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カラヤンによる新ウィーン学派の音楽は

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まだ20歳くらいの学生の頃(40年程前!)、マーラーの音楽にはまり朝昼晩とまるで熱に浮かされたようにマーラーの音楽ばかり聴き続けていた時がある。

ちょうどマーラーブームと言われていた頃で、演奏会でも盛んにマーラーの交響曲が取り上げられていたから、大学の授業はそっちのけで、上野にある東京文化会館(その頃はまだサントリーホールは出来ていなかった)に通いつめ、若杉弘、渡邊暁雄、山田一雄ら日本でマーラーの音楽を普及することに貢献してきたそうそうたる指揮者達が(渾身の力を振り絞り)演奏するマーラーに夜毎酔いしれた。

マーラーの音楽を一通り(繰り返し)聴くと、次は(マーラーの弟子達の)シェーンベルク、ベルク、ウェーベルンらのいわゆる新ウィーン学派と呼ばれる作曲家の音楽を聴き始めるのは自然な流れだったから、僕も彼らの(少し苦味のある、しかし根本的にはロマンチックな)音楽を聴き始めた。

最近、吉田秀和さんの文庫本『カラヤン』を読んでいて、吉田さんがカラヤン指揮による新ウィーン学派の音楽をとても誉めていたので、棚からCDを掘り起こし聴き返してみた。

確かにカラヤンによる新ウィーン学派の音楽は流麗で豊穣でとても聴きやすい。
聴きやすいがゆえに、難解好みで頭でっかちな学生時代には「この演奏が好き」と口に出しにくかったけれど、60歳を過ぎた(もうあまり世間体やら何やらにとらわれなくても良いと勝手に決めた)今なら「カラヤンの新ウィーン学派の音楽が好きだ」と堂々と言えそうです(^^;
# by maru33340 | 2019-07-19 05:51 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)

カラヤンの《マダム・バタフライ》のこと

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先日、吉田秀和さんの指揮者カラヤンについての文章を集めた文庫本を入手した。

吉田秀和さんは(僕が一方的に)文章の師匠だと思っている音楽評論家で、高校生の頃図書館にあった『吉田秀和全集』を昼休みや放課後に読み耽ったもの。

その吉田秀和さんがカラヤンについて一冊にまとまるほどの量の文章を書いていたとは少し意外だった。

僕が大学に入りクラシック音楽を聴くサークルである「三田レコード鑑賞会」(MRK)に入った1970年代後半の頃は「カラヤンは通俗的な指揮者なり」という空気があり、何となくカラヤンの音楽を誉めにくい環境だったから、僕もあまりカラヤン指揮の音楽は聴かなかった。

しかし、先の本で吉田秀和さんがカラヤン指揮ウィーン・フィルによる《マダム・バタフライ》の演奏について「こんなにすばらしい演奏は、かつてきいたけとがないだけでなく、この曲に想像したこともなかった」と書いているのを読み(滅多に聴かない)イタリアオペラを入手し、先日聴き始めた。

これは本当に素晴らしい演奏だった。

歌と音楽は一体となり、今まで味わったことがないような、まるで大河の流れに身を浮かべているような浮遊感と大きな感動が押し寄せてきて、ここ数日電車の中でも家でも《マダム・バタフライ》を聴き続けていた。

そして昨日7月16日がカラヤンの30年目の命日だと知ったのでした。
# by maru33340 | 2019-07-17 07:26 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

魂の慟哭としてのショパン

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ショパンコンクールを目指す若きピアニスト達の物語であるアニメ『ピアノの森』(日曜夜7時Eテレ)は、いよいよ舞台がショパンコンクールの二次予選に入り物語の緊迫度が高まり目が離せない。

この物語を見ているとショパンの音楽が単なる口当たりの良いサロン音楽に留まらない「魂の慟哭」という表情を持っていることが良くわかる。

ショパンのそうした怒り、絶望、革命への激しい希望といった感情を最も深く感じる演奏は、僕はサンソン・フランソワの演奏だと思う。

サンソン・フランソワは1924年に生まれのフランスのピアニスト。
若い頃から天才と言われながらJazzと酒と煙草を愛しまるで生き急ぐようにして1970年に46歳の若さで亡くなった。

その演奏は即興的のようでありながら楽曲全体の構造をしっかり把握していて、良い時の録音はとても素晴らしい。(前奏曲やワルツ、マズルカなど)
しかし中には「いくらなんでもテンポを揺らしすぎじゃないかい」という演奏もある。(ピアノ協奏曲第1番など)

サンソン・フランソワが今のショパンコンクールに出場したらおそらく「正確な演奏ではない」という理由で一次予選で落選間違いないだろう。

しかしその演奏は(彼自身のどこか破滅的な生き方も含めて)アウトローで人間的な魅力に満ちている。

社会から「寛容」という考え方が次第に希薄になりつつあるように感じる今の社会の中、サンソン・フランソワの自由でひらめきに溢れた演奏を聴くと少し呼吸が楽になるような気がします。
# by maru33340 | 2019-07-15 11:05 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)

『さらば愛しきアウトロー』を見る

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7月12日に公開が始まったロバート・レッドフォード主演の映画『さらば愛しきアウトロー』を観る。
今年84歳になるレッドフォードの俳優引退作とのことで映画館は超満員。

これはとても後味の良い軽やかで楽しい上質のコメディ映画でした。

物語の舞台は1980年代初頭のアメリカ。
ポケットに入れた拳銃をチラリと見せるだけで、微笑みながら誰ひとり傷つけず、目的を遂げる銀行強盗がいた。
彼の名はフォレスト・タッカー、74歳。
被害者のはずの銀行の窓口係や支店長は彼のことを「紳士だった」「礼儀正しかった」と口々に誉めそやす。
事件を担当することになったジョン・ハント刑事も、追いかければ追いかけるほどフォレストの生き方に魅了されていく。彼が堅気ではないと感じながらも、心を奪われてしまった恋人もいた。
そんな、フォレストのことが“黄昏ギャング”と大々的に報道されたために、予想もしなかった危機にさらされる…

老人役の名優が犯罪に手を染めながらも何故か回りの人々から愛されるという物語はクリント・イーストウッドの映画『運び屋』を彷彿とさせるけれど、イーストウッドの作品の持つ内省的で思索的な味わいとは違い、レッドフォードの映画はどこまでも軽やかで爽やか。

カメラや音楽も洒落ているし、女優シシー・スペイシクも素敵だ。
そして何よりレッドフォードが良い。
粋で優しくチャーミングで色気があるから、彼からニッコリ微笑んで拳銃を見せられたら誰もが喜んでバッグにお札を入れてしまうかも知れない、なんて思ってしまう。

レッドフォードさん、まだまだ引退は早いんじゃないですか?
#さらば愛しきアウトロー
# by maru33340 | 2019-07-14 16:47 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)

僕の「阪神タイガース詩集」

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僕は京都生まれの大阪育ち。

父は熱烈な阪神タイガースファンだったから物心ついた時にはいつの間にか僕も阪神ファンになっていた。
(縦縞のユニフォームを着て眼鏡をかけた小学生の頃の写真が実家に残っている。背番号は28。当時の僕のヒーロー江夏豊の背番号だ)

そんなことを思い出したのは『文學界』(8月号)に掲載された村上春樹のもう一つの短編小説「ヤクルトスワローズ詩集」を読んだから。
これは村上春樹のヤクルトスワローズと神宮球場への偏愛に溢れたとても楽しい短編小説だった。

この小説で村上春樹が京都生まれで直ぐに阪神間にうつり18歳までそこに暮らしていたことを知った。
(おまけに彼の父親が「筋金入りの阪神ファン」だったことも)

この小説の中に甲子園球場について書かれたこんな文章がある。

「甲子園球場は誰がなんと言おうと、日本でいちばん美しい球場だ。入場券を手に握りしめ、蔦の絡まる入場口から中に入り、薄暗いコンクリートの階段を足早に上がっていく。そして外野の天然芝が目に飛び込んでくるとき、その鮮やかな緑の海を唐突に前にするとき、少年である僕の胸は音を立てて震えた。まるで一群の元気なこびとたちが、僕のささやかな肋骨の中でバンジージャンプの練習をしているみたいに」

少年の頃の僕も甲子園球場の階段を出てグランドに出た時、村上春樹のこの文章とまったく同じ気持ちになった。
(こびとのバンジージャンプはなかったけれど)

僕の父は人混みが嫌いだったから遊園地や動物園にはめったに一緒に行ったことはなかったけれど、甲子園だけは何度か一緒に訪れた。
父は普段は厳しい人だったけれど、甲子園球場でビールを旨そうに飲みながら選手のひとつひとつのプレーに喜んだりがっかりしたりしている姿はとても親しみやすく、そんな時の父を僕はとても好きだった。

久しぶりに甲子園球場に行きたくなりました。
# by maru33340 | 2019-07-11 09:41 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

With the Beatles

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1982年の確か秋のことだったと思うけれど、その年の春に社会人になり(学生気分がなかなか抜けず)会社という組織に馴染めなかった僕は軽い風邪をひいてしまい仕事を休んで独身寮で横になっていた。

そんな僕に同期の友人が「軽く読めるから」と渡してくれた本が村上春樹の小説『風の歌を聴け』の文庫本だった。

面白かった。

それまで読んできた小説とは違う軽やかで乾いた文章に心ひかれて、以来彼の小説は(あまりにベストセラーになり社会現象のように扱われ始めて少し遠ざかっていた時以外は)ずっと読み続けてきた。

先日本屋で雑誌『文學界』(8月号)に村上春樹の短編が2作掲載されているのを知り、久しぶりに文芸誌を入手し、今朝出張先のホテルで最初の短編「ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles」を読み、久しぶりに村上ワールドを楽しんだ。

初めはごく普通の身辺雑記のように始まり、途中から思わぬ深淵に連れ去られて読み終えると少しだけ周囲の風景が変わったような気がするのは、初期の作品から一環した村上春樹の小説の特徴だと思うけれど、この短編はそんな彼の作風の綺麗なお手本のよう。

*写真はこの小説のタイトルでもあり大事な小道具にもなっているBeatlesのアルバム『With the Beatles』のジャケット写真です。
# by maru33340 | 2019-07-10 07:16 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

ハイム・スーティンという画家のこと

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この週末、上野の国立西洋美術館で開催されている『松方コレクション展』を見た。

お目当ては、常設展示で開催中のフィンランドの女性芸術家の作品展『Modern Woman』だったけれど(それはとても素晴らしい展覧会だったからまた機会があれば記載したい)、せっかく上野まで来たからと見た膨大な松方コレクションの中で、僕がとても引き付けられた1枚の絵があった。

それが写真のハイム・スーティンという画家の『Page Boy』(「給仕」と訳せるだろうか)という作品だった。
僕は寡聞にしてハイム・スーティンという画家のことを知らなかっけれど、その作品の鮮烈な赤と歪んだ画面やモデルの哀しげな表情にとても心ひかれしばらくその作品の前から動けなくなってしまった。

少し調べてみて、スーティンの数奇な生涯にもとても興味を持った。
(以下、wikの記述から要約)

シャイム・スーティン(1893年-1943年)は、ロシア生まれのフランスの画家。

1893年、ロシア帝国(現ベラルーシミンスク州)でユダヤ人家庭の11人兄弟の10番目として生まれた。父は修繕屋をしていたが、村ではもっとも貧しい一家だったという。彼は貧困及び宗教的戒律を理由に絵を描くことを認められなかったことから故郷を去った。

1913年、パリでいわゆる「エコール・ド・パリ」の画家であるシャガールやモディリアーニと交流。
モディリアーニは1枚も絵が売れなかったスーティンを知り合いの画商の元に連れて行き、彼の絵の良さを説明して無理やり絵を買わせたという。
(当時パリに在住していた藤田嗣治とも親交を持ったそうだから、その頃パリにいて藤田とも親しくしていた資生堂初代社長の福原信三とも出会っていたかも知れない、というのは僕の空想)

そうした中、バーンズ・コレクションで名高いアメリカの大コレクターのバーンズがスーティンの絵を購入。彼は「スーティンはゴッホよりもはるかに重要な画家である」と絶賛し、フランス国内の評価も一気に上がった。
パリで最初の個展も開かれ「巨匠」になったスーティンは絵が売れ出してからは豪邸に住み、運転手付きの生活を送ったという。

だが晩年は再び貧困に陥り、1933年以降は殆ど創作しなくなった。1940年にフランスにドイツが侵攻した後、ユダヤ人であるスーティンはゲシュタポから逃れる為、フランス中部の村々を転々とし、1943年パリで亡くなった…

彼の作品にはこの絵のような貧しい労働者の姿が多く、いずれも彼の人生が投影されたような歪んだ表情をしていて、見ていて辛くなるほどなのに目を離すことが出来ない魅力に満ちているのです。
# by maru33340 | 2019-07-08 11:29 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)

「傘がない」

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先日、上野でクリムト展を見た帰り御徒町方面に歩いていると、路上で四十代半ば位のsingerが井上陽水の「傘がない」を歌っていた。

良く聴くとその歌の旋律は確かに陽水のものだけど、歌詞は現在の社会情勢のことを歌っている。

妙に歌も上手く、しばらく「傘がない」のメロディが頭から離れず「井上陽水の時代がきているのかも」なんて思っていたら、つい最近本屋でロバート・キャンベルさんの新刊『井上陽水英訳詩集』を見つけた。

まだ読み始めたばかりだけど「井上陽水の時代がきた」という思いが益々強まっていた。

そんな折、昨日出張で泊まったホテルから駅まで向かう途中台風並みの激しい暴風雨に襲われ、差していたビニール傘が壊れ吹き飛んでしまった。

まさに「傘がない」を自身で体感する朝になりました(_)
# by maru33340 | 2019-07-04 08:35 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)

果たして『青春の輝き』なのか?

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先週体調を崩し、木曜日・金曜日はパソコンを持ち帰り在宅勤務。

土曜日は横浜のGICでの研究会に参加する前に水木しげるさんの言葉「幸福の七か条」に導かれるようにして横浜そごうで開催されている「水木しげる展」に行き、昨夕はようやく体調も落ち着いてきたので、近所のジムに併設されているサウナに行きゆるゆる過ごして、体の細胞が蘇ってくるのを感じる。

そこで緩やかに流れているインストゥルメンタルのBGMが心地よく「何の曲だったかな?」と後で調べたらカーペンターズの曲『青春の輝き』だった。

僕はカーペンターズの曲の中でもこの曲がベスト3に入る位好きだけど、カレン・カーペンターも生前この曲を一番気に入っていたとのこと。

ふと「そういえばこの曲の原題は何だったかな」と思い原題と歌詞を調べて少し驚いた。

原題は
「I need to be in love」
(恋をしなくちゃ、とでも訳せるかな。いずれにしても『青春の輝き』というタイトルからはだいぶ遠いよう)

歌の内容は

I know I need to be in love
I know I've wasted too much time
I know I ask perfection of
A quite imperfect world
And fool enough to think
that's what I'll find

恋をしなくちゃって気付いたの
私は沢山の時間を無駄にしすぎたの
とても不完全な世界で
完全なものを求めてるのね
本当の恋が見つかるって思ってるおバカさんが
この私なの
(歌詞はwebより)

おそらく何か傷つくような出来事があり、恋に臆病になってしまった女性が、それでもまた恋をしなくちゃ、と自分自身に言い聞かせるような少し切なくしんみりした歌詞はカレン・カーペンターの声にふさわしく心に沁みるのでした。
# by maru33340 | 2019-07-01 08:58 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)

半夏生の季節に

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二三日前から(気圧の変化のせいだろうか)頭痛とめまいに襲われ電車に乗るのがしんどいので、パソコンを持ち帰り(初めて)在宅勤務をする。

こんな時に限って少しタフな交渉ごとに巻き込まれいささか往生の日々を過ごす。

昨年の今頃はどうしていただろうかと記録を読み返すと、やはり6月後半に体調を崩していたから、僕にとってこの季節は鬼門のようだ。

そういえば昨年のブログの7月1日の記事の中で、漫画家の水木しげるさんによる「幸福の七か条」を引用していた。

【第一条】
成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない
【第二条】
しないでいられないことをし続けなさい
【第三条】
他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追及すべし
【第四条】
好きの力を信じる
【第五条】
才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ
【第六条】
怠け者になりなさい
【第七条】
目に見えないものを信じる

うーん、昨年この言葉を知って「なるほど」と思い書き留めたけれど、この四月に定年となり五月から再雇用で働き始めて二か月たった今これらの言葉を読み返すと、立場が変わった分より一層深く納得出来るよう。

同時にまだまだ会社や社会の枠組みに振り回されている自分に気がつき「もっともっと自分自身の好きを大切にして日々を過ごさなくちゃなあ」と反省しました。

※写真は今の季節の季語である「半夏生」の由来になった「半夏」の花。半分化粧をしているように見えることから、この名前がついたとか。
# by maru33340 | 2019-06-29 08:58 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

音楽・本・映画などについての私的な感想


by maru33340
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