カテゴリ:お勧めの本( 1575 )

朝になって女が目を覚して床を出る

ある本を探していて吉田健一の『本当のような話』を見つけて何となく読み始め何度も読んでいるその冒頭の文章に陶然となる。

「朝になって女が目を覚して床を出る。その辺から話を始めてもいい訳である。そこは鎧戸とガラス窓を締めてレースのカーテンに重ねて濃紺の繻子のカーテンを夜になると張るのが東側の窓だけ繻子のカーテンの方が引いてあるのは女がそこを通して朝日が僅かに部屋に洩れて来るのを見るのを朝の楽しみの一つに数えていたからだった。この女の名前が民子というのだったことにする。別に理由があることではなくて、そのことで序に言うならばこの話そのものが何の表向きの根拠もなしにただ頭に浮かんだものなので従ってこれは或いは本当のことを書いているのかも知れない。」

この文章は意味というより音楽なので何度でも読みその度にあまりの美しさにため息が出る。
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by maru33340 | 2018-10-21 20:13 | お勧めの本 | Trackback | Comments(0)

日本喜劇映画の黄金時代

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風邪をひいてしまい何日か早退しつつ仕事をする。

帰宅してあまり重たくない本をと読み始めたのが、渥美清の『列車シリーズ』、フランキー堺の『旅行シリーズ』など日本の喜劇映画を撮った映画監督瀬川昌治による『乾杯!ごきげん映画人生』。

軽い語り口が楽しく今の体調にはピッタリだった。

1925年生まれの著者は戦前の学習院で三島由紀夫の後輩。
三島はまだ「青びょうたん」というあだ名で呼ばれるほどひ弱だったけれど、その文才で学内で有名だった。
当時の三島の、恩師には礼儀正しく、後輩には面倒見が良い優しい先輩という、少し意外な姿も楽しい。

そして、フランキー堺、森繁久彌、伴淳三郎、エノケン、鶴田浩二、三國連太郎、いかりや長介らの生き生きとした人間像が同時代を生きた人ならではの視点で、まるで目の前に本人がいるかのように語られる。

読めば読むほど、日本喜劇映画の王国時代はかくも賑やかでかくも楽しく人間的だったのかと少し羨ましいような気持ちになってきます。
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by maru33340 | 2018-10-17 19:51 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)

映画に捧ぐ

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今朝も小雨まじりの寒い朝になった。

コインランドリーで洗濯物が乾くのを待ちながら届いたばかりのルノー・カプソンのヴァイオリンによる新譜『CINEMA』をウォークマンで聴く。

エンリコ・モリコーネやニーノ・ロータらの映画音楽を、壮大なオーケストラをバックにカプソンの美しいヴァイオリンが思い切りロマンティックでセンチメンタルに歌い上げて限りなく気持ちが良い。

聴いていると自分が古い映画館の暗闇の中に一人たたずみモノクロームの画面を見つめているような気持ちになり(今自分が何処にいるのかも忘れて)号泣しそうな気持ちになります。
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by maru33340 | 2018-10-15 08:48 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

深呼吸の必要

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今朝は涼しいを通り越して寒い朝になった。

昨夜は蒲団にもぐり込み、文庫本になった長田弘さんの詩集『深呼吸の必要』を読む。

初めてこの詩集を単行本で読んだのは1984年のこと。
僕は社会人になって2年目で、学生時代とは違う生活になかなか馴染めない日々が続いていた頃だったので、この詩集のタイトルにとても共感し愛読した。

文庫本には小川洋子さんが解説を寄せていて、この詩集をとても上手に要約してくれている。

「誰もが深呼吸をすれば、子ども時代に残してきた自分の宝石と再会できる。長田さんはその秘密を、自分だけの耳元にそっと唇を寄せるような特別なやり方で、ささやいてくれる。そのささやき声は、深呼吸をする時、胸の奥で聞こえる、音とも言えない微かな気配に似ている。」
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by maru33340 | 2018-10-14 08:08 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)

突然の『マタイ』

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今朝何気なくFMラジオをつけたら「合唱の楽しみ」という番組の中でジョン・エリオット・ガーディナー指揮 イングリッシュ・バロック・ソロイツス モンテヴェルディ合唱団らによる『マタイ受難曲』(1988年)が流れてきた。

この演奏はCDも持っていて好きな演奏だったけれど、久しぶりに『マタイ』を聴くのと、それを聴くための心の準備が出来ていなかったこともあって、冒頭の「娘たちよ来なさい、共に嘆こう」の音楽が不意打ちのように真っ直ぐ心に突き刺さり、哀しみと喜び、嘆きと祈りという相反する感情が入り交じり、身体が震えるような感覚に襲われた。

改めてそのアルバムを探しだし同曲を聴き返したけれど、最初のような強い感情は戻ってはこなかった。

あの感覚は何だったのだろう。
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by maru33340 | 2018-10-13 08:13 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)

平然と生きる

先日世界バレー大会女子のテレビ中継で、2016年リオデジャネイロ五輪でサウスポーのエースとして活躍した長岡選手についてこんなエピソードを紹介していて印象に残ったので、忘れない内に備忘録として記録します。

長岡選手は昨年3月、プレミアリーグの試合中に左膝を負傷。前十字靱帯断裂で手術を受けたが1年を超えるリハビリ生活を経て、今期復活した。

彼女はけがの後すぐ、久光製薬時代から指導を受ける日本代表の中田久美監督から電話で「平然と乗り越えろ」と激励されたという。
(中田監督自身選手時代に大怪我をしている)

「頑張れ」でも「この経験を無駄にするな」でもない、「平然と乗り越えろ」という言葉はとても強い言葉だと思う。

そのエピソードを聞きながら僕は正岡子規のこんな言葉を思いだした。

28歳の時に脊椎カリエスと診断されてから寝たきりになり、起き上がってものを書くこともままならなくなった子規が35歳の若さで亡くなる3ヶ月前の言葉だという。

「余は今まで禅宗のいわゆる悟りという事を誤解していた。悟りという事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思っていたのは間違いで、悟りという事は如何なる場合にも平気で生きている事であった」

いくら辛くても「いま」という一瞬一瞬は生かされている。
(そこから逃れることも出来ない)
その生かされている「いま」を平然と生きることには相当の覚悟が求められるはずだ。

選手生命を絶たれるかも知れない程の大怪我をした彼女に「平然と乗り越えろ」と言うのはとても酷な事だったと思うけれど、その言葉を言い切った中田監督もまたそれを受け入れ復活した長岡選手も、心は禅宗の悟りに近い所にいたのかも知れない。

我もまた(いつかは)かくのごとき心を持ちたいと願う。
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by maru33340 | 2018-10-10 12:14 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)

22の無伴奏の記憶

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誰のものとも違う自分だけの文章で描かれた22の肖像。

ここにはなにものにも寄りかからず飄々と漂いながら時も場所も自在に往き来するような不思議な浮遊感があり、生きている人も死んでしまった人も同じようにとらえどころがない。

画家、野見山暁治の『みんな忘れた』に出てくる22人の中で名前だけを知っている人は半分くらい。

しかし、名前を知っているからと言ってその人のことを知っているとは言えない。
少なくともこの本に書かれている小川国夫や秋野不矩の姿を僕は知らなかった。

それでもこの本を読めば、野見山暁治の語った22人のことを忘れることは出来なくなる。
まるで彼の記憶が自分自身の記憶に上書きされるような不思議な気持ちになる。

「みんな忘れた」という言葉に惑わされてはいけない。

すべての記憶は今ここで生まれたばかりのような姿で生きているのだから。
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by maru33340 | 2018-10-09 07:20 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

久しぶりに映画を2本観る

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今日は久しぶりに映画を2本観る。

1本目は欅坂46の平手友梨奈主演の映画『響』。

以前原作を読んでいたので主人公の鮎喰響(あくいひびき)のイメージに平手友梨奈はピッタリだとは思っていたけど、映画まで観ようとは思ってはいなかった。
しかし友人(アイドル好きというわけではなく彼女が欅坂46のメンバーだということもおそらく知らなかったはず)が絶賛して「是非とも観てくれ」と連絡してきたので「どうかな」と思いながら観たら、本当に凄い映画だった。

何より鮎喰響=平手友梨奈の何者にも媚びない真っ直ぐでハードボイルドな生き方がひどくカッコいい。
その少々暴力的な問題解決方法は現実的にはありえないとは思うけれど、それを上回る爽快なカタルシスがある。

その昔、高倉健の映画を見終わった人が高倉健の格好で映画館を出てきたように、この映画を見終わった後は自分が鮎喰響になったような気分で背筋を伸ばして歩きたくなるような気がします。

もう1本は今更ながらだけど異例のロングランを続けている映画『カメラを止めるな』。

「凄く面白い」という評価以外一切予備知識なしで見始めたから最初は(スプラッター映画の苦手な僕は)いささか戸惑い、途中で出ようかなとさえ思った。
しかし、中盤からは一気にこの映画の企みにはまり最後まで目が離せなかった。

結論的には「凄く面白った」。

詳しい事を書くと、この映画の構造を明らかにしてしまうのでこれで止めておくけれど、この(おそらく低予算で、知っている役者が一人も出てこない)映画は、もしかすると日本映画史に残る1本かも知れません。
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by maru33340 | 2018-10-08 15:33 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)

天変地異の日々の中で

夜中に喉が乾き冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターを取り出し飲み干す。
冷たい水が喉を潤してくれるのを感じながら数日前の台風による停電の事を思い出した。

その日は「強い暴風雨のため危険を回避するため出来るだけ窓から離れた所で眠るように」というニュースに従い、北と東が窓に面している寝室ではなく、居間のソファーベッドで眠った。

激しい暴風雨の音を聴きながらいつの間にか眠ってしまい夜中に目覚めスタンドの電気をつけようとしてもつかず、奇妙な静寂の中にいることに気づいた。

いつも聞こえる冷蔵庫の低い唸りや、夜間操業の工場の音が聞こえず、恐る恐る窓外を見れば、あたり一面暗闇に沈んでいた。

万一に備え枕元に置いた災害時用のラジオは手回しでライトがつくので、その光を手がかりに水道の所まで行き水も出ないことを確認し、停電に備え生活用水の準備をしなかったことを悔やんでも遅かった。

わずか二日間の停電だったけれど生活のリズムが崩れてしまい、不安定な気持ちが整わないまま数日が過ぎた。
近隣では何万世帯がまだ停電から復旧しない。

東日本大震災の後しばらく本も読めず音楽も聴けない時期がしばらく続いたけれど、今回も少しその時の状態に近いようだ。

北海道ではまた大きな地震があり新たな台風も接近してきている。

自然災害と言ってしまえばそれまでだけれど、日本も世界もどこか大きな歪みが生まれているような気がしてならない。

それが杞憂であることを祈りながら…
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by maru33340 | 2018-10-06 07:32 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

今日はグレン・グールドの命日

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今日10月4日はグレン・グールドの命日。

グールドが50歳の若さで早世したのは1982年、今から36年前、ちょうど僕が会社に入社した年。

その頃、彼の演奏するバッハの「ゴールトベルク変奏曲」のLPは持っていだけれど、まだバッハの音楽に目覚める前だったのでグールドは遠い存在だった。

後に遅ればせながらバッハに目覚めてからはグールドは僕にとってヒーローになった。

以来、バッハだけでなくハイドン、バード、キボンズ、ベートーヴェン、ブラームス…様々な作曲家の音楽をグールドの演奏で楽しんできた。

これからもグールドの音楽はずっとその価値を失うことはないと思います。

あ、ちなみにこの写真でグレン・グールドの手の美しさにも気づきました。
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by maru33340 | 2018-10-04 20:19 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

音楽・本・映画などについての私的な感想


by maru33340
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