2018年 11月 29日
『フーガの技法』という手紙のこと
タチアナ・ニコラーエワが70歳で亡くなる2年前に録音した最後のバッハは「フーガの技法」だった。
昨夜、久しぶりのそのアルバムを聴き返して、この演奏が、何とも奥深い深淵にまで行き着いた演奏だったことに改めて気がついた。
そう言えばこの演奏について以前このブログに書いたことを思い出し探してみたら、2年程前にこんな風に書いていた。
「このアルバムには「フーガの技法」の前に「音楽の捧げもの」と「4つのデュエット」が含まれ、最初の一音が鳴った途端に僕らは、漆黒の宇宙の果てなのか群青色の深海なのか定かではない、おそろしく孤独でありながら深い安らぎに満ちた空間に投げ出され、そこで幻想的な星々や海底に微かに射し込む光りの奏でる歌を聴くような音楽に包まれる。
ニコラーエワはその時が終わってしまうことを恐れるかのように、ゆっくりと一音一音を、大切な手紙を誰かに書き残すように弾いていく。
そしてついに未完のまま突然終わりをむかえるその音楽は、悲歌でありながら深い祈りと安らぎの音楽となり、「永遠の時」の秘密を垣間見せる…」
そう「フーガの技法」は、バッハが誰に宛てるとも知らぬまま、後の世に生きる人のために書き残した手紙のような(ある意味では暗号のような)音楽だったのだ。