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『水ゼリーと時間』

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ここ数日片岡義男の小説『豆大福と珈琲』をバッグの中に入れ折に触れて読み続けていた。

電車の中で。喫茶店で。
旅先にも持っていって。

最後には緩やかに繋がる短編集で読みにくい本ではないのに、読み終わるまでに少し時間がかかったから、その本の表紙は少しよれている。

時間がかかったのは、一つの短編を読むと何だかすぐに次の短編に移るのが惜しくて、他の本を読んだりしていたから。
惜しいというのは、片岡義男の小説を読んでいる時間の中にある幸福感を少しでも長く引き伸ばしたいという気持ちからくる。

片岡義男の小説の中を流れている時間について、小説家の柚木麻子さんがこんな風に書いている。

「片岡氏の描く時間とは、抗うでも、支配するでも、身を委ねるしかないものでもない。時間と人は常に対等関係なのである。流動体でもないし、固形物でもない」

そして柚木さんは、片岡さんの小説の中の時間は岐阜郡上八幡の名物「水ゼリー」に似ていて、その小説の中の登場人物は「水ゼリー」の中を生きていると言い、こんな風に書く。

「彼らは未来のために準備したり、焦ったりはしない。過去もまた当たり前に手を伸ばせばあるもので、わざわざ捜しにいって慈しんだり、惜しんだりするものではないのだ。その姿勢は「生きるとは、そのときその場で必要な作業をこなすことであり、その作業をこなすのは、他の誰でもない、自分だ。自分と作業の日々を支える環境が、自分の住む家だ」という究極の現状肯定を生んでいる」

なるほど、片岡義男の小説を読んでいる時の幸福感はこの究極の現状肯定からくるのだ。

確かに片岡義男の小説の登場人物は、悩んだり怒ったり落ち込んだり反省したりせず、かといって興奮したりもせず、日々の生活を淡々と(珈琲を飲んだり、豆大福を堪能したりしながら)過ごしていていて、その平明な日常がとても好ましい。

そろそろそんな平明な気持ちで(自分にとって好きなものだけに囲まれて)愉しい穏やかな気持ちで日々を過ごしていけたらなあ、なんて思う夏の宵です。


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Commented by k_hankichi at 2019-08-14 09:37
“自分と作業の日々を支える環境が、自分の住む家だ」という究極の現状肯定を生んでいる”
この表現、よいなあ。その境地にいきたいなあ。
Commented by maru33340 at 2019-08-14 11:57
「ああ、そうなれたら、そうなれたらねえ…」
(幕)
*『一行チェーホフ劇場』より
Commented by Oyo- at 2019-08-15 09:42 x
moi! そうなれないな~!(^.^)
by maru33340 | 2019-08-13 20:35 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

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