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2009年 11月 07日 ( 1 )

『点と線』の物足りなさ

金沢出張の往復で、松本清張の『点と線』を読み返した所、清張作品としては驚く程淡泊であるのに驚いた。
確かに空白の四分間のトリックは当日として斬新なアイデアだったとは思うが、ほとんどそのトリックのみに依存している感は否めない。
第一に、博多の香椎潟で心中死体と思われる形で発見される役人佐山憲一の人物像がはっきりしない。殺されるような理由がないのだ。
したがって犯罪の動機が弱く肩透かしをくらったような読後感が残る。
わずかに老刑事である鳥飼が少しいい味を出しているのが救いか。

そんな思いで、以前購入してあった『清張ミステリーと昭和三十年代』(藤井淑禎)を読んでいた所、著者もこの『点と線』について、「社会性という方面への掘り下げは意外に腰高で、不徹底で淡泊」であり、これと対象的にこの作品が力を入れていたのは、有名な東京駅ホームでの四分間トリックだったと書いているのを読み、成る程そう感じるのは僕だけではなかったのか、と意を強くした。


このことは、この作品が、発表当初旅行雑誌『旅』に連載されていた事も大きな理由だったろう。
その頃はまだ「時刻表ミステリー」というジャンルは全く新しいジャンルである時代だったのだから。

藤井さんの本で知ったもう一つ重要な事は、この作品が書かれた昭和三十年代は、役人(会社員)の身分階層による賃金格差が非常に激しく、それゆえの熾烈な出世競争と身分差意識による上司や会社への絶対服従とが支配的であり、また身分差故の嫉妬や怨嗟の感情は想像以上に大きなものであり、それが時として殺意にまで至る可能性があった、少なくとも同時代に勤め人であった清張の読者には、とてもアクチュアルな感情だったという事だ。

昭和三十年代に生まれて、この時代の事は肌で知っていると思っていたけれど、僕が会社員になったのは昭和五十年代であり実はあの高度成長の時代の会社員の高揚感や挫折の感情は体験していなかったのだと今更ながら気がついた。

これから清張作品を読む時は少し想像力を加える必要がありそうだ。
by maru33340 | 2009-11-07 10:14 | お勧めの本 | Trackback | Comments(0)

音楽・本・映画などについての私的な感想


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