる

ブログ友の短歌熱に影響を受け、ふいに中島みゆきの歌の歌詞を短歌にアレンジしてみたくなった。

僕は彼女の歌の持つ「圧」は少し苦手だけど、その歌に込められた「情念」は短歌に向いているかも知れない。

それでは「時代」と「糸」からそれぞれ2首を。

■「時代」より

今はもう
涙もすでに
枯れ果てて
二度と笑顔に
なれぬ夜かな


時はロンド
別れと出会い
繰り返し
再び歩く
朝のくるまで


■「糸」より

巡り会う
理由は誰にも
わからない
遠いふたりの
出会う奇跡に


縦と横
織り成す糸は
君と僕
いつか誰かの
温もりとなれ


# by maru33340 | 2021-01-08 22:18 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

そんな時代もあったねと…

昨夜(ようやく発令された)総理の緊急事態宣言の会見をぼんやり眺めながら、ふと中島みゆきの曲「時代」の歌詞を思い出していた。

「今はこんなに悲しくて
涙もかれ果てて
もう二度と笑顔には
なれそうもないけど」

まさに今の気持ちそのものだ。

僕は今まで中島みゆきの曲は少しメッセージ性が強すぎるように感じて、凄いとは思いながらもどこか遠巻きにしてきたような所があった。

しかし、今このコロナ下の状況で聴くと、そのストレートな歌詞が胸にぐさりと突き刺さるようでちょっと泣きそうな気分になった。

「時代」のこんな歌詞はまさに今の僕達の歌かも知れない。

「そんな時代もあったねと
いつか話せる日が来るわ
あんな時代もあったねと
きっと笑って話せるわ
だから今日はくよくよしないで
今日の風に吹かれましょう」

今は、昨年12月に新しく編集された中島みゆきのアルバムを聴いてみたいと思っています。


# by maru33340 | 2021-01-08 08:35 | Trackback | Comments(3)

音楽・本・映画などについての私的な感想


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