2009年 02月 27日
『洲之内徹が盗んでも自分のものにしたかった絵』(求龍堂)
もちろん文庫でもその文章は読めるけれど、元のハードカバー(毎回形態が異なる)で読んだ時の、ジンワリ心に残る感じは少し薄まってしまう。
昨日、銀座の教文館で『洲之内徹が盗んでも自分のものにしたかった絵』を見つけ、帰りの電車の中でパラパラと眺めていて愕然としてしまった。
この本は、いわば『気まぐれ美術館』からの絵と文章のアンソロジーなので、ほとんど見覚えがあるだろうと思っていたのに、これが大半覚えていなかった。
あの愛読したという時間は何だったのか、と一瞬思った。
しかし、このアンソロジーの文章は、今読んでみて、どれも昔以上に心に染み、絵はどれも興味深い。
時間は僕に忘却とともに成熟を与えてくれたのだろうか。
もう一度、洲之内さんの本を古本屋で買い直して、これから読み返してみたい。
もしかすると、若い時に読んで気がつかなかった事を、再読の中で発見するということは、歳を重ねる事の最高の贅沢なのかも知れない。