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2017年の本・音楽・映画&ドラマから

今日で2017年もおしまい。


例年大晦日にはその年の、本・音楽・映画から印象に残った作品を振り返っています。

今年はおまけとしてドラマも併せて、それぞれ5作品を一言コメントと共に。


【本】


◆『騎士団長殺し』(村上春樹)

この作品には彼の小説の重要な要素(壁、穴、謎、異空間等etc.)がほぼ含まれていて、まるで村上春樹作品の見本市のように楽しめた。


◆『離陸』(絲山秋子)

この作者らしい不思議な不思議な物語。ありえない展開に息を飲んでいるうちに物語の渦の中に巻き込まれため息をついて読了。


◆『往復書簡 初恋と不倫』(坂元裕二)

男女の往復書簡(メールも含む)による作品が二つ。最初の作品を読み始めそのスリリングな展開に時を忘れ(息をするのも忘れる程)引き込まれ読み終えて深いため息をついた。


◆『村に火をつけ白痴になれ』(栗原康)

栗原康の独特の文章による伊藤野枝の伝記。著者の文体は好き嫌いが分かれるかも知れないけれど、わがままに、自らの信じるままに誰にもその心を支配されることなく生きた彼女の人生に激しく潔く心打たれるものがあった。


◆『君たちはどう生きるか?』(吉野源三郎原作によるコミック版)

吉野源三郎の歴史的名著を80年の時を経て初めてマンガにしたこの本は、今を生きる僕らにも響く真っ正直な生き方を問いかけて止まない。


【音楽】


◆ジョン・エリオット・ガーディナーによる「マタイ受難曲」

とても清潔なマタイ。その端正な佇まいとピアニシモの美しさは比類がない。この人の指揮による「クリスマス・オラトリオ」も愛聴しています。


◆上原彩子ピアノリサイタル(「彩の国さいたま芸術劇場」)

最後のリストの曲「ダンテを読んで」での悪魔と契約を結んだかのようにデモーニッシュで圧倒的な迫力のある演奏に、聴いていて椅子から転げ落ちそうになった。


◆「坂本龍一 | 設置音楽展」

冒頭の曲「andata」の静かなピアノソロにバッハの音楽を思わせるシンセサイザーによる荘厳なコラールや風の吹きすぎるような音が重なるのを聴いていると、次第に音楽が遺伝子の奥の(自分が生まれるはるか以前の)魂の古層にまでひたひたと染み入るような心持ちになり、深いやすらぎに包み込まれていく…


◆レオポルド・ヴァイスのリュート作品集

初めて聴く作品なのにどこか懐かしさを感じさせるヴァイスの作品の持つメランコリーな旋律を、スペインのリュート奏者ホセ・ミゲル・モレーノが静かに語りかけるように演奏していて、まるで柔らかな雨のように心に染みいってくる。


◆エディト・パイネマンのベートーヴェン、メンデルスゾーン、シベリウス、プロコフィエフの4つのヴァイオリン協奏曲

これら聴き慣れたヴァイオリン協奏曲もこの人の演奏で聴くと、まるで目の前で初めてこの音楽が生まれているのを眺めているように新鮮で、瑞々しく艶やかで自然にこぼれ落ちてくる詩情に聴き惚れてしまう。


【映画】


◆『沈黙』

遠藤周作原作による映画。重たいテーマだけれど俳優の芝居が素晴らしく、見終えてしばらく言葉を忘れるような気持になった。


◆『怪物はささやく』

一人の少年を主人公にした怪物との魂の交流を描いたダークファンタジー。観終わってまるで自分自身の魂の奥底を巡る長い長い旅を終えたような深々とした充実感に満たされた。


◆『ヒトラーへの285枚の葉書』

丁寧に張り巡らされた伏線と設定がラストのカタルシスを生む、まさに物語の王道を行く名作。「過酷な状況下に生きる人としての尊厳」をテーマとしている点で、映画『きっといい日が待っている』に通じるものがあり胸を打たれた。


◆『カフェ・ソサエティ』

1930年代のハリウッドとニューヨークを舞台に、全編に流れるjazzと共に繰り広げられる華麗で甘くて少し苦いラブストーリーは、まさにこれぞウッディ・アレンの映画そのもの。『ラ・ラ・ランド』が少し期待外れだった分堪能しました。


◆『否定と肯定』

ホロコーストはなかったと主張する歴史学者が、自己の主張を侮辱されたとしてヒロインであるユダヤ系の女性歴史学者を名誉棄損で訴える。イギリスの法廷では被告が自らの事実を立証しなければならないのだが・・・渋い法廷劇ながら最後まで息を飲むようにして観た。名作です。


【ドラマ】


◆『ひよっこ』

何度泣いたことか…僕にとって問答無用の朝ドラ史上最高の作品です。


◆『みをつくし料理帖』

丁寧に撮られた料理シーンの美しさ、人の優しさ、音楽の素晴らしさ。原作小説(全10冊)も楽しみました。


◆『カルテット』

舞台劇のように凝った台詞と読めない展開を堪能。坂元裕二脚本の素晴らしさにうなりました。


◆『アシガール』

主人公の黒島結菜の明るくコミカルな味わいが全開。彼女の女優としての今後は注目です。NHK土曜夕方6時のドラマのレベルは高く、この作品の前の『悦ちゃん』も良作でした。


◆『陸王』

こちらも毎回泣かされました。役所広司はやはり凄い役者だと改めて認識しました。


以上、今年一年おつきあいをいただきありがとございました。

皆さまどうぞ良いお年をお迎え下さい。


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by maru33340 | 2017-12-31 16:18 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)

暮れに聞きたくなる落語は

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いつもさへいじさんのブログを読みながら「ああ、寄席に行きたいなあ」とため息をついている。

中学生の頃偶然テレビで落語を見て以来、すっかりその語りの世界に魅せられた。
演目は確か先代三遊亭円楽の語る「中村仲蔵」。
歌舞伎の世界を描いたこの渋い噺をどれだけわかったのか心もとないけれど、以来今に至るまで時々寄席に行ったりしながら細々と聞き続けている。

暮れになると聞きたくなる落語は「文七元結(ぶんしちもっとい)」。
娘を見受けする金を、あづま橋から身投げしようとしていた見ず知らずの若者に与えて救った(もう愚か寸前の)江戸っ子の心意気は、何度聞いても心打たれます。

そうだ、今夜はこの噺を聞きながら眠ろう。
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by maru33340 | 2017-12-27 08:10 | お勧めの本 | Trackback | Comments(6)

久しぶりに本屋へ

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今日は休日。
午前中は浜松の本屋さんへ。

買った本のラインナップは固いんだか柔らかいんだか…

時代に取り残されたような喫茶店(煙草の香り立ち込めBGMはカーペンターズ)で買ったばかりの本をパラパラと眺める。

半日ぼんやり過ごせそうな不思議に落ち着く空間です。
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by maru33340 | 2017-12-23 20:44 | お勧めの本 | Trackback | Comments(6)

野辺に咲く可憐な花のような

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ヴァイオリニストのエディト・パイネマン。
先日初めてその演奏に接して優雅で気品ある音色に魅せられた。
(知的で凛とした風情はジャケット写真からも感じられる)

彼女の録音は非常に少ないけれど、tower recordのvintage correctionにドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲を収めたCDがあると教えていただき入手し早速聴き始めた。

ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲はほとんど聴いたことがなかったけれど、親しみやすい旋律といかにもこの人らしい民族的な味わいのある良い曲で、パイネマンはその中でも孤高とも言えるような姿で気品ある清潔な演奏を繰り広げる。
うっかりすれば通俗的にもなりかねない旋律も彼女のヴァイオリンでは野辺に咲く可憐な花のように繊細に響く。
まさに隠れた名盤です。
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by maru33340 | 2017-12-23 07:04 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)

吉田健一と資生堂パーラー

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吉田健一のエッセイ「銀座界隈」を読んでいたらこんな記述があった。

「銀座七丁目の資生堂などは、古い暖簾を掛けている店の典型的なものだろうか。天井が高いのが一層、気分を落ち着かせて、英国の一流のクラブに入った時の感じを思い出させる」

ここでの資生堂は現在の資生堂パーラーのことで、この文章が収められたエッセイが刊行されたのは昭和31年だから、吉田健一が入った建物は写真左の昭和3年に前田健二郎によって設計された建物だと思われる。

今見ても建物自体にしっとりとした味わいがあり、こんな建物の中で食事がしたかったなあとつくづく思う。

(※写真はwebの「資生堂パーラーの歴史」のサイトより)
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by maru33340 | 2017-12-21 06:33 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)

エディト・パイネマンの演奏に魅せられる

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「日経新聞」(日曜版)のコラム「名作コンシェルジュ」は、未知の音楽等に出会えるから毎週楽しみにしている。
(その分手持ちのCDが増えてしまうのがちと悩ましいけど…)
先週12月10日に紹介された1937年にドイツに生まれたエディト・パイネマンというヴァイオリニストの演奏は聴いたことがなかったけれど「即物的・禁欲的で音楽に余計な味付けをせず、媚びることなく奏でるスタイル」という評に惹かれてAmazonで取り寄せ昨日到着。
早速聴いて直ぐにその清楚で気品のある美しい演奏に魅せられた。
このCDには、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、シベリウス、プロコフィエフの4つのヴァイオリン協奏曲が収められていて、どの演奏も知性と技術のバランスの取れた素晴らしい演奏。
いささか聴き慣れたメンデルスゾーンの協奏曲もこの人の演奏で聴くと、まるで目の前で初めてこの音楽が生まれているのを眺めているように新鮮で、瑞々しく艶やかで自然にこぼれ落ちてくる詩情に聴き惚れてしまう。

これから繰り返し愛聴する演奏になりそうです。

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by maru33340 | 2017-12-17 08:11 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

バッハの音楽を聴きたくなる時は

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長く遠くにあったバッハの音楽が、12月に入って次第に近づいてきている気配を感じている。

僕にとって日常生活が穏やかであまり問題のない時にはバッハの音楽は少し遠くにあるようだ。

一方少し体調が優れない時や、精神的に疲れてしまいあまり人に会いたくない時にはバッハの音楽はとても近くにある。

バッハの音楽は深い森や山奥の湖のようにどこか人間という存在から遠い所にあって、日常生活の煩悶とは別次元の宇宙に僕を連れていってくれる。

吉井亜彦さんは『名盤鑑定百科 バッハ』の中でバッハの音楽についてこんな風に書いている。

 「「私が幸せ」なときにはバッハの音楽を聴いてみよう。「私が悲しい」ときにもバッハの音楽を聴いてみよう。「私」が関係していようといなくとも、あるいは、どのような状況であろうとも、ひとまずバッハの音楽を聴いてみよう。そうしさえすれば、そこで聞こえてくる音楽はまさに不可思議としか言えないような作用を生み、我々人間が内包している様々なものごとを全てきれいに洗い落とし、いわば「素」のような状態へと導き、そこで人間が持つ諸属性から可能な限り自由となった音楽が、素朴に音楽たろうとしている現場に、誰もがあっけらかんとするほど 自然な姿で立ち会うことができるであろう」

これからカール・リヒターによるバッハのカンタータ集(75曲、26枚)を聴き、心を洗い流す旅に出たいと思います。
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by maru33340 | 2017-12-15 17:40 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)

座る位置からの眺めは

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ここ数日あまりに冷えるから部屋に炬燵を入れた。
炬燵に入り部屋を眺めていると見慣れた景色が新鮮に見えるし、何よりとても落ち着く。
窓から見える夕景や朝の雲がゆっくり動いている様子も好ましい。

「座る位置からの眺め」が落ち着くのは、やはり長く日本人が見てきた風景の潜在的記憶が僕の中にもあるからだろうか?

写真は明日12月12日が命日(であると同時に誕生日)である映画監督小津安二郎の『東京物語』のワンシーン。
小津の代名詞であるローポジションも、やはり座る位置からの眺めのもたらす安心感を与えてくれます。
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by maru33340 | 2017-12-11 07:52 | お勧めの本 | Trackback | Comments(3)

『宇多田ヒカルの言葉』について

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宇多田ヒカルの歌詞には少し不思議な所があると思ったのは「travelling」の中のこんな歌詞を聴いた時。

  「どちらまで行かれます?」
    ちょっとそこまで
   「不景気で困ります
     (閉めます)
     ドアに注意」

普通こんな日常会話を限られた文字数の歌詞に入れないだろうし、この会話は無くても歌は成立する。
でも、この違和感が何となく味わいになっている。

先日、偶然彼女の新曲『あなた』のMVを見て、改めてその歌詞の不思議な深みを感じていたら、12月9日に『宇多田ヒカルの言葉』という本が出たばかりだと知った。
(また12月9日!)

この本では宇多田ヒカルのこれまで書いた全ての日本語詩を三期に分けている。

初期(1998-2001) 15歳~18歳
第二期(2001-2008) 18歳~25歳
第三期(2010-2017) 27歳~34歳

彼女はそれぞれの時期についてこんな風に書く。

初期は「自分の無意識にあるものを表面に救い上げる行為」を無意識にしていた。それを意識的に行うようになり、すくいあげるというより潜りに行くようになったのが第二期で、表現の密度も増して物書きとして新しい段階に入った手応えがあった。第三期では、活動休止とともに一個人としての止まっていた時計が動きだし、自らに課していたさまざまな検閲を取り払うことで、表現の幅も広がり、それまでになく己をさらけ出すような作品もそれまでになくフィクション性の高い作品も登場する。

自らの音楽についてこんなに意識的に見ている宇多田ヒカルという人、やはりただ者ではない。
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by maru33340 | 2017-12-10 20:11 | お勧めの本 | Trackback | Comments(2)

宇多田ヒカルのこと

昨夜、四国出張からの帰路。

長旅で疲れてしまい、新幹線の窓ガラスから冷たい雨に濡れる新神戸付近の景色をぼんやり眺めていた時、ウォークマンから宇多田ヒカルの『真夏の通り雨』が聴こえてきた。

夢の途中で目を覚まし
瞳閉じても戻れない
さっきまで鮮明だった世界 もう幻

聴きながら、ふいにこの歌詞は宇多田ヒカルが亡くなった母藤圭子のことを書いたものではないかという思いがよぎった。

この曲にはMVもあり、その美しい映像と暗示的な歌詞が彼女の切ない声と相まって、少し胸が締め付けられるような気持ちになります。

追伸

5年前の今日(2012年12月9日)のFBに「宇多田ヒカルが活動休止中にリリースした曲『桜流し』を聴き胸を打たれた」と書いていたことをこの記事を書いた後FBのお知らせで知りました。

宇多田ヒカルの母藤圭子はその翌年2013年の夏逝去する。


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by maru33340 | 2017-12-09 07:47 | お勧めの本 | Trackback | Comments(4)

音楽・本・映画などについての私的な感想


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