人気ブログランキング |

カテゴリ:お勧めの本( 1712 )

夏の終わりの音楽

f0061531_08031991.jpg

今日は朝から本格的な雨。

お盆を過ぎ、高校野球も終盤戦に近づくと毎年「ああ、夏が終わるのだなあ」という気持ちになるけれど、今年の猛暑もこの雨で一段落するだろうか。

こんな季節に聴くのにふさわしい音楽は何かと考え最近毎日のように聴いているのはラヴェルの歌曲《シェエラザード》。
演奏は、ジャネット・ベイカー(メゾ・ソプラノ)/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団/サー・ジョン・バルビローリ(指揮)によるアルバム。

ジャネット・ベイカーの深々としたビロードのような艶のある歌声とバルビローリの繊細で詩的な指揮が絶妙のバランスで、聴いていると桃源郷をそぞろ歩いているような幸福な心持ちになる。
東洋的な旋律であることもあり、ぼんやり聴いているとまるで《マダム・バタフライ》を聴いているような錯覚におちいる時もある。

カップリングのベルリオーズの《夏の夜》と共に、過ぎ行く夏の終わりに壮大な夕陽が沈み行くのを眺めている時のような深く甘美な哀しみに満たされる名演だと思います。
by maru33340 | 2019-08-20 08:03 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

「かき氷で酔ってみろ」

f0061531_15252191.jpg

今日は夏期休暇最終日。
長いと思っていた休みも過ぎてしまえばあっという間という感慨は毎年のことだ。
今日もことのほか暑いので午後からは部屋にこもり金曜日に(夕方から飲もうと友人と待ち合わせした)神保町の「東京堂書店」で入手した片岡義男の短編小説集を眺める。
この本は友人から「3階に片岡義男のサイン本が何冊かあるよ」と教えてもらい入手したもの。
茶色のMackeyのようなペンで横書きで書かれたその文字は、サインというよりイラストのように見えていかにも片岡義男の世界だ。
この本の最初の短編のタイトルは「かき氷で酔ってみろ」という(ちょっと意味がわからないけど)やはりいかにも片岡義男的なタイトル。
この本を鞄に入れ明るいうちから友人と神保町から神田の店を何軒かはしごして(かき氷ではなかったけど)ビールとハイボールで泥酔してしまったのは、このタイトルの暗示とあまりの暑さのせいだろうか。
by maru33340 | 2019-08-18 15:25 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

世界が『1984年』を模倣し始めたのだろうか

f0061531_17072925.jpg

今日は8月15日。

毎年8月15日(8年前のあの日以来3月11日もまた)が近づくと心ざわめき落ち着かない気持ちになる。

今日は台風も接近中とのことなので、終日家に引きこもり読書と決めていて、何年か前から読もうと思っていたジョージ・オーウェルの『1984年』を本棚から取り出した。

最近の社会情勢(トランプ登場以来の世界全体での不寛容の蔓延、愛知トリエンナーレでの少女像の展示中止を巡る一連の動き)などの報道を目にする程に「まるで世界が『1984年』という小説を模倣し始めているのでは…」という気持ちに襲われる。

小説の新訳文庫本の裏面には物語の概要が書かれている。

「舞台は"ビッグ・ブラザー”率いる党が支配する全体主義的近未来。
物語の主人公ウィンストン・スミスは真理省記録局に勤務する党員で、歴史の改竄が仕事だった。
彼は、完璧な屈従を強いる体制に以前より不満を抱いていた。
ある時、奔放な美女ジュリアと恋に落ちたことを契機に、彼は伝説的な裏切り者が組織したと噂される反政府地下活動に惹かれるようになるが…」

まだ冒頭部分を読み始めたばかりだけど、ふと頭を挙げると何者かに見られているような気配を感じ少し寒気を感じます…
by maru33340 | 2019-08-15 17:07 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

『水ゼリーと時間』

f0061531_20352352.jpg

ここ数日片岡義男の小説『豆大福と珈琲』をバッグの中に入れ折に触れて読み続けていた。

電車の中で。喫茶店で。
旅先にも持っていって。

最後には緩やかに繋がる短編集で読みにくい本ではないのに、読み終わるまでに少し時間がかかったから、その本の表紙は少しよれている。

時間がかかったのは、一つの短編を読むと何だかすぐに次の短編に移るのが惜しくて、他の本を読んだりしていたから。
惜しいというのは、片岡義男の小説を読んでいる時間の中にある幸福感を少しでも長く引き伸ばしたいという気持ちからくる。

片岡義男の小説の中を流れている時間について、小説家の柚木麻子さんがこんな風に書いている。

「片岡氏の描く時間とは、抗うでも、支配するでも、身を委ねるしかないものでもない。時間と人は常に対等関係なのである。流動体でもないし、固形物でもない」

そして柚木さんは、片岡さんの小説の中の時間は岐阜郡上八幡の名物「水ゼリー」に似ていて、その小説の中の登場人物は「水ゼリー」の中を生きていると言い、こんな風に書く。

「彼らは未来のために準備したり、焦ったりはしない。過去もまた当たり前に手を伸ばせばあるもので、わざわざ捜しにいって慈しんだり、惜しんだりするものではないのだ。その姿勢は「生きるとは、そのときその場で必要な作業をこなすことであり、その作業をこなすのは、他の誰でもない、自分だ。自分と作業の日々を支える環境が、自分の住む家だ」という究極の現状肯定を生んでいる」

なるほど、片岡義男の小説を読んでいる時の幸福感はこの究極の現状肯定からくるのだ。

確かに片岡義男の小説の登場人物は、悩んだり怒ったり落ち込んだり反省したりせず、かといって興奮したりもせず、日々の生活を淡々と(珈琲を飲んだり、豆大福を堪能したりしながら)過ごしていていて、その平明な日常がとても好ましい。

そろそろそんな平明な気持ちで(自分にとって好きなものだけに囲まれて)愉しい穏やかな気持ちで日々を過ごしていけたらなあ、なんて思う夏の宵です。


by maru33340 | 2019-08-13 20:35 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

真夏のラヴェル

f0061531_21235918.jpg

猛暑の夏はオロオロ歩く
日陰を求めてオロオロ歩く

土曜日の歩行者天国
ひとっこひとり歩いていない
まるでキリコの絵のような風景

ふと思う
ラヴェルを
ラヴェルのピアノ曲を聴かなくちゃ

真夏のラヴェルを聴かなくちゃ



by maru33340 | 2019-08-05 21:23 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

酷暑の朝の「リラのワルツ」

f0061531_11102159.png

言ってもせんないことなれど、毎日酷暑が続く。
今日も朝から30度は超えているだろう。

こんな日は無理せず部屋に引きこもりクーラーをかけ灯りも控え目にして、ナタリー・デセイの歌うミッシェル・ルグランのアルバムを聴く。

どの曲も素晴らしいけれど、今聴いているのはルグランが1956年に書いた「リラのワルツ」。
リラはライラックのことで、北海道には5月末頃の寒い日のことを「リラ冷え」と呼ぶ美しい言葉がある。

こんなセンチメンタルな歌詞が日々の火照りをおさめてくれそうです。

Tant que tournera 
Que tournera le temps
Jusqu'au dernier
Jusqu'au dernier printemps
Le ciel aura
Le ciel aura vingt ans
Les amoureux en auront tout autant

巡るかぎり  
季節が巡るかぎり  
最後の  
最後の春まで  
空は  
空は青春を迎える  
恋人たちもまったく同じ…
by maru33340 | 2019-08-04 11:10 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

片岡義男の小説のように

f0061531_12594874.jpg

今朝、日本橋での打ち合わせの前少し時間があったのでMARUZEN日本橋店に立ち寄った。 片岡義男さんの新しい長編小説を見つけ思わず手に取りレジに向かうと、レジの女性から「片岡義男さんもう80歳なんですね」と語りかけられた。
本屋のレジで店員さんから話しかけられる機会はまずないから少し驚いたけれど、とても自然な感じだったので「若い時は片岡義男さんの小説を良く読んだけど、今日久しぶりに手に取りました」と僕は答えた。
「私は若い頃片岡さんの小説の影響を受けてバイクを買いました」とレジの女性は微笑み本を渡してくれた。
「片岡義男の小説を買うと彼の小説の中での出来事のようなことが起きる」と僕は少し面白く思って本屋を出た。
by maru33340 | 2019-08-02 12:59 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)

大船渡高校の佐々木投手のこと

f0061531_08445074.jpg

僕の長男は小学生の頃からスポーツ少年団で野球をしていた。
中学生になっても野球がやりたいと言って続けていたけれど、いわゆる「野球肘」になりそれ以上続けることは出来なかった。

肘の治療のため病院に通っている時に理学療法士という仕事に出会い、自分のように故障で好きなスポーツを諦めかけた人の手助けがしたいと思ったらしく、15歳の時には将来の仕事として理学療法士を選び進路も自分で決めていた。

今、大船渡高校の佐々木投手が甲子園大会の地区予選決勝戦に登板しなかったことについて大きな騒ぎになっている。
「何故投げさせなかった」「投げさせるべきだった」「試合日程を見直すべきだ」…様々な議論が飛び交い、何が正解かはおそらく誰にもわからない。

ただ僕は野村克也さんが(随分以前だけど)こんなことを言っていたことを思い出す。
「野球選手にとって一番大切なことは、野球を辞めた後その人がどんな人生を生きるかということだ」

野球選手として華やかなスポットライトを浴びることが出来る時間はあまりにも短い。
大切なのはその後の平凡な日常をどのように生きるか、どんな楽しみを見つけられるか、なのかも知れません。
(※写真は「毎日新聞」webサイトより)
by maru33340 | 2019-07-30 08:44 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

あなたの人生の「題名」は?

f0061531_10025230.png

先日電車の中に掲示されていた「日能研」の額面広告をぼんやり眺めていてこんな問題に出会った。
(中学入試の国語の問題です)

(問)あなたの今までの人生に「題名」をつけるとしたら何とつけますか。
また、その理由を三十字以上、四十字以内で答えなさい。

いきなりそう問いかけられて、一瞬考えこんでしまった。

この問題は小川洋子さんの短編小説集『海』に収められた「ガイド」という小説に出てくる老人と一人の少年とのこんな会話を読んで先の問いに答えなさいというもの。

(以下引用)
「で、何を売る店なの?」
「名前のとおり、題名を売るのさ。シャツ屋だってきっと、シャツを売っているはずだ」
「うん、まあ、そうだね」
「忘れられない遠い昔の出来事。切ない思い出。誰にも内緒にしている大事な秘密。理屈で説明できない不思議な体験。等々、何でもいいんだが、お客さんたちが持ち込んでくる記憶に題名をつけること、それが私の仕事なんだ」
「題名をつけるだけ? たったそれだけ?」
「物足りないかね。しかし言わせてもらえるなら、君が考えるほどたやすい仕事ではないんだよ。まず、人々が語る物語に耳を傾け、それが自分にとってどれほどつまらないものであろうとも、すべてを受け入れなければならない。根気と心の広さが必要だ。更にそれを詳細に分析し、依頼者と記憶を最も親密に結びつける題名を、導き出す」
「なぜ題名が、必要なんだろう」
「実に適切な疑問だ」
いかにも感心した、というふうに男はうなずいた。僕たちは並んで、アカシアの幹にもたれ掛かった。
「題名のついていない記憶は、忘れ去られやすい。反対に、適切な題名がついていれば、人々はいつまでもそれを取っておくことができる。仕舞っておく場所を、心の中に確保できるのさ。生涯もう二度と、思い出さないかもしれない記憶だとしても、そこにちゃんと引き出しがあって、ラベルが貼ってあるというだけで、皆安心するんだ」(以下略)

読みながらついつい引き込まれて「果たして僕自身の人生に題名をつけるなら何とつけるだろう?」と一日中考えてしまった。
同時にこの問題は中学入試問題だから回答するのは小学生なわけで、果たして彼らはどんな答えを出したのかもとても気になります。
(※画像と引用は「日能研」HPより)
by maru33340 | 2019-07-27 10:02 | お勧めの本 | Trackback | Comments(5)

心を整えるということ

f0061531_05384325.jpg

昨日、仕事でめんどうな交渉事が続き心身ともに少し疲れてしまったので、心のクールダウンのために銀座のカウンターバーに立ち寄りウィスキーを二杯程飲んで帰る。

時々行っていた掛川のバーのマスターから「銀座に行くと勉強のために立ち寄るバーがあります」と教えてもらったその店は確かに落ち着いた大人の雰囲気でとても良い店だった。
(ただ、さすがに銀座価格なのでそうそう頻繁には通えないなあ、と思ったけれど…)

帰宅して疲れがどっと出てそのまま眠ってしまい、今朝シャワーを浴びてからマレイ・ペライアの弾くふくよかな音色のバッハのパルティータを聴いてようやく気持ちが落ち着いてきた。

少し忙しくなると(知らず知らずの内に)ついつい自分のcapacityを超えた仕事をしていて「いけないいけない」とハッと気づいたりする。

水木しげるさんの教えの中の「他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追及すべし」
という言葉を再び噛み締める夏の朝です。
by maru33340 | 2019-07-26 05:38 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)

音楽・本・映画などについての私的な感想


by maru33340
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る